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√真実 -039 沁みる傷



「くぁー痛ぇ! 沁みるー!!」


 夕食後の風呂で、一人唸る真実。

 一応手当てを受けてはいたが、木林寺が与えた傷は目に見えていないものも無数に付いていた。昨夜は周りが騒いでいた事もあってシャワーだけで済ませていたので、今日こそは湯槽に浸かりたかったのだが、この怪我である。幸いにも昨日は騒ぎ過ぎて怒られた上、今日は歩き疲れて静かに入っているクラスメイトたち。ゆっくりと浸かるのであれば好条件の筈なのに、シャワーを浴びただけでこう痛んでは湯槽に入るのも躊躇われる。


「何だ、クロ(黒生)に手当てして貰ったんだろ? 他にも怪我してたのか?」


 前腕部に手を当ててシャワーが当たらない様にしていると、髪をガシガシと泡を立てていた祐二が手を止めて片目だけ開けて聞いてくる。ホームセンターのロゴが入ったビニール袋に突っ込んだ両足が痛々しく見えるが、華子の話振りだともうギプスは外しても良い段階にきているようだ。


「いや、目に見える怪我は絆創膏を貼って貰ったんだけど、どうも見えない浅い擦り傷があるのか湯に滲みるんだ。こんなにも痛むんなら、今日もシャワーだけにしようかな」

「ん? 入らないのか? 真実。顔と腕くらいしか殴られてなかったと思ったけど、沁みるって他のところもか?」

「…………いや、顔と腕だけかな?」

「じゃあ腕を上げて浸からない様にして入れば良いじゃないか」


 泡まにれになっても引き締まった身体が良く分かる智樹が不思議そうに言ってくるのを聞いて、あっそうかと納得する真実。痛みには慣れたとか言っておきながら、この体たらくだ。指摘する方も溜め息を吐きたくもなる。

 祐二は身体を洗った後、暫くシャワーを浴びてから出ると言う。みんなで祐二を担いで足を出したまま入るというアクロバティック入浴という方法もあったが、何が悲しくてお互いのフリチンを眺めながら入らなければいけないのかと、お互い提案するまでも至らなかった。タオルは湯槽に入れない、というお約束は大事だから。

 身体を洗い終えると、みんなが入っている湯槽へと足を入れゆっくりと体を沈めていく真実と智樹。たまらずハァァァァァと親父臭い声が漏れるが、そこは仕方の無いところだろう。


 あの後、真実たちは美鈴の呼んだタクシーで念願の牛かつ有名店へと滑り込んで舌鼓をうった。美鈴が綾乃から聞き出した店名をホテルの従業員に確認したところお墨付きを貰ったので、確実に食べられるように確認の電話を入れる念の入りようであった。真実たちだけでなく美鈴も、いつまでもぐだぐだな同僚たちのせいで昼食が質素な物になりそうだったので、いい加減腹が立っていたらしく、牛かつ屋ではちょっとだけ良いメニューの物を頼んでガッツリと食べていた。ダイエットなんて気にもしないその食いっぷりが気持ち良い。

 その後、集合時間までそれ程時間が取れない事もあって再びタクシーで移動、伏見稲荷は泣く泣く諦めて当初の目的地であった安井金比羅宮へと向かい、その帰りに綾乃の念願だった二寧坂、産寧坂を通ってバスの待つ駐車場へと帰って来た一行。その顔は、一部の計画が果たせなかったものの、やり遂げた感でいっぱいの満足なものだった。美鈴が躊躇なくタクシーを呼ばなければ、きっとこうはならなかったであろう事を付け足しておく。


「それにしても、足止めを喰らっている時に真実たち(・・)が寝てたのにはちょっと笑ったな」

「そうそう。先ずチゲがうとうとしだしたかと思ったらマサもクロもほぼ同時に寝ちまうんだもんな。そんなに疲れてたのか?」


 昨日の京都のホテルとは違って、この奈良のホテルは旧く小さかった。奈良公園の脇にあるらしいが、両脇だけでなく向かいもホテルだらけで庭のスペースなんて全くないという立地なので、部屋からの景色なんて全く期待外れだ。

 そして、今入っている風呂も京都のホテルと比べてスペースは半分近くしか無かった。足を放り出して背中からシャワーを浴びる祐二は直ぐ後ろだ。湯槽を取り囲むようにシャワーが設置されていたので余裕で会話できる距離である。


「疲れていたって言うか、眠くなった?」

「何だよ、それはw 部活もやらずに道場に通ってた三人が示し合わせたように寝ちまった挙げ句、カコに聞いたら昨日の夜はマサと同じようにあの二人も早い時間に寝てたって言うんだからさ。お前らどんだけ寝るの好きなんだよ」

「……それ、祐二にだけは言われたく無かったんだけど」


 学校での祐二は、授業の合間や休み時間にはほぼ机に突っ伏して寝ていた。肝心の授業中も辛うじて起きている、といった感じだ。寝る子は育った(身体だけ)の典型だ。

 一方で真実は少しだけ驚いていた。

 光輝についてはある程度は早く寝ていて朝は早いと聞いていた。それは田鍋市のおばあさんの影響だろうと予想は簡単に付いたが、綾乃まで寝るのが早いとは、と。スマホにハマる現代っ子な綾乃は当然夜は遅くまで起きているものだと勝手に思っていたからだ。


「眠くなったのはホテルの中が涼しくて快適だったからじゃないかな。ほら、外はまだ暑かったし」

「まあ、確かにな~。何を隠そうおれも少しだけ寝てたし」

「それこそ祐二には言われたくなかったわ!」


 兎に角、ホテルでの待機時間中は暇だった。動画を見た事で説明も殆ど必要無くなった事で、美鈴の役目も終わっていたと言って良い。時々様子を見に美鈴が部屋を出ていく以外は特にやる事も無かったので尚更だ。

 そもそも部屋はホテルの厚意で借りられたので、茶請けどころかポットの湯すら無かった。飲み物は取り敢えず持って歩いていたのがあるが、それが無くなったらロビー横の自販機コーナーで買い足してくる他ない。

 一応まだ真実と光輝特製のおやつはまだ残っていたが、昼飯前だという事でご馳走を食べる気満々だったので、下手に腹を満たすような事はしたくなかった一同は我慢に我慢を重ねたのだった。

 結果、最高の昼食にありつけたので良い判断と言えたのだが、それまでは苦行だったと後に語られる事となった。



「なあ、秦石。昼に喧嘩があって、お前が治めたって本当か?」

「何でもうちの生徒がボロカスにやられてたのを、颯爽と現れた秦石が助け出して相手を捩じ伏せたって聞いたけど」

「あ? 俺が聞いたのは喧嘩に突っ込んでいって喧嘩していた全員を叩きのめしたって話だぞ?」

「いや、プロボクサーまで入り乱れて血みどろの闘いになって最後に残ったのが秦石だったって聞いたけど」

「止めに入ったヤクザまで潰したってのは流石にデマだよな、な!」


 腕を上げ続けるのが苦になって頭の後ろで組んでいた真実の隣にいた智樹に、他のクラスメイトが声を掛けると周りの者まで寄ってきた。謎の怪光線が眩しいので、目の前で揺れているその粗末なモノを隠して欲しい。後ろの奴は泡が湯槽に入るから離れろ。おいそこ何で勃ってるんだ! 謎の発光現象の向きで丸分かりだぞ!


「おい、待て。その話、殆ど合ってないぞ? どこでそんな話を聞いたんだ?」

「俺は隣のクラスの奴に聞いた」

「昼飯の時に、近くにいた先生が電話で話してるの聞いたって」

「土産物屋の前で慌ててる先生がそんな事を口走ってたって聞いたな」

「夕食ん時に話し合ってるのを聞いた奴が教えてくれたぞ」


 つまりはみんな又聞きだ。極一部の単語だけ合っているが、尾ひれはひれが付いて飛んでもない話になっていた。


「確かにオレも手はちょっとだけ出したけど、ほんのちょっとだけだぞ?」


 大事な部分だけを指摘し訂正する、敢えて余分な事は言わない智樹だが、それで止まる連中ではない。


「て事は喧嘩はあったんだな?」

「誰と誰の喧嘩だったんだ?」

「相手は強かったんか?」

「誰がやられたんだ?」

「あ~、もう! お前たちが聞いてきた事は殆ど間違っているからな! だけど口止めされてるから何も答えられないぞ!」


 え~、っと抗議の声を上げるクラスメイトたちに散れ散れと手をヒラヒラさせながら立ち上がる智樹。本当は口止めなんてされてはいないのだが、そう言わないといつまでも止まらない事を智樹は知っていたが為に吐いた嘘だ。もう湯槽を出るようだが、随分とご立派なモノが付いていてそれなりに生えていた。

 真実が周囲を見れば自分と同じくまだ薄らとしか生えてない奴の方が多いので、随分と大人に見える。いや、立派なオトナだ。

 おい、ナニ見てるんだ? とばかりに智樹が冷ややかな目を向けるので、真実もザバッと音を立てて立ち上がった。





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