√トゥルース -013 聞こえない呪い
わしわし詐欺ではないと分かっていても、声も出せずに驚いている女性に対して自らを指差して大袈裟なゼスチャーをするフェマは、どうにも胡散臭くしか見えない。
しかし、その女性はそんなフェマをじっと見詰めた後、フェマの顔を掴むと目を見開いた。漸く認識したのだろうヒャアーと声を出してガバッとフェマを抱き締める女性。フェマがもがき苦しんでいたので、離すよう声を掛けたトゥルースだったが、女性はそれに反応せずフェマを抱き締め続けた。
「ちょっと、フェマが窒息してしまう! 離してやってくれ!」
「いい゛っ!?」
慌てて女性の肩を掴むトゥルース。そのお陰か、フェマは漸く解放されて息を整えるが、女性はトゥルースたちの存在に今更ながら驚く素振りを見せた。
が、どうもさっきから様子が変だ。どうにもまともな返事がない事に気付いた。
「フェマ。もしかしてこの人、喋られないんか?」
「ちゃうちゃう、逆やわ。耳が利かへん呪いじゃ」
聞こえ辛いではなく全く聞こえない。それが女性に罹った呪いだった。
そんな呪いが発症した頃は聞こえたり聞こえなかったりで、周囲の者たちからかなり顰蹙を買ったらしい。普通に話していたと思ったら全く反応が無くなったり、折角のアドバイスを聞き逃したり……。
質が悪いのは徐々に聞き辛くなっていくのではなく突然なのだから、周りの者の理解を得られない。何より、突然の無音の世界は恐怖でしかなかったに違いない。
そんな女性の父親は、信用性が必要となる仕事先でも娘のそれを指摘されて職を失う事になり、女性を恨んで離れていった。しかし、母親は女性を見捨てずにサポートし、二人で街から地方へと逃げて行った。
だが地方でも、いや地方だからこそ近所の冷たい視線を集めてしまった為、呪われた者が隠れるように住むこの地へと辿り着いたらしい。
「そうか。母親は亡うなっとったか。惜しい事をしたの。どれ、わしが久し振りに腕を振るうとするかの」
そう言って台所に向かうフェマ。
耳が聞こえないと火加減等は以外と難しく、普段の生活にも支障が出る。女性が作り置きしていた数々のおかずは充分火が通っていなかったり、焦げていたり……。人は目だけで家事が出来る訳ではない、耳や肌でも情報を感じ取って料理等をしているのだ。そこで一応は五体満足なフェマが腕を奮おうと言う。
当然その小さな形では大人用に作られた台所では満足に動けない為、良さそうな台を見付けて運んでいく……のだが、それに続いてラバに載せていた野菜や干し肉を運び込む。
その野菜は先日前の廃村で手に入れた野生化した物で、生のままだったので早めに食べなくてはいけない分だ。その内使わなければならなかったとは言え、断りもなく当たり前のように持ち込む様は、最初からそうするつもりだった事を匂わせる。
「謀ったな、フェマ」
だが、それこそ予想出来た事柄だ。
どうもフェマは端からこうするつもりで、食材を人数相応ではなく積めるだけ買い込んだのだと漸く納得した。
フェマだけでは儘ならないだろうと、シャイニーも手伝いに向かう。女性がシャイニーの顔にある痕を気にするような仕草を見せた為に、何時ものように逃げるように。
そうすると、そこには耳の聞こえない女性とトゥルース、ティナの三人だけが残った。しかし、その女性とは初顔合わせ。何を話せば良いのか全く分からないトゥルース。
「ええっと……フェマとは知り合い?」
場が保たないトゥルースは取り敢えず共通の話題を振ってみるが、女性が首を捻った事で思い出す。耳が聞こえないんだった、と。
顔を歪ませたトゥルースを目にして顔を下に向ける女性。肩をすぼませているところを見ると、怯えてさえいるようだ。
言葉で伝わらないのなら文字でと、書く物を用意して筆談に。しかし、そちらもあまり芳しくなかった。全く伝わらない事はないのだが、女性の識字率が低かったからだ。多少は覚えていたものの、人と接する機会が極端に少なかったせいで忘れてしまった事も多く、簡単なやり取りくらいしか出来なかった。若くして人里から離れて引き隠った代償としては大きな物である。
「何じゃ、まんだこんな所におったのか。ほれ、飯じゃ」
女性との会話に四苦八苦していると、フェマが呼びに来た。
すると、その言葉に女性はすんなりと従ってフェマの後に付いていく。今までトゥルースとティナの二人掛かりでも難儀した女性とのコミュニケーションを易々と熟して見せたフェマに、お互い顔を見合わせる二人。
「難しく考え過ぎじゃ。身振り手振りを交えて口をハッキリと動かせば何とかなるというものじゃ」
フェマとシャイニーが作った夕飯を食べながら疑問に思った事を聞くと、フェマは何を当たり前な事をと溜め息を吐く。
耳は全く聞こえず喋られず、字を書くのも覚束ない。どちらの方法でもコミュニケーションが取れない。ではどうするか……。答えは単純にして明快であった。
言われて思い返せば、ここに来てからフェマはゆったりとした口調でいつもはそんなにしていないゼスチャーを多目にしていた。そして、女性もそれに返すようにゼスチャーで返していたように思う。それを真似ていれば良かったのだ。
女性の耳は先天性ではない。呪いが発症するまでは普通に見聞きし普通に口で言葉を話してコミュニケーションをしていた。そう、普通に。
ところが、それなりの歳になって発症した為、耳が聞こえなくなった時のコミュニケーション方法が分からず上手くいかない。そして、その方法を確立する前に逃げてしまったのだ。
耳が聞こえない状態で無理して言葉を発すればどうなるか。自分の発した言葉がちゃんと発音出来ているかも分からない状態となり、ろれつが回ってない事も分からず、次第に自分の名前すらまともに発せられなくなるのだ。
赤の他人はおろか、周囲の親い者ですら気持ち悪がって遠ざかっていく様は恐怖でしかない。そんな目を向けられて平気である筈がなく、逃げて逃げて引き隠るのは自然の流れだった。更に、逃げて人里離れ隠れ住んだ先では母親としかコミュニケーションを取る必要がなく、母親は他人と比べて圧倒的に娘の事を分かってやれたので、益々コミュニケーション方法の習得をする機会を失ってしまったのだ。
自ら人と接する機会を絶った女性。人里離れた場所に女だけで住めば、良からぬ者が良からぬ事を働きにやってくる恐れがある。
女性は貞操の危機も覚悟の上でこの地に腰を下ろしたのだが、慰み者になるような心配は杞憂であった。そもそもこのような僻地に危険を侵してまで来る者は殆んどおらず、更に呪い持ちは移るかも知れないという誤解が世間に蔓延しており嫌われているからだ。
それよりも困ったのは食料問題だ。建物や水は廃屋を手直しして使えたが、自給自足しか方法のないこの地では自分で耕した畑は生命線である。精魂込めて作ったその畑の野菜類を狙ってやってくる虫や獣が一番の敵であった。当初はそのせいで作った野菜が全滅しかけた事もあったが、幸い豊富な山の幸で飢えを凌げた。
その危機を乗り越えれば逞しいもので、その後は畑を狙う獣を罠を掛けて捕らえ、食料としたのだ。
「その罠は時折調査に来る領の役人にこさえて貰っておったの。とは言え、そう頻繁に来る訳でもなく嫌々来る役人も多いもんで、簡単に教えてくれよる者は少なかった筈じゃ。初っ端にええ役人に当たったのは運が良かったと言えよう」
食後に直ぐ隣の畑を見に行けば、随分傷んだ罠がそこにあった。母親が他界して女性一人になった現状では、直すのも困難だろう。
「って、俺は罠の仕組みが分からないから、修理なんて無理だぞ?」
修理を強要される予感しかしなかったトゥルースが念の為に釘を刺すが、フェマはそほを鼻で笑った。
「仕組みが分かれば良いのしゃろ? それなら心配せんでも良い。わしが分かるからの。今日はもう日が暮れよるからの、明日の朝にちゃっちゃと済ませるぞ」
案の定、フェマが不敵な笑みで返す。予想通りの返しに、トゥルースは反論を諦めて項垂れるのだった。




