√トゥルース -016 研究施設と呪われし住人
ガチャっと音がしたドアがそっと開き隙間が出来たと思ったら、その隙間から目が覗いた。
……のだが、その視線は随分と低かった。
「……子供? 何でこんな所に?」
「!!!」
そっと開いたドアから覗き込んだその視線は、キッチンに近い方にいたティナとシャイニーに向いていて、その反対側にいたトゥルースには気付いていなかったようだ。その姿を見て声を漏らしたトゥルースに気付いて驚いたらしく目を剥くのだが……。
「子供ちゃうわっ! この助平野郎!」
それまでの様子を伺うようなオドオドとした態度とはうって変わって、ドアをバンと開いて子供扱いしたトゥルースに凄い剣幕で言い寄る……のだが。
「いや、子供じゃないと言われても……。それに、いきなり助平野郎呼ばわりはあんまりだろ」
ムッとしながら返すトゥルース。
そもそも、その相手の容姿がどう見ても大人には見えなかったからだ。その相手の容姿とは、一言で言い表せれば、四頭身であった。それも随分とバランスの悪い。
よく似た体型にフェマがいる。実際の歳は別にして、見た目年齢が五歳前後というのは、その百十センチあるかないかの背丈と頭身のバランスからだ。その細身の身体はだいたい四頭身から五頭身程で、パッと見でそのくらいと判断される体型だからだが、その相手は見た目が間違いなく四頭身であった。しかし、その背丈が少し異様なのである。
そう、その背丈が百四十から百五十センチくらいなのだ。とてもアンバランスで、とてもフェマと同い年には見えない。しかし、だからと言って太ってもいないし、背丈が低い訳でもない。顔がデフォルメされた漫画のように大きかったのだ。
とは言え、背丈から言えば十一歳前後、身体付きは更に下の年齢であって、成年年齢十五歳の平均身長からは外れていた。
「君はあの研究者の子? ちょっと似てはないみたいだけど」
「ちっげぇよっ! あんな男女と一緒にすんじゃねえ! ワイはここに無理矢理連れて来られたんだ!」
「「「えっ!?」」」
連れて来られたとは尋常ではない。すわ誘拐か!?
そう顔を顰めた三人だったが、どうやら違うようだ。
「呪いだよっ、呪い! こんな所にいるんだから分かんだろっ」
そう吠えたその相手は十歳を前に成長が止まり、その後は顔だけが大きくなっていったと言う。そんな状態で既に八年近く……今は十七歳らしく、成人になっても子供のような容姿のままな事に悩んでいた所を、呪いの研究をしていると言うここの研究者に声を掛けられて半ば強引に連れて来られたらしい。一応名目上は研究協力として衣食住の提供と少ないながらもお金が貰えているらしいのだが……。
「衣食住ったって、必要なモンを必要なだけ勝手に持ってけって言われたんだけどよ、ここに押し込まれっぱなしじゃ何も必要にならないし、食料品や生活に必要な物以外は碌な物がないっての! メシも自分で用意しなくちゃならないし、ちょっとばかり金を貰ったって使う店なんて周りに無けりゃ使えねぇっての!」
確かに、部屋の外に散らかっている荷物は食料品以外にも生活用品が混ざっていたが、嗜好品は見当たらなく本当に必要になりそうな物ばかりだった。
一応、研究の為に問診されて、定期的に来る軍医の健康診断を受ける以外、時々様子を見に来る程度だと言うが、特に軍医の健康診断の時に顔の大きさを中心に身体の測定を念入りにされるらしいのだが……。
「あの研究者、何か気持ち悪いんだよなあ。人の身体をジロジロと嘗めるように見てくるわ、ペタペタと身体を触ってくる事もあるんだよ。男か女かもよく分からないし……。マジ勘弁して欲しいわ」
どうやら待遇は良くない上に、セクハラ紛いな事までされているらしい。
しかし、何かおかしい。先程、あの研究者はティナ(の胸)をジロジロと見ていた。それから判断するに下心がアリアリの男だと判断していたのだが、この呪い持ちの男にも手を出しているところを見るとそうとも言えないようだ。
「メシ? そんなのそこいらの転がってる物を適当に切って焼くだけに決まってんじゃん。ワイに何を求めてるんだよ。てかさ、あいつワイの作った物を勝手に食っちまうんだ。お陰で作り置きも出来ねえ。ホントに勘弁して欲しいぜ」
ここの食生活は随分と酷いらしい。
その話を聞いたシャイニーは随分とやる気を出してティナとキッチンへ向かって行った。トゥルースも溜め息を吐いた後、その後を追う。取り敢えずキッチンに積み上がっている荷物の方付けをしないと良い食事は望めない。それが終わったら次は玄関の片付けだ。
「何をしてんだ? お前らは軍の人間か何かなのか? 研究所の人間には見えないが……」
「別にそういうんじゃないよ。ただ、今夜泊まる場所をちょっと借りられればなと思って。その見返りとして方付けをしていこうかなってね」
様子を見に来た相手は、ああ、と納得の顔をしたものの、直ぐに首を傾げた。
「てか、そもそも何でこんな所にいるんだよ。普通の人が入ってくるような場所じゃないぞ、ここは」
「何でって……まあ時短の為かな? この先にちょっと用があって、近道になるこの道を通ってきたんだ」
「はあ? この道をって、あの使われなくなった旧道をか? マジかよ……。あんな道、もう道としての形を成していないって話だろ? ぜってぇ遭難するからやめとけよ、あんな道を使うのは」
「……いや、もう通って来たんだけど。用があるのはここから北に行った所だし」
「……マジかよ」
目を白黒させる相手に、トゥルースは相槌をもって肯定する。その当然とも言う様なトゥルースの返事に、その相手は言葉を失った。
その後キッチンの片付けが終わると、一人いそいそと玄関の荷物を仕分け始めたトゥルース。大量の荷物によって各部屋が埋まってしまっているので、自由になりそうな場所はキッチンとこの玄関くらいだろう。流石にキッチンに寝具を並べる気にはならないので、今夜はこの玄関を寝泊りする場所として借りるつもりだ。
片付けの終わったキッチンではティナとシャイニーが早速料理をしようと占拠してしまった。自分の部屋に戻ろうにも、得体の知れない人間が勝手な行いをしている手前、そんな義務がないにも拘わらずその様子を監視するここの住人。
「ちょっとそっち持ってくれない? これは流石に一人では持ち上がらないから」
「ああん? ったくしょうがねぇな、これをか?」
困ったら、そこにいる人を使う。トゥルースは当たり前のようにその相手に指示を出す。そして、その相手も文句を口にする訳でもなく当たり前のようにトゥルースを手伝った。
口は悪いが根は良い奴っぽい……とトゥルースは思ったが、自分たちがやらなかった事をやってくれる上に、今夜は美味い物にありつけるかも知れないからと淡い期待を持っての協力だった。
比較的少なかった玄関の荷物は二人の手に掛かればあっという間に片付けられた。そればかりか系統別、種類別に仕分けた為、今後は探す手間も減るだろう。
「ところで、この大量の荷物って何?」
「ワイに聞くなよ! そんなん知る訳ないやろ。んでも……何人か近くに住んでるって奴が、取りに来ちゃ持ってっとるな」
玄関の片付けが終わった後はキッチンの様子を見に行く。まだ時間が掛かるようであれば他の部屋も方付けを進めようと思いながら、この大量の荷物についての疑問を聞いてみたのだが、思っていたのとは違う答えが帰ってきた。
その取りに来る人たちも、案の定呪い持ちばかりだったと言うが、かの研究者とは上手くいってないようだ。そういった普段の会話も碌にしていないみたいであっむみた。
「ん? 何か騒がしいな。まさか怪我でもしたのか?」
キッチンに近付くと、どうもそちらの方が騒がしい。
まさかティナが慣れない料理を手伝った事で指を切ったとかでなければ良いが……とトゥルースは顔を強張らせた。しかし、その喧騒の原因は他にあった。
「だからっ! 何で勝手にここで料理なんてしてるんだい!? 誰の許可を得て! って、猫まで連れ込んで!!」
「みゃ?」
「まあまあ、ほんに騒がんでも良かろう。ほれ、よう見てみい。わし以外も色々と手伝った様じゃしの」
何やら美味しそうな匂いが立ち込める中で、青筋を立てて料理中のティナとシャイニーに食って掛かる研究者に、フェマが背中をバシッと叩いて宥めていた。研究室らしき部屋から漸く出てきたらしい二人が、匂いの発生源であるキッチンになだれ込んだらしい。
怒鳴り込まれた側のティナとシャイニーは鍋の前で振り返って目を白黒させていた。
「出来栄えはどうじゃ? どれ、わしもちょいと手伝うとするかの」
「はあ? あんたみたいな子供が手伝ったって邪魔にしかならないよ!」
「ああ、そりゃ大丈夫じゃ。いつもはわしと嬢の二人で作っておるし、以前はわし一人でも作っておったからの。それに、早よう作らんと腹が減っておるじゃろ」
「なっ! だからっ! 誰がここを使うのを許したってグゥ~~~~グルルルルゥ」
一人声を荒げていた研究者の腹が盛大に鳴り、出していた怒声を掻き消した。
「ほれほれ、腹が減っておるから怒りやすくなっとるんじゃ。座って待っておれ」
見た目ではこの中で最年長者が見た目だけ最年少の幼女に嗜められる様は滑稽であったが、その後誰よりもテキパキと動くフェマに、ここの住人である二人は黙り込んで立ち尽くすのだった。




