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√真実 048 お説教と抗議



「おやまあ、よう来なさったな。ほれ、そないなとこに立ってへんで早よう入り」


 翌日、真実と光輝を迎え入れたのは、隣町(田鍋市)に住む光輝の祖母だ。

 光輝が修学旅行のお土産を持っていくと聞いた真実が心配して付き添ってきたのだ。隣町と言えば修学旅行の二日目に街中で壱継に絡んでいて、真実が介入した相手の木林寺たちの地元である。光輝一人で相手に遭遇でもした場合、どんな報復をされるか分かったものではないと道場の不参加理由を聞いて即申し出たのだが、逆に真実が呼び水になる事は考えも及ばなかったのが残念なところだ。


「ほう? 京都に行ってきおったか。ぎょうさん楽しんできおったかいな?」


 招き入れたおばあさんは光輝の話を聞き、ほうかほうかと顔を綻ばす。孫の楽しそうな顔は何よりの良薬だ。


「でね、真実くんがその喧嘩を止めたの。相手はボクシングやってる人なのに!」


 言葉足らずながらも徐々にヒートアップする光輝。おばあさんはほうかほうかと相槌を打っていたが、このパターンは完全に聞き流して光輝の表情だけを見てるんだなと察する真実。正解である。

 その真実も光輝の話は耳に入っておらず、昨日の事を思い出していた。




 二人とも素っ裸で出るに出られなかった風呂を、意を決して先に出たのは真実だった。

 すっかり慌ててしまい、持ち込んだタオルで前を隠すのも忘れてザバッと立ち上がると、体を拭かず逃げるように浴室を出た。その際、光輝の目が女の子が見てはならないモノを確りと捉えて高速シャッターを切ったような瞬きをしていた事は真実は知る由もないのだか。

 そしてまた着替えを持ってきてない事に気付いた真実は、部屋に戻ろうと脱衣所を出て階段に向かおうとしたところで動きを止めた。


「……あんた、何やってるの家の中で」


 そこにいたのは、この時間にいる筈のない(花苗)だった。それは驚くだろう、息子が家の中をずぶ濡れの素っ裸のまま走り回っている様を目にすれば。しかも、その息子の息子(真実)が走り回る息子よりも元気になっていたのだ、母親としては息子の息子の成長を喜ぶべきなのか、その異常行動を嘆くべきなのか……大半は後者だろうが。


「え、いや、これはその……」


 素っ裸だった事を今更ながら思い出して股間を隠そうと手を当てて、今更ながら自らの状態異常に気が付く真実。思わずヒュンとなる。


「……兎に角、早く身体を拭いて服を着てきなさい」


 言われて拭くタオルすら持ってきてなかった事に気付く真実。しかし脱衣所に戻れば中の光輝と鉢合わせするかも知れないし、何より光輝と入っていた事がバレてしまう。真実が選択したのはそのまま部屋に戻りTシャツを一枚犠牲にして身体を拭く事だった。それに、着替えを持たない光輝に早く替えの服を持っていかなくてはならない。

 丸出しの尻を花苗に向けて階段を一段飛ばしで駆け上がる真実。花苗からはイロイロと丸見えなのに気が付かずに。



「真実、そこに座りなさい」

「……はい」


 急いで服を着、光輝が着る服を隠すようにしてそっと一階に降りていくと、脱衣所の前で仁王立ちする花苗。バレてました。

 素直に板張りの廊下に正座する真実。


「水浸しで裸の真実が出てきたお風呂に、タオル一枚のこの子……。あんた、まさかこの子に何かしたんじゃないでしょうね」


 胸の前に腕を組んだまま、顎でクイと扉の向こうにいる光輝を指す。

 ゴゴゴと音を立てているかのような迫力の花苗。それに圧された真実は、花苗が随分と大きく感じた。


「な、何かって……俺は何もしてないからっ!」

「何も? 二人とも裸で何も? そもそも何で二人で風呂に? あんた、この子を脅して二人で入ったんじゃないでしょうね。ったく、仕事を早く切り上げて帰って来てみれば……」


 ギロリと真実を睨み付ける花苗だが、到底説明など出来ない真実。何もしていないと再三否定するのが精一杯だった。

 が、それを更に否定したのは真実だけではなかった。


「真実くんは悪くないです! ウチが真実くんの入っていたお風呂に後から入ったんで!」


 ガチャリという音と共に扉が開き、タオル一枚を手にした光輝が飛び出してきた。その勢いに、タオルがヒラリと捲れるが、真実からは仁王立ちするロングキュロット姿の花苗の足が邪魔をしたので、辛うじて大事な部分は見ずに済んだ。


「……あなたは裸なんだから、中に入ってなさい。兎に角、先ずはこの子に服を着させないと。見たところ着替えが無さそうだけど、どうするつもりだったの?」


 思わず出てきてしまった光輝を脱衣所に押し戻す花苗。

 脱衣所の中ではいつの間にか回っていた洗濯機が唸りを上げているが、そう言えば風呂を出てくる時、光輝が着ていた服が見当たらなかった事に今更ながら気付いた真実。いつもそうしているのだろう、脱いだ服は洗濯機の中で、洗濯機を回したのは光輝のようだ。

 再三汗が吹き出る真実は、後ろに隠した自分のTシャツとズボンを花苗に差し出した。すると、それを一瞥した花苗が溜め息を吐く。


「いい? 二人ともその場で待ってなさい」


 そう言って自分の部屋に行き、暫くすると戻ってきた花苗の手には何やら服らしき物が。


「女の子に下着も着けさせず薄手のTシャツにズボンを直穿きさせようとするなんて、何て馬鹿な子なの。せめて私の下着くらい気を利かせて用意しなさいよ」


 どうやら花苗の下着らしい。そう言えば、あんな色のスポーツブラを洗濯した覚えがあるが、黒色のパンツらしき物は新品のようだ。洗濯した物よりピシッとしていて皺がない。

 そう言えば、花苗は黒色の下着をよく愛用していたなと要らぬ事を思い出す真実。親の下着に興味はないが、自分のカノジョがあんな色の下着を着けるのかと思うと何だか微妙な気分になった。いたいけな男子中学生の理想は、女子の下着は白なのだ。

 何はともあれ前回の失敗を何も反映出来ず、況してや前回は厚手な体操服だったのに今度は薄手のTシャツなんて女の子にはハードルの高い服を用意しようとした真実に反論の余地は無かった。

 因みに体操服は修学旅行に持って行っていたので、全て洗濯機の中だった。

 その後、脱衣所から出てきた光輝。着た服をよく見れば、中に着ているスポーツブラがクッキリと透けてしまっていた。中に何も着ていなければ大変な事になっていただろう。


 それからリビングに移って花苗に経緯を話した二人。

 買い物をして帰って来る途中で雨が降り始め、洗濯物を取り込む頃には本降りに。結局二人とも濡れたので、身体を温める為に風呂に入る事になったものの、先に真実が入った風呂に光輝がカチ込んで来た事、中では結局隣に並んで入っていただけだという事をダイジェストに、克つ間違いの無いように説明した。


「勿論、俺は見ないようにしてたし、自分から触ってもないからっ!」

「……本当に本当ね? 分かったわ。でも、今後は二人でお風呂に入るのは当然厳禁よ。勿論、いかがわしい事も禁止。分かった? 分かったら返事!」

「「は、はいっ!」」


 深く溜め息を吐く花苗。健全なお付き合いならと口出しせずに暖かく見守るつもりだったが、一歩間違えれば大変な事になっていた。そこを特に二人に言い聞かせた花苗は、光輝の行動が幼い頃の祖母たちのせいだと知り、緊急避難だった今回の事に目を瞑る事にしたのだ。

 風呂に入る時には周囲でガンガン鳴っていた雷鳴も、今はその音は聞こえないくらいに遠ざかっていた。もしかしたら光輝はその雷鳴に怯えて風呂に凸って来たのかも知れないなと真実は思うものの、今更それを確認出来るような雰囲気ではなかった。

 そう言えば半月前に見た光輝のお尻にあった痣はすっかり消えていたなと思い出す真実。何度も女子中学生の生尻を目にした事が異常であると自覚する真実だが、何れも光輝が自ら起こした行動である。今後はどこか抜けているそんな光輝を嗜める役にならなくてはと心に誓う真実だった。




「でね、保健の先生が連れてってくれたお店の牛かつが美味しくって! おばあちゃんにも食べて欲しかったなぁ」

「ほうほう、さよか。そりゃ美味そうや。どれ、光輝ちゃん喉が渇いたやろ。お茶を淹れようかね」

「あ、ならウチが淹れるから。おばあちゃんは座ってて」


 いつになく滑舌に喋り倒した光輝。小さい頃はよく喋る子だったのだろう、身内で懐いていた祖母には心を開いているようだ。カレシになり家で一緒に料理を教えている真実にもここまで滑舌になる事は無い事に少しばかりの嫉妬を感じたものの、過ごしてきた年月の長さや絶対的な信頼度は到底敵わないので、そこは仕方ないと諦めた。

 一方で、光輝が席を外した今がこれ以上ないタイミングだと、真実は光輝のおばあさんに意を決して声を掛けた。


「あの。光輝なんだけど、ちょっと問題が……」

「ん? なんや、問題て。まさかまた青痣でもこさえとったんか?」


 しかし、その真実の言葉に、光輝のおばあさんは過剰に反応する。その神妙な顔つきに、真実は少し引いた。

 だが、その反応以上に気になる言葉が。


「青痣? いや、前のお尻の痣は綺麗に消えていたけど……って、それもあったけど、何て事を光輝に吹き込んだんだよ!」


 プンスカする真実だったが、おばあさんは青痣が無かった事にホッとしていた。青痣に何かあるのだろうかと首を傾げた真実だったが、今は正すべき事が優先だ。


「昨日なんだけど光輝、俺が入ってた風呂に入ってきたんだぞ? 前にもここで一緒に入らされたけど、俺たち今は中学三年、来年からはもう高校生なんだ。幾ら何でも俺たちの歳で男と女が風呂に一緒に入るのは異常だって事をちゃんと教えないと!」


 徐々に声を荒げてしまった真実の言葉に、今度はポカンとするおばあさん。その様子に、ちゃんと伝わったのだろうかと心配するが、その言葉を漸く噛み砕けたのかポンとグーにした右手で左の掌で叩いた。


「せやせや。光輝ちゃん、今度は高校生なんや。うち、勘違いしとったわ。てっきりまだ小学生や思い込んどった」


 やっぱりそうだったかとガックリ項垂れる真実。確かに光輝は今の一年生たちより小さく見られる時がある。夏休み最後に行ったハイキングでは、道中にオバチャンたちからよく飴玉を貰ったものだ。帰りのバスなんて、小児料金で良いとまで言われてしまった程だ。

 しかし、もし小学生だったとしても、一緒に風呂に入るのは良くても銭湯とかと同じく低学年までだろう。当然、光輝も真実もそんな年齢はとっくの昔に越えている事は明白だ。


「せやけど、自分らは付き合うとるんやろ? せやったら何も問題あらへんわ」


 端から別れる事を考えて付き合っている訳じゃなければ、今から仲良くなっておくのは当たり前だと主張するおばあさんに、真実は随分先の話をされてどう反論したら良いのか分からなくなり、思わず脱力するのだった。





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