√真実 -043 んっふ~ぅ
「大丈夫か? 光輝」
一重目に設置されていた空いていたベンチに座らせた光輝の様子に、心配した真実が覗き込んで声を掛ける。しかし、それに声で返す事の出来ない光輝は辛うじて首を縦に振るが、どう見ても大丈夫そうには見えない。
それよりはまだましそうな綾乃もベンチに座って、疲れた~と手で顔を煽っている。
対して祐二はアスリートらしく、ストレッチを始めていた。しかし、足首が動かせないので太ももやふくらはぎを器用に手揉みする一方で、その足を揉む手の方がぷるぷると震えていた。
「全く、だらしがないわねぇ。それでも幅跳びの選手?」
「仕方ねぇだろ、この一ヶ月は全然運動出来なかったんだからよ」
「ほらやったげるからシートに横になりなさい」
華子が芝生の上に広げたレジャーシートを指して言うと、面倒くさそうに渋々と祐二はそちらに移動して横になった。陸上部に止まらず運動前後のストレッチを重視している部では当たり前になりつつある光景で、華子が祐二のマッサージを始めた。
「……光輝、俺もやってやろうか?」
「……ん。お願い、しても良い?」
あ゛~、と気持ち良さそうな声を上げる祐二の姿を見て、真実も光輝に声を掛けた。リュックからシートを取り出して広げると、光輝をそこに寝転がせ足を中心にマッサージを始める。
しかし、その光景を見て戸惑いの顔をする一同。
男子の体を女子がマッサージする事は極稀にある。そう、そのパターンなら許される範囲なのだ。しかし、女子の体を男子がマッサージするのは殆どアウトと判断されてしまう。
しかし、それを真実は当たり前の様にやり、光輝は当たり前の様に受け入れていた。これは僅か二週間前に二人で行ったハイキングで真実が光輝に対してマッサージを行っていたから、一度体験した事でそうする事がの有用だと知ったのと、華子のマッサージを見たからだった。だが、それを二人だけの時にこっそり行うのと、人前で堂々行うのとでは意味合いが違う。
「……あんたたち、よくもまあそんなに堂々と……」
「何だ、智下。お前もマッサージをして欲しいのか? やってやるぞ?」
「っ冗談!! やってもらわなくて結構よ!」
んっふ~、と漏れた光輝の声に思わず漏れた綾乃。その声に智樹が反応するが、顔を真っ赤にして綾乃はその申し出を拒絶した。
しかし、華子のマッサージを受けていた祐二がそこに口を挟んだ。
「やって貰えよ。トモのマッサージは陸上部の中でもトップクラスだから気持ち良いぞ」
「ほら、次は右腕よ。起き上がりなさい」
「痛ってえ! ケツ叩くなよ!」
バシッと平手で良い音を立てた華子も、綾乃の方を向いてコクリと頷くところを見ると、智樹がマッサージ上手なのは本当らしい。
綾乃の返事を待たずにレジャーシートを敷く智樹。もうそうする事が当たり前かの様に、ポンポンとそこを叩いて綾乃に寝転がる事を促す。嫌そうな顔をする綾乃だったが、既に周りのマッサージして当たり前な流れに乗せられて渋々そこに横になった。
「変なところは触らないでよ!」
「ああ、分かっている。じゃあ右足からだ」
「ふぐっ! ……ふぅ」
思わず漏れた自分の声にビックリする綾乃。確かに気持ち良いのだが、それが何故か悔しい。
思い返せば、この班が結成されたばかりの頃は智樹の事は胡散臭くて好きではなかった。だが、夏休み中に一緒に勉強をしあって徐々に慣れ、この修学旅行では初日から二人で行動する事があり、二日目の昨日は喧嘩を止めようと奮闘する姿を見せられた。
そして今、何故だか体を触る事を許している。
何故こうなった!? と、普段出した事のない声を漏らしながら、絶賛混乱中だ。
「あらあら、やっぱりこの班はとても仲が良いわね。ちょっと羨ましいくらいに。本当に昨日、騒ぎに首を突っ込んだとは思えないわ。青春って良いわね~」
一人、少し離れて軽くストレッチをした後、芝生の上に直接座って晩夏の風を浴びる美鈴は、目を細めてそれを見守っていた。
しかし、気持ち良い。疲れ果てていたのもあるが、フカフカの芝生の上にシートを敷いて横になり、背中に太陽の陽を浴びながらの極上マッサージは、まるでお姫様になったようだ。そう、昨年に悪ノリしてママに付いて行き、全身マッサージをしてもらったあの時のような……。そう言えば秦石君は私立の高校に進学するんだっけ、あたしはみんなと一緒の公立高校を受けるつもりだからバラバラになるんだなぁ……
そんな事を考えている内にいつの間にかうつらうつらと眠りかけていた綾乃。両足だけでなく、両腕、背中に掛けて正に全身マッサージを智樹が施す中、その醜態は同級生の目に触れる事となった。
「あれ? 秦石たちの班?」
「あ、本当。伊井山先生も」
元級長の麻野克俊たちの班だ。
マッサージを終えて横に並んで座る祐二と智樹の姿に気が付いたものの、その隣にいた智樹の姿が目に入ると足を止めて固まった克俊と元副級長の多鍋幸紀。そんな二人に、後ろから付いて来ていた他の班の者たちも思わず足を止めた。
「ん? どうしたんだよ、級長。もう疲れたんか?」
「って、布田? と、和多野が仲良く並んでる!? ずっと犬猿の仲だったと思ってたのに、最近様子がおかしいと思ったらこういう事だったのか!!」
「てか、秦石もかよ! 相手が智下ってのが理解に苦しむけど……何でこうなったぁ!?」
「くっそー! 羨ましくなんてないぞっ! 爆ぜろリア充め!」
取り敢えず有名なセリフを口に出来た事で、ある程度の毒抜きが出来て囃し立てるくらいで大きくは騒ごうとしない男子二人。だが、相手が華子や綾乃ではなく、人気のある可愛い女子だった場合はもっと酷い状態になっていただろう。
しかし、女子はそう単純な話では済まない。
「って、ええっ!? 秦石君が智下の体に!?」
「嘘でしょ!? 秦石君をこんな扱いするなんて!」
克俊と同じ班の四人が目を剥いてその光景に驚いているが、その目に真実と光輝の姿までは入らないようだ。それだけ智樹のマッサージ姿が衝撃的だったのだろう。
教室では献身的に祐二に付き添う華子の姿に囃し立てつつも、背景の出来事を知っているので怪我が治れば犬猿の仲に戻ると思っていた男子たちは、裏切者に鋭い目を向ける。
そして決して交わる事が無いと思って油断していた華子が、まさか憧れの智樹に奉仕をさせているだなんて決して許される行為ではないと目を吊り上げた。
「全く興味無さそうなフリしておいて、秦石君を独り占めだなんて……」
「そう言えば初日にも二人でバスに遅れそうになってたわ!」
「まさかこうなるように、ずっと前から計画していたとか?」
「ええっ!? 何を考えているのか分からない子だったけど、そんな腹黒い子だったの!?」
ひとつふたつの些細な事実からあらぬ疑いを持たれた上、更に謂れのない言い掛かりをつけられる綾乃。
だがその綾乃はと言えばその言葉は耳に入っていないようで、んっふ~ぅと光輝と同じような吐息を漏らしながら弛緩した表情で折り曲げ簡易枕にしたタオルに顔を埋めて目を瞑っていた。猫であれば喉をゴロゴロと鳴らしていただろう。
その頃には真実は、光輝のマッサージを終えてやりきったという清々しい顔をして、自分のストレッチをしていた。対して光輝は、綾乃と同じようにレジャーシートの上で俯せのままタオルに顔を埋めてスピスピと寝息を立てていた。熟睡している訳では無さそうだが、幸せそうに頬が上がって半開きの口が微笑を浮かべていたが、中学に入ってからの光輝にしては貴重な表情だ。
「やっぱり、何だかんだで誤解を受けやすい子たちばかりなのね。明日から騒ぎにならなければ良いけど……」
その様子を遠巻きに見て溜め息を吐いた美鈴の言葉を耳にした元級長、副級長の内緒カップルは、その美鈴と顔を見合わせるとお互いに苦笑を漏らすのだった。
この回もでしたが、次の回も難産でして……絶賛書き直し中です(泣)
ストックが切れましたので、いよいよ本格的に不定期になるかも
楽しみにされていた皆さまには申し訳ありませんが、「こいつ、本当にやりやがったな!」とでも思ってお怒りの感想でも残して怒気を和らげて気長にお待ちください




