√トゥルース -006 夜間の置き土産
「……たさま。あなた様? ルース様!」
揺すり起こすのは均整整った顔を、態と化粧でそれを崩して醜くしていたティナだ。
ミアスキアが合流してから慌てて化粧で姿を変えたのだが、ミアスキアはその姿を見ても何も言及しなかった。だからと言って本当の姿を堂々と晒す訳にはいかないティナは、就寝時になっても化粧を落とす事なく過ごしていたが、今はその姿は見る事が出来ない。
「ん……ティナか? どうしたんだ? まだ真っ暗じゃないか」
新月を過ぎたばかりの月は、夕食を食べ終わって灯りを焚いての宝石磨きをしていた頃に西の山の影に隠れてしまった。夜明け前の空にその姿はなく就寝時は明かりもない為、今は真っ暗だ。
「ルー君、ついさっきまで外で何か音がしてたの。何かいる」
ティナとは反対の方から声が聞こえてきた。こちらはすっかり化粧を落として火傷の様な痕を曝していたシャイニーだ。見知らぬ人にはその痕を隠すように化粧をしていたのだが、ミアスキアはそれを気に留めるような事はしなかったので、敢えて化粧をする事はしていなかった。
これはティナへ視線を向けさせないようにするというシャイニーの心配りであり、共に化粧を落としていると錯覚させる為の作戦でもあった。誰も化粧で態と醜くしているだなんて思わないだろう事を逆手に取った形だ。
外からはリーンリーン、チッチッチッチッ、リーリーリーと様々な虫の音が聞こえてくるが、今はおかしな音は聞こえてこない。
「音が? まさかこんなところに夜盗? 確か近くに棒が立て掛けてあったよな……」
「あ、それなら……」
真っ暗闇の中、記憶を頼りに身を起こして枕元をまさぐるトゥルース。すると目的の棒とは明らかに異なる物が手に当たった。
「ひゃんっ!?」
「ん? 何だこれ、こんな柔らかい物なんて置いてあったっけ?」
もし夜盗であれば、武器なりで対応する必要がある。相手が素手とは限らないからなのは言うまでもない。
だが、棒を手に取ろうとして柔らかい何かを掴んだトゥルース。首を傾げつつ、それが何だかを確かめる。
記憶には棒の他は脚が全て折れた机の天板があった覚えがある。持ち込まれて置き去りにされていた寝具等は埃だけでなくカビの臭いが酷かったので、寝ているのとは反対側の遠いところに固めて置いた筈だ。燃やして処分したいところだったが、豪快に燃やすには広範囲に草を刈って延焼対策をしなければならない。そんな時間も人数もなかったので、今回は諦めていたのだ。
他に柔らかい物なんて思い浮かばないトゥルースは、それが何なのか想像付かず軽く押したり揉んだりしてみた。
「何だこれ、こんなの無かった筈だけど……」
「ちょっ、あ、あなた様……それはわたくしのお尻……」
「ええっ!?」
目がまだ暗闇に慣れていない中で声を上げたのはティナだ。トゥルースの代わりに棒を取ろうと手を伸ばしていたティナのプリっとしたお尻を、トゥルースの手が鷲掴みしていたのだ。
ベタ過ぎるラッキースケベに思わず手を引っ込めるトゥルースだったが、今はそれどころではない。
「ルー君、外にはミアスキアさんが……何かあったら大変、急がないと!」
そうだ、外にはミアスキアがいるんだ。シャイニーの言葉でハッとしたトゥルースは、漸く闇に慣れてきた目を凝らして今度こそ立て掛けてあった棒へと手を伸ばす。
「二人も棒か何か持って構えてて。勿論、危ないから手出しは無しで。身を守る為に構えているだけで良いから」
ティナとシャイニーに注意喚起をすると、トゥルースは鍵も付いていない拝殿の扉をそっと開けて隙間から外の様子を確認する。
パッと見、外に異変はないように見える。音を立てないようにそっと動いていたので、周囲で鳴いている虫の音に僅かな軋み音は掻き消されているに違いない。そう自信を持って更に扉を開け、身体を乗り出して周囲を見渡す。
「みゃっ!」
「……!!」
いきなり白猫のミーアがひと鳴きして中から飛び出した事に、トゥルースは酷く驚いて声を出しそうになるのを必死に堪えた。
呪い持ちであるミーアは普段は猫の姿だが、寝具に潜り込んだ時にだけ少女の姿を現す。それは今のところトゥルースだけが知る真実なのだが、いつまでそれが保たれるのかは今は未だ未知数だ。特にミーアには他の者に姿を見せる気があるのかは全く分からない。
「…………」
気を取り直して暗闇に慣れてきた目を凝らすが、どこを見てもおかしなところは無い。
軒下に干してある加工中の干し肉も減っていなさそうだし、洗って乾かしている調理器具もそのままだ。ラバのミールやメーラも静かに寝ている。異常らしい異常は見当たらない。
「…………あれ?」
いや、異変があった。ミアスキアの姿が無い。それだけでなく、張ってあった天幕も荷物も、更には馬の姿までが無かった。
就寝前、トゥルースたちはレッドナイトブルーの加工を進めていたが、外で一人寝る事となったミアスキアは先に就寝していた事はトゥルースたちも知っていた。
「ミアスキアさんがいない……。夜盗に襲われて拐われた、なんて事はない……よなぁ」
まさかこんな真夜中に行動を始めるとは思っていなかったトゥルースたちは一様に驚きを見せた。荷物がないという事は先に発ったという事だ。
それにもし夜盗だったとしても、ミアスキアがそう簡単にやられてしまうとは考え難い。ミックティルクの影として働いているミアスキアの腕は、メガレスクル湖畔の王族別荘である屋敷に泊めて貰った時に、嫌という程体験しているのだから。
「あ、あなた様。あそこに灯りが」
ティナが建物の隙間を指すが、その先のずっと遠くをゆっくりと横切って行く淡い光が見えた。既に随分と遠くへ移動しているようだ。
「音がしていたのって、ミアスキアさんが出立する準備をしていた時の音だったみたいだな。他に異変が無いか見回ってくるから、一応警戒だけはしていてくれよ」
そう言って拝殿を出るトゥルース。灯りになる物は無いので、暗闇に慣れてきた目だけが頼りだ。その為、どうしても足元が覚束ないので拝殿の建物に手を付きながら手にした棒を振り回し、周囲を移動し見ていく。
そして一周してみたところで何も見付けられなかったトゥルースは、焚き火痕の辛うじて残っていた火種の方へと手探りで移動すると、薪として集めてあった小枝を見付けてそれの中に突っ込んで息を吹きかける。すると、それに火が着いた事で、やっと周囲に光が差した。
「…………やっぱり誰もいなさそうだ。ったく、ミアスキアさんも、こんな時間に行くなら行くって言っておいて欲しいよな」
何事もなかった事にホッとしつつも、人騒がせな同行者に届かない愚痴を溢す。
「すみません、あなた様。わたくしが騒いだばかりに……」
「いや良いんだ、気にしないでくれ。寧ろよく気付いたよ。眠いけど。ニーは気付かなかったんだろ?」
「うん。ウチも起こされるまで気付かなかった。もし本当に夜盗だったらと思うと……ティナさんが起こしてくれてなければ大変な事になってたかも。眠いけど」
「みゃあ」
「……何か、済みません。こんな時間に起こしてしまって……」
眠気を訴えるトゥルースとシャイニー、そしてミーアに、起こした側のティナが頭を下げるのを止める二人。寧ろ良い判断だったと。
ふと見上げれば、満面の星屑が頭上に拡がっていた。近くに光源が一切ない山の中なので闇が深く、極小さな星や銀河、星雲までもがしっかりと視認できる。知らない星までもがくっきりだ。ここまで星の数が多いと、目安になる星座も探すのが一苦労である。
「う~ん、この星の高さだと……まだまだ夜明けまでは数刻もありそうだな。問題も無さそうだし、もう一眠りするか」
「ん。起きるにはまだ早過ぎだしね」
「みゃっ!」
「ううっ、本当にスミマセン……」
夏の星座が沈もうとしていて冬の星座が上り掛けているのを見るところ、まだ夜中の零時前後だろう。そう当たりを付けたトゥルースは、手にした小さな火を焚き火の中に放り込むと拝殿の中へと二人と一匹を導いた。
一時的に明るくなった火の光を頼りに寝具へと潜ろうとすると、フェマがスピスピと鼻息を立てて寝ているのが見えた。
「……そういえば、起きた切っ掛けはフェマさんがガサゴソと起きて外に出たからでした」
「えっ! フェマが?」
「ええ。お花を摘みに行ったものだと思ったのですが、帰ってきてからも外で音がしたもので……」
ティナがその経緯を思い出したように口にする。いの一番に異変に気付いたのはフェマだったという事だ。そのフェマが確認に出て問題ないとまた眠りに就いたのかも知れないが、異変があったのなら知らせて欲しいものだ。
翌朝、起きたトゥルースたちは目を剥いて驚く事となった。
前日にミアスキアが仕留めて血抜きしていた沢に、また新たな兎や猪が沈めてあったのだから。
「おお、こんなに大きかったのか。これはまたええものを仕留めてくれおったのぅ」
「……フェマさんや。この事を知ってたのか?」
「ほりゃ知っとるわい。本人から聞いておるからの」
「「「えっ!?」」」
昨夜、真っ先にミアスキアの行動に気付いたフェマ。
夕飯後に真っ先に寝たミアスキアは、夜間に起きて周囲を徘徊していた害のありそうな猪とついでに兎を仕留めた後、直ぐに次の進路へと発ったと言う。元々夜間の隠密行動が多いミアスキア。それが身に付いているので、この旅でもそのスタイルは継続しているらしい。
本人にその事を問い質すと、直ぐに興味を失って眠りに就いたらしい。
「そういえば、姫様は起きておったようじゃったの」
「えっ! 気付いていらっしゃったのですか?」
「気付いてるんなら一声掛けてから寝ろよ!!」
そう批難するものの、どこ吹く風と聞き流したフェマが兎の解体を始めるのを見て溜め息を吐くと、トゥルースはその手伝い、シャイニーとティナは朝食の用意へと足を向けた。
それを見たミーアは、くわっとあくびをした後、ミールの上に乗って昼寝を決め込んだ。
結局、四人がこの村を発つ事が出来たのは予定の朝食後直ぐではなく、早めの昼食を食べてからとなったのだった。




