√真実 -041 酷道じゃね?
「みっちゃん、何で克俊に昨日の事をバラしたんだよ」
散らばっていく他の班を眺めながら、智樹が後ろに控えていた養護教員に尋ねる。
「あら、麻野さんには話しても大丈夫だと思ったからだけど、駄目だったかしら」
「……大丈夫って、何でさ」
「麻野さんはこういった話はそう簡単に人には話さないでしょう? それにあなたと同じくクラスのリーダーだから知っておいて貰いたかった、ってのじゃ駄目?」
「……今はオレも克俊も級長ではないんだけどな」
今の級長は自分や克俊ではなく壱継である事を告げるが、当の美鈴は首を振る。
「そういう事じゃ無くてね、私はクラスのリーダーと言ったの。クラスのみんなを引っ張る事の出来る人だって事。残念ながら壱継さんにクラスのリーダーは無理だわ」
みんなが選んだ級長が必ずしもクラスのリーダーではないと言い切る美鈴。勿論それを聞いていた他の五人は納得してうんうんと頷くが、当の智樹はムスッとした。
「言いたい事は分かるけど、そういうのオレは迷惑なんだよな。周りが勝手にそう決め付けてよ」
「秦石さんは不服なの? あなたには人を惹き付ける魅力も人を引っ張る能力もあるし、相手をよく見ていてちゃんと導いてあげられるリーダーに向いた人だと思うのだけど」
「……だから。いつだってそこにオレの意思が入り込む余地が無いんだよな。いつも指名されて仕方なくやってたけど、オレだって級長なんてやりたくない時はあるんだよ。オッサンはオレと克俊がいればどんな厄介者だって抑える事が出来ると思って今のクラスを編成したんだろうけど、なら自分が抑えろよって言いたいぞ」
珍しく智樹が愚痴を口にする。この時初めて一緒にいた五人は智樹がどれだけ級長の職を嫌がっていたのかを理解した。美鈴に至っては養護教員としてクラス編成の会議に立ち会った手前、それが事実だと知っているので尚更だ。
「そう、確かにあなたたちのクラスは問題のある子が多いわね。そして教師たちもあなたたちに期待して組んだのは確かよ。そのリスクについては私も指摘したのだけど、抑える事が出来ずに押し切られてしまったから他の教師と同罪ね」
ごめんなさいと頭を下げる美鈴だが、それは筋が違うからと止める智樹。
「いや、みっちゃんはオレたちの事をちゃんと分かろうとしてくれてるから。駄目なのはベテラン勢だろ。真実の件だってそうだろ? 何か問題があると、それを隠そうとするところとかさ。どうせ教育委員会にだって正しく報告されているのか疑わしいんじゃないか?」
「そ、それは……」
どう報告されているのかは美鈴の知るところではない。しかし、教育委員会からの確認の問い合わせ等が無いところを見ると、報告自体が適当にはぐらかされて解決済みとされている可能性が高いのだ。
警察沙汰になっていてもその状態なのだから昨日の他校生との乱闘ですらうやむやに報告される事が予想される。新任として真実たちの入学と同時に着任した美鈴のような下っ端に、どんな報告をしたかまで知らされる事はない。智樹の指摘に美鈴は申し訳なさそうに押し黙った。
「お、おい、智樹。俺の事は良いから、美鈴先生をそんなに悪く言うのは……」
「いや、別にみっちゃんを責めてる訳じゃないけど……真実はそんな悠長にはしていられないと思うぞ? このままだと内申書に何て書かれるか……」
「ええっ!?」
地元の公立高校を目指している真実。地元の生徒が優先されるらしいので余程の事がなければ入試で落とされる事はないだろうが、内申書が悪く書かれていれば絶対受かるとは言い切れない。
事実、前年に誰だかは分からないが、最終応募倍率1.0、要は定員に対して募集人数が同一だったのに、一人が不合格になったと言うのだ。
情報収集や偏差値的に危うい生徒の説得等、中学教師たちの涙ぐましい努力のたわものによって脱落者もなく全員無事に高校進学出来ると思われた矢先の出来事に、全員が合格した学校ですら衝撃が走ったものだと美鈴は思い返す。
「大丈夫、普通は内申書っていうのは言う程悪い事は書かないものよ。だってその学校、その担任から不合格者を出すってのはマイナスの評価を自ら被るって事だから」
そう口にする美鈴だったが、本当に大丈夫よねと内心で心配になり、後々釘を刺しておかなければと決意するするのだった。
「そんなお堅い話は帰ってからにしようぜ? 今は折角の修学旅行なんだからさ」
周囲を見渡せば、後ろから付いてきていたクラスも春日大社の見学を終えて自由時間となり、それぞれ各班で散開していくところだった。
朝、ホテルを出た一行は、隣接する奈良公園を徒歩で横断し春日大社の見学をして回った。この後は昼食の時間まで自由時間で、その後はバス、新幹線で帰校の途に就く。観光地を回るも、景勝地に行くも、有名店に足を運ぶも自由だ。しかし、時間的な制約があるので遠方に行くも遊園地で遊ぶも時間が足りない。 中には強行軍を果たそうと息巻いている班もあったが、殆どの班は近場を回る事を選択していた。
「そう、だな。今は修学旅行を楽しんで、帰ったらオッサンやセイセン、バーコードに噛み付いてやろう」
「ほ、程々にね、秦石さん……」
普段見せない、何か悪巧みを謀ったような下卑た顔をする智樹に、美鈴は顔を引き攣らせて宥めるのだった。
美鈴をお目付け役として付けられた真実たちは、先ず綾乃が調べた弁当屋に向かい、昼飯用の弁当を買い込んでから春日大社方面に戻るように奈良公園内を通って北上する。祐二の足の事があるので弁当屋が近くにあって助かった。
と思ったものの、公園内とは言え行く道は土が剥き出しの遊歩道。松葉杖の人には酷な道だ。更にところどころで杖を突くのも出来なさそうな細い橋もある。
しかし祐二はアスリートとしての本能なのか、それに対して対抗心を燃やした。どうやって祐二を運ぶかを話し合う真実たちを後目に、立ちはだかる困難に自ら向かっていったのだ。
幸い、主だった荷物は運送業者の荷物預りサービスを利用していて、今は弁当等しか入っていない小さなリュックを背負うだけだ。流石に昨日のようなホテルの一室を荷物置場として借りる事は出来なかったらしい。
間もなく舗装路に出たものの、今度は駐車場らしきところを横切る形となった。
その道は綾乃がスマホを見ながら案内していたが、特に華子から疑問の声が上がるとそれを自前のスマホを持っている智樹が擁護した。この道が最短距離で間違いないと。
智樹が太鼓判を押した事で安心して進む一同だったが、今度は一方通行の道を逆走する形で進んでいく。クルマで進んでいるのではないので全く問題ないのだが、終始普通ではない道ばかりなので再び不安になるのだった。
「何よ、あたしの案内じゃ不満なの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……ずっと普通の道じゃないから、なぁ」
「だよね。こんな道ばかりじゃ、祐二が歩き難そう。何とかならないの?」
真実の言葉に華子が同調して愚痴るが、その内容は松葉杖の祐二を気遣うものだった。
既に初日の喧嘩は無かったかのような様子に首を傾げるところではあるが、今はその道の方に不満が溜まっている真実はそんな事には触れない。逆に触れればまた雰囲気が悪くなるのが分かっている。
それよりはこの道が車道にコーンを置いただけの狭い歩道という事の方が問題だ。これでは松葉杖の祐二をサポートする為に横に一人付く事も出来ない。それどころか普通に二人横に並んで歩く事もままならず、縦に一列にならざるを得ないのだ。光輝が心配な真実はしきりに後ろを振り向いていたのを一番後ろから付いて来ていた美鈴は苦笑していた程だ。祐二を心配する華子の事は言えない。
「おれの事なら心配するな。このくらい全然平気だから。それより早く先に進んでくれ。立ち止まっている時間が勿体ないだろ」
華子の前を歩く祐二が、何ともないアピールをして前を歩く智樹と綾乃に先を促した。
「ああ。あの分かれ道を左に行けばもうすぐだ。智下のナビは間違ってないぞ?」
「でしょ? ほらぁ、文句ばかり言ってないで黙って付いてこれば良いのよ」
「……そのナビのせいで昨日は散々な一日になったんだけどな」
「何よ、何か文句でもあるの!?」
智樹からの援護射撃に胸を張る綾乃だったが、それにぼそりと呟いた真実の言葉が耳に入り、憤慨する綾乃。
そもそも昨日の脇道に逸れた綾乃のナビはネットのナビでの指示ではなく、綾乃がスマホ地図を見ての自己判断で進んだ結果だったのだが、それに気が付いていたのは智樹だけだった。それを指摘したところで昨日の事が無かった事になる訳でもなく、況してや、そんな事を口にすれば更なる争いの種になるのは目に見えているので黙っていたのだ。その事すら知らない綾乃だったが、智樹の太鼓判があるが為に無駄に自信を持っているところが厄介だ。
「まあ待て、二人とも。昨日の事はもう済んだ事だし、目的地にはもう着くんだから良いだろ、そんな事は。ほら、早く行くぞ」
先頭を行く智樹が、直ぐ後ろで立ち止まって眉間に皺を寄せていた綾乃を宥める。
綾乃が進まないとその後ろを行く祐二が進めない。仕方なく矛を収めた綾乃は止めていた足を再度進め出す。そんなにムキになるような事ではないので、暫くすればケロっとしているだろうと智樹は考えていたが、その通りで目的地の入口が見えてきた頃にはみんなの顔に笑顔が戻っているのだった。




