√真実 -042 松葉杖でハイキング
ずっと続いていた森から抜けてパッと視界が開けた先に見えてきたのは、商店街っぽい建物の並びとその向かいの石階段。
更に近付けば石階段の先にゲートとその先に芝生の山が。
「着いたぞ、若草山だ」
南ゲートの前には小学生の一団が行儀よく並びかけて同じいて賑やかだ。よく見れば一般客に交ざって同じ学校の生徒が登っていく姿も。考える事は同じのようだ。
真実たちは春日大社を見学した後の昼過ぎまでの自由時間を、若草山のハイキングに費やす事を選んでいた。
「祐二、本当に登るのか?」
「おいおい、ここまで来て登らないなんて言うなよ? どこまで登れるのか、ちょっとワクワクしてるんだからよ」
祐二が足の怪我をする前から決めていたのだが、ハイキングとは言え山を登るのは違いない。松葉杖では困難だからと計画の変更をしようとしたのだが、困難だからこそ登る事に意義があると訳の分からない事を口にした祐二に却下されていた。
「祐二、マジで駄目だと思ったら止めるからな? 絶対無理はするなよ?」
「分かってるって。ま、途中で止められたりしても、そこで立ち止まるつもりはないけどな」
陸上部では走幅跳がメインだった祐二だが、走る事自体は好きなので長距離等の耐久走も時間があれば走っていた。そういった背景がある為、松葉杖でどこまで行けるかは祐二も試してみたい興味のひとつだ。
しかし、それは怪我が無ければの話である。
「いや、無理すれば足の怪我が悪化するだろ。あくまで常識の範囲でだからな、祐二」
「……わーったよ。でもカコが言うには、この松葉杖はおれが無理しない為の保険らしいから、本当は無くても良いっぽいんだ」
要は、自分の足はもう松葉杖が無くても歩ける状態だと主張する祐二。しかし、それに待ったを掛けた者が。
「だから! そうやって無理をするだろうからって松葉杖のままなのよ! 杖無しでこの坂道を登ったら、あっと言う間にまた靭帯が切れて再手術コースよ! 先生の説明を聞いてなかったの?」
医者の話を祐二の母親と一緒に聞いていた華子が吼えた。
本人を交えた家族説明の時に華子も聞いておいてと祐二の母親が引っ張り込んだのだ。学校の中でのお目付け役として絶大の信頼を寄せている祐二の母親に華子もタジタジだったが、こうしてストッパー役をこなせるところを買われたのだろう。
将来的には暴走する息子の手綱を握る嫁として……。気が早すぎである。
華子の言葉に、ジトっとした目を祐二に向ける一同。やはり祐二の大丈夫という言葉は信用できないようだ。
「出来るだけ口は出さないつもりだけど、まあそんなに心配しなくても、無理をしていると感じたら私が止めるから。目の前で怪我をされる訳にはいかないからね」
後ろから付いてきていた美鈴が苦笑気味に声を掛けてきた。
昨日の騒動で生徒指導の井蛙や学年主任の保守、果ては担任の尾桟から元凶だと睨まれていた真実を庇うようにお目付け役として自主的に同行していた美鈴。しかし、美鈴は他の教師たちのようには口出しはせずに生徒たちの自主性を尊重して道中はずっと一歩離れて黙っていた。綾乃と真実の険悪な雰囲気の際にも、だ。
昨日の騒動の大元である壱継たちの班には昨日から井蛙がピッタリと付いて歩いていたが、口を出しまくっているのは想像に難くない。自業自得だが、その差は大きい。
しかし、生徒が無理をして怪我をすると分かれば話は別である。そこは介入して事故を回避するのは当たり前だ。
「うちの生徒は……残念、団体扱いになる程は集まりそうにないわね」
周囲を見渡して他の班の数を数える美鈴。三十人以上になれば団体割引が受けられるのだが、近くにはふたつの班が見えるだけだ。
近くにいた班の女子たちが美鈴に気が付いて駆け寄ってくる。
「きゃー! 美鈴センセー!」
「美鈴先生も山に登るの?」
「ええ、そうよ。この子たちに同行しているのよ」
人気者の美鈴が答えれば、女子生徒たちは松葉杖の祐二を見て納得の顔をする。祐二に付き添っていると思われたようだが、その実、真実の監視という名目なのだ。内心で苦笑しつつ、それは顔には出さない美鈴。時には役者もしなければいけない教師も大変だ。
女子たちからの好意の目に曝される事が多かった智樹だが、今回は美鈴が盾になってくれた形だ。それに今は班行動の方が大事なので、素直に班の男子の方に戻っていく女子生徒たちに手を振って見送る美鈴。それを横目に、智樹が人数分の入山料を払いに行く。
「あら、ここは私が奢ろうかと思ってたんだけど」
「何言っているんだよ、みっちゃん。生徒にそんな贔屓しちゃ、また何を言われるか分からないから、そんな事しちゃ駄目だろ」
綾乃や祐二が奢りと聞いてヤッタと喜ぼうとしたのを智樹が止める。
美鈴としては昨日からの他の教師たちの理不尽な態度に対しての詫びのつもりだったのだが、そんな背景を知らない他の生徒たちの目からどう映るかを智樹は危惧したのだ。ますますリーダー向きの子なんだけどなと思う美鈴。だが、智樹の言う事にも一理あるので、苦笑しながら真実たちと共に自分の入山料を智樹に払う美鈴。せめてもと、小銭を引き取って両替役になるのだった。
若草山麓の南ゲートから入った一同は、一面に青々と茂る広大な芝生の斜面に圧倒された。ゆったりと草を食む鹿を横目に、道沿いに進んだところに見えてきた階段を登っていく。
心配した祐二だが、階段と言っても段差が低く、踏み面の奥行きが長いので、それほど困難もなく登っていける。調子に乗って一人先に行こうとするのを止めて、ゆっくりと進んでいく。
後ろからは小学生の一団がワイワイと登ってきていたのだが、幸いにもその歩みはゆっくりなので付かず離れずの距離を守れているから、慌てる必要もない。
そのまますすんでいくと、徐々に階段がきつくなってきた。少し綾乃と光輝、それに祐二の息が上がっていく。先程勢いよく飛び出そうとしていた祐二を止めて正解だ。陸上部なのだからペース配分が重要だと知っていながらの愚行に、同じく陸上部の智樹と華子から冷ややかな目が向けられた祐二は、苦笑いするしかなかった。
息が上がって、いよいよ美鈴からのドクターストップが掛かろうかとしたところで、一重目の広場が見えてきた。
「やっぱり頂上までは無理だな。時間も勿体無いし、ここで昼にするか」
いつの間にか追い付かれた小学生の一団が元気よく追い抜いて上を目指して登っていくのを横目に、智樹が溜め息を漏らす。
頂上までは一般の人の足で約四十分だという話だが、小学生に追い付かれるところを見るとそれを遥かに超えるのは目に見えている。それよりも、綾乃、光輝、祐二の三人の息がヤバそうだ。
松葉杖の祐二は普段使わない筋肉を使っているから仕方ないのだろうが、綾乃や光輝の体たらくに苦笑しか漏れない。いくら道場に通いだした綾乃や光輝と言えど、そこに行くのに自転車やバスを使っていては持久力どころか筋肉も付かない。文化部の宿命とも言えるだろう。
「そうだな。ここまではまだ半分も登ってないけど……」
智樹の言葉に、光輝を心配そうに見ていた真実も同意する。
頂上までは距離的にも時間的にもここまでよりも同じ距離かもっとある。実際はここまでの坂が一番きつく、この上はそこまでキツくはない事を知っていた智樹だったが、帰りの事を考えると無理はしない方が良さそうだからと黙っていた。
ふと見れば、のんびりと座り込んでいた鹿と目が合うのだった。




