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√トゥルース -019 ミックの思惑と出鱈目な研究



「ミック様の話にしても、恐らくは手が足りなくなった研究所に救いの手を差し伸べたのだと思います。支給品を餌に、呪い持ちのみなさんにこの研究所に足を運んで貰って協力を仰ぎ易く出来れば、と」


 この先の話も気にはなるが、今ここの問題に対して良い案を出そうとティナが一向に進まなかった話を更に戻す。

 しかし、その仮説を耳にした研究者はそんなティナに目を丸めた後に細る。


「成る程、こんな奥地に住む呪い持ちの住人たちはどうしても物資が不足勝ちになるからね。そこに不足する物をあげると言えば自ずと足を運ぶって寸法だね。中々大した推理だけど、よく王子様の考える事が分かるね」

「それは似たような人と話をしたり話を聞いたりしましたし、ミック様の……あっ、いや忘れて下さい。今のは全部聞かなかった事に」


 慌てて両方の掌を振るティナ。

 貴族出身だからと言っても今はそうでない事に、口が滑っての発言は問題に成り得るんだろうと察するトゥルースだが、半分は違う。貴族であっても王子級の人物と会話が出来る令嬢ともなれば、かなりの階級である事を示す。そんな令嬢がこんな辺境の更に奥地に危険を冒してまで入り込んでくる理由など、普通ではない。加えて、この相手でなくとも自分の事を知っている人物に話が漏れる危険性も孕んでいる以上は、王国王女に結び付くような発言は極力避けなければならないのだ。相手は腐っても帝国の人間、いつ帝国の役人の耳に入るか分からないのだから。

 それに、この旅に幾分か慣れてきたティナは、ここまでの道中で殆ど他人に会わなかった為に気が緩んでいた事を、この場になって漸く自覚したのだ。現に、今は化粧をする事もないスッピンを曝け出している。呪い持ち相手ならばこの地からは出ないだろうから、話が外に漏れる事はないだろう、呪い持ちは人と接する事を避けているだろうから言い寄られる事もないだろうと油断していた。

 しかし、この研究者の目はティナの胸元に何度も向いている事に夕食時に気が付いていた。この人物は安心出来ない相手だと自分の中の何かが警笛を鳴らしていたのだ。なのにこの失言である。


「……成る程ね。となると、さっき言っていたかいらんばんってのが機能するかどうかで呪い持ちたちがここに定期的に来てくれるかも知れないって事だね。そこでちょっとばかり研究に協力して貰えば良いと……。うん、ちょっと試してみる価値はありそうだね」


 運良く話が元に戻り、ホッとするティナ。

 研究者にとっては、相手の身分など興味を惹く対象とはならず、単に身体目的だったようだ。それはそれで危険だという認識にならなかったのは、トゥルースの傍にいれば安心だという真相心理が働いたに過ぎない。

 トゥルースとしては自分も男なのだから少しくらいは警戒して欲しいと思うのだが、毎日四六時中一緒にいて何もされなければそんな警戒心はどこぞへ吹き飛んでしまうというものだろう。


「全く……いらん事ばかりに気が逸れるのう。でじゃ、話を戻すが、せめてどんな呪いがあるのかくらいは事前に調べておかんと、その症状が本当に呪いなのかただの病気なのかも分かりゃせんじゃろ。そんな事で研究者を名乗るなど笑止千万じゃ」

「ううっ、それを言われると……。でもさ、お嬢ちゃんって何者? ホントいろんな呪いを知ってるみたいなんだけど。味の分からない呪いや、目が見えなくなる呪い。異臭を放つ呪いに鼻が利かない呪い、笑い続ける呪いなんてホント笑っちゃうような呪いだけと、本当にいたのかい? それにこの辺りに住んでいる呪い持ちの呪いをみんな知ってるみたいだし……。他にも色々と知ってそうだからここに住み込みで教えてもらいたいところだけど、どうかな?」

「そんな事くらい自分で調べい。わしが興味あるのは呪いの打ち消し方や軽減させる方法、呪いの回避方法じゃ。それを頭から否定しおるお主なぞ興味が湧かんわい」

「そ、そんなぁ……」


 どうやら研究室では全くと言って良い程見当違いな研究|(?)をしていた研究者を相手に、フェマが知っている呪いの種類を一部披露していたようだが、研究者らしからぬ言動や興味の無さに辟易して部屋を後にしてきたらしい。


「ふんっ、そんなもん知ったこっちゃない。自業自得じゃ」

「まあまあ。こんなところで研究を一人でするだなんて、色々と制限が出来て何をすれば良いのか分からなくなったんだろ。誰だって一人になれば色々と余計な事を考えてしまって、自分の間違った行動を直せないもんなんだから」

「くぅっ、分かってくれるのかい? あんた良い奴だねっ」


 意外や研究者を庇ったのはトゥルースだ。

 トゥルースたちは、四人ともそれなりの集団の中で孤立する寂しさは経験している。なので、そりゃ判断も狂って当然だろうと理解を示したのだが……。


「……何をクソ下手な芝居してんだよ。一人になったのは自分のせいだろうに……バレバレだっつうの」


 突っ込みを入れたのは、この施設が稼働し始めた当初から一緒にいる呪い持ち。

 以前は職員も含めて五人がいたこの研究所だが、思っていた以上の辺境だった事に加えてこの研究者(同僚)が男だか女だか分からなく気味が悪いからと、異動を申し出たり脱隊したりしてみんな居なくなってしまっていた。最初はそういう人種(トランスジェンダー)だと思われていて、自制しているのならと受け入れていた同僚たちだったが、お目付け役のいないこの環境がその自制心を崩してしまったようだ。

 一人になってしまった理由が本人にあるあたり、トゥルースたちとは違って自業自得であった。


「くっ、何バラしてんのさっ。一人でもこっちの味方を増やしておかないと、長くここに留まってくれないじゃないか!」


 フェマがいれば研究も随分と進むに違いないからと、自分の元に留まらせたいと思っていたようだ。しかし、本人(フェマ)は全くその気はないと見て、留まらせる対象をリーダー格のトゥルースに変更したらしい。

 確かに主導権はトゥルースにあるのだが、悲しいかな女性陣の方が頭数が多い上に、最年長幼女(フェマ)の意見が何かと優先される事の方が多かった。要は決定権はあるものの、内々的にはトゥルースの立場はそれほど高くはないのだ。


「でもさ、玄関に俺たちの泊まれる場所を確保はしたけど、あそこだと今夜一晩が限界だよな」


 今夜は仕方なく玄関を入って直ぐの荷物を退けたスペースに泊まる事にしたトゥルースたちだが、気になるような有意義な研究をしている訳でもなかったのでここに留まる理由は無く、明日の朝イチで旅立つ予定だった。

 うかうかしていると、今はまだ口にしていない呪い持ちである事を知られてしまって、それこそ研究対象に成り下がってしまうかもしれない。その事を悟られないように理由を付けなければいけなかったが、丁度良い要素があったとそこを突く事にしたのだ。


「それもあるがのう、折角呪い持ちの連中をここに来させたところで、ここまで来るのに一日も掛かるところから取りに来る者がおろうに、この施設は泊まれるようになっとらせん。このままではきっと愛想を尽かれて研究に協力するどころか二度と来んくなるやろうのぉ」


 まるで他人事のように言い放つフェマの言葉に、研究者は焦りを見せた。


「宿泊する為の部屋だねっ! それならほら、ここには幾つもあるからっ!」

「あるって言ったって……部屋の中はどこも荷物がいっぱいで泊まれる部屋なんてひとつもないじゃないか。だから玄関の中を片付けて寝られるように場所を空けたところなのに、何を威張って……」


 やはりと言うべきか、幾つもある部屋は宿泊用の小部屋だったらしい。帝国はこの施設を呪い持ちが泊まれるように造っていたようだ。だが、荷物の多さに部屋を倉庫代わりに使い出し、需要と供給のバランスが狂って空いていた部屋を荷物が占領してしまったらしい。


「うぐっ! 片付ければ良いんだろ、片付ければっ! ……って、勿論手伝ってくれるんだろう? ね、ね。まさか知らない顔して出て行く訳じゃ……」

「ちょっ! 何で俺たちがそこまでしなくちゃいけないんだよっ!」

「つれない事を言うじゃないか。そもそもここに宿泊する事を許可した覚えはないんだけどね」

「だからこうして玄関とこの台所の片付けをした上で夕飯まで作ったんじゃないか。これ以上は労働になるからお断りだぞ」

「随分と冷たいじゃないのかい? 人としての良心はないのかい?」


 だが、何気に口にしたその研究者の言動に、トゥルースが何故かカチンときて目が吊り上がった。


「それはないだろ。人の良心を問う前に自分の良心を問えよ! これだけの荷物を放っておいて、まともな研究を碌にしてなかったんだろ? これからも碌に研究もせずに(・・・・・・・・)この僻地で埋もれていく(・・・・・・)んだろうな! そもそも、あんたも呪い持ちなんじゃないのか? そんな男だか女だか分からない格好や言動をして……。その内に呪いが進行して本当に男だか女だか(・・・・・・)分からなくなる(・・・・・・・)ぞ。そうなるのが嫌で研究者になったんじゃないのか!」


 一気に捲し立てたトゥルースに、研究者は言い返す事も忘れて目を白黒させる。

 その脇でティナとシャイニーはハラハラし、フェマはニヤリと口端を上げた。


「ぎゃはははは。言われてやんの! そうだよ、男だか女だかハッキリしろよ。気持ち悪いんだよ。馬鹿バーカ」


 突然のトゥルースの剣幕に研究者が言葉を失っていると、呪い持ちが調子に乗って囃し立てる。それに対してトゥルースは眉間をピクリとさせたが、何とか踏み止まった。


「どちらにしたって、俺たちはこれ以上は手伝わないからな」

「そんなぁ。ねぇ、あんたは手伝ってくれるだろ? ね、ね」


 トゥルースに断られた研究者は、今度は誹謗中傷を口にされた事も忘れて呪い持ちに縋るのだが……。


「はあ? ワイだって玄関口の片付けを手伝ってんのに、これ以上働けってか? 今回は美味い飯の為だと思って手伝ったんやけど、アンタを手伝ったところで美味いもんを食える訳じゃねえし、無料奉仕にさせられる未来しか見えんからワイは御免やわ」

「ちょっと待てよ! あんたもだよっ! 研究の協力だか何だか知らないけど、ただ体を測られるだけで衣食住を保証された上にお金まで貰って、そんなのは仕事でも何でもない! 享受を受け過ぎだろ、この先ずっとそれが続くと思うなよ? それに、ちっとは体を動かさないと、今の四頭身どころか(・・・・・・・・・)太って三頭身になって(・・・・・・・)しまうぞ!」


 まさかの流れ弾に呪い持ちも目を瞬かせるが、トゥルースの言い分の方が正解だろう。周辺にお金を使う場所がないとは言え、ここでの呪い持ちへの待遇はそこいらで働くよりもずっとお金が残るのだから。


「兎に角、明日は早くにここを出発するから、今日はもう寝る支度が出来次第寝るからな!」

「そ、そんなぁ。じゃあどうすれば良いのさ。力仕事なんて殆どしてこなかったこの二人で全部を片付けるだなんて、どう考えたって終わらないじゃないか」

「ふんっ、無理なもんか。コツコツとやればいつかは片付くわい。研究だと抜かしてどうでも良い数字を並べ立て、くだらん(図表)ばかり書いておったのと、食っちゃ寝ばかりしておった報いじゃ。今までサボっておった分は体を動かすんじゃな」


 同居者にも見捨てられて絶望する研究者。しかし更にフェマが追い打ちを掛ける。鬼畜であった。

 仕方なくトゥルースが溜め息を吐いて代案を考える。


「何なら住民が取りに来た時に手伝って貰えるように頼んでみたら良いんじゃないか?」

「あっ、そうか。ただでとは言わず、対価を求めるんだね。そうしよう、うん、そうしよう!」


 このまま黙っていたら、ティナやシャイニーが手伝うと言い出しそうだったので、それを阻止する為に研究者が納得するようトゥルースが提案した。するとその思惑通りに研究者はその話に食い付いた。


「ふんっ、これで何か良い研究が出来れば良いのじゃが……。まあ、この辺りの呪い持ちらは坊のせいでその内におらせんようになるじゃろうから、充分に研究出来ない可能性もあるがの」


 実現出来そうな案を与えられた事で一人はしゃぐ研究者を尻目に、ぼそりと人には聞こえない小さな声で呟くフェマだった。





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