真実 -036 めぐりあい京都
その声の主は松葉杖を突いた男子生徒で、視線は光輝にだった。
えっ? と固まる光輝。
「知っている人? 光輝」
綾乃の問い掛けに目を細めて首を傾げる光輝。誰なのかが分からないようだが、相手は光輝の事を知っているらしい。
もしかしてストーカー? と訝しむ綾乃だったが、呼び方はとてもフレンドリーなものでその心配は無さそうだ。
しかし、そこで意外にも真実が同じく首を傾げながら呟く。
「何だか俺も何処かで会ったような……」
「ん? クロの知り合いでマサも会った事があって、おれたちが知らないって、どういう関係なんだ?」
「う~ん、何処でだっけ? 思い出せないなぁ」
何処で会ったのか思い出せないが、何処かで見たような気がする真実。それも最近の気がする。
う~んと悩んでいる中で、相手の方もその男子生徒に詰め寄る。
「知り合いなのか、ヒョロ?」
「お前に女子の知り合いがいるなんて、何かの間違いだろ」
その目は完全に疑っている目だ。そんな声に、その男子生徒は少しムッとした顔を向ける。
「小さい頃に遊んだ事があるんだよ!」
その声に、小さい頃? と更に首を傾げる光輝。そして真実は、じゃあ何処で? と同じく更に首を傾げた。
「嘘じゃないよ! うちのすぐ傍に時々遊びに来ていたんだ。黒生さんちに来てたよね! ね!」
確かに光輝の苗字は黒生だ。どうやら嘘ではないようだが、光輝の様子を見るからに、覚えがないらしい。
「あ……おばあちゃんの家に遊びに行ってた時に、近所の子と遊んだ覚えはあるけど……もしかしてその時の?」
「うん、そう! ケンケンパとかしたよね! 覚えててくれたんだ!」
「……何となく遊んだ覚えはあるんだけど……お名前までは……」
いつの間にか真実の後ろに隠れて答える光輝。小学校に入る前の話だそうだが、よく覚えていない相手が自分の事をよく知っているのは気持ち悪いらしい。
だが、そのやり取りを聞いた真実が、思い出したようにポンと手を打つ。
「そうだ、思い出した! 光輝のお婆さんの家に立ち寄る時に傘を渡した車椅子の子だ」
夏休みの終わりに二人でハイキングに行った帰り、買った戦利品のお裾分けに立ち寄ろうとした時に夕立の中を傘も持たずにバスから降りてきたのを見兼ねて、二人で差していた一本の折り畳み傘をその車椅子の親子に差し出しておばあさんの家に二人で走ったのだ。
お陰で濡れ鼠となり、飛んでもない状況に幾つも遭遇する事となったのは記憶に新しい。あの時は謎の光にお世話になったなぁと心の中で手を合わせる真実。そのせいでおばあさんの家に泊まる事となり、学校にあらぬ疑いを掛けられたのだが。
「あ。そう言えば……」
真実の言葉に、光輝もその時の事を思い出したようで真実を見上げると、曇っていた顔が一気に晴れた。
「やっぱり! 次の日にお礼に行ったんだけど、そんな話は聞いてないしもう帰っちゃたって言われて……。でもやっぱりきぃちゃんだったんだ。あの時は本当にありがとう!」
そして、思い出してもらえずにやはり曇っていた男子生徒の表情も一気に晴れ渡った。
男子生徒の名前は比和楼太。光輝のおばあさんの家の三軒離れた家の息子で、ちょうどあの時は病院を退院してきたところだったそうだ。
自転車でバックしかけていた車の後ろを通り抜けようとしたところ、一旦止まるかと思ったその車がそのままバックしてきたのだ。楼太は止まってくれるものだと思い込んでいたのだが、隣の建物が邪魔して運転手からは全く見えなかったらしい。
相手の目を見て確実にこちらを認識しているのか確実に確認しなくては、動いている車の進行方向を横切るのは危険極まりない。全く周りを見ていない運転手もいれば、注意深い運転手でも視界が確保できていなく勘で出てくる事もある。自分の方が優先だと思い込んで突き進むのは危険だと、身をもって証明した楼太だ。
その事故で足を骨折して夏休みの大半を病院で過ごしてふいにした楼太。二学期が始まる前に退院でき、早々に松葉杖に移行出来たものの、修学旅行までに松葉杖が取れる訳もなく。
同じく松葉杖を突く祐二からは生温かい目が向けられた。自分も自業自得な怪我ではあるのだが、どちらかと言えば名誉の負傷だと自負している。
対して楼太はただの不注意で、防ごうと思えば簡単に防げた怪我だ。勿論止まれなかった車側の過失ではあるが、一歩間違えば命にも関わる話なのだから、極端ではあるが楼太に対して不用意に進行方向に入り込んでおいてそれで済んで良かったなとまで話を聞いた祐二は思っていた。自己防衛は必要なのだ。
あちらの仲間たちも、またかぁとうんざり顔をするところを見ると、何度も同じ事を話しているのかも知れない。
が、楼太は松葉杖仲間だと祐二に親しげな目を向けた。自分がどう思われているのかも知らずに。あたかも武勇伝かのように話す楼太に、生温かい目は冷ややかなものへと変わっていくのだった。
そんな楼太に対して光輝も良い目は向けてはいなかった。
あれ以来、テストやら修学旅行の準備やらで時間が取れず、おばあさんには家に行くどころか連絡も碌に取ってなかったので、お礼に来たという話も耳に入っていなかった。
加えて幼馴染みを主張する楼太だが、光輝にとってはそう何度も遊んだ記憶はなく、おばあさんの家に行った際に暇を持て余して仕方なく近くにいた同年代の子と遊んだに過ぎない。親しくした覚えもないから、幼馴染みと言われても全く実感はなかった。
憐れ、楼太。
「ねぇ、話はもう終わった? あたしたち、今日は忙しいの。今からお昼を食べに行った後、電車に乗って移動なんだから、一分一秒も無駄に出来ないの。お分かり? これ以上用がないなら、これで解散しても良い?」
イライラしてきたであろう綾乃が、引き留めようとする楼太に捲し立てる。ここで時間が推せば目的の店の空いた時間帯が過ぎて待ち時間が延びてしまう。こんな下らない話に時間を取られるのは許せなかった。
「まあ、そうだな。伏見に一度行った後、また戻って来ないといけないしな」
「でしょ? じゃあ、お店に向けてレッツゴーよ! お昼の混む時間になる前に着かなきゃ!」
元気よく腕を挙げる綾乃の姿に、みんなが苦笑しつつも同意して同じ方向を向いた。
「ちょ~っと待てお前ら」
後は教師たちに任せておけば良いと歩き出そうとしたところで馴染みのある声に呼び止められた。
「お前らからも話を聞きたいんだが、一体何処へ行くつもりなんだ~?」
「えっ!? 尾桟先生、いつの間に!?」
「いつの間にもクソもあるか~! こんな騒ぎを何度も起こしおって、何か恨みでもあるんか?」
その場を離れようとした真実たちを止めたのは、担任の尾桟だ。後から合流した教師たちの中にいたらしい。壱継の方を見れば、避難させていた二之瀬や味下、女子三人も集められて学年主任の保守が主体となって聞き取りを行っていた。
「えっ!? そんな事をしてたらお昼に間に合わなくなっちゃうじゃない!」
「おう、チゲの言う通りだぞ、オッサン。もう口の中は牛かつを求めて餓えてんだ。止めるってんならそれなりの代償を求めるぞ」
綾乃が吠えれば、祐二も冗談混じりでそれに乗っかる。
しかし、その尾桟からは冷めた答えが返ってきた。
「いや、お前らに選択肢はないぞ。全員から話を聞くからな」
「「「「「「ええっ!?」」」」」」
騒ぎを起こした相手校の生徒たちは勿論、絡まれて喧嘩を買った挙げ句ボロカスに殴られた壱継たちが取り調べを受けるのは当然だろうが、止めに入っただけなのだから関係ないと思っていた真実たちはどうしてと声を上げる。
「相手が怪我しているからな、無罪放免とはいかん。そもそも飛弾は問題を起こしすぎだ」
ジロリと真実を睨む尾桟だが、それには智樹が噛み付いた。
「真実は表彰される事ばかりだったろ。問題視される事は何も無かったって証明された筈だ。違うか?」
「うぐっ! しかし、それとこれとは別だ。相手が怪我を負っている以上は、手を上げた者全てが悪い」
「はあ? ちょっと待って。そもそもヒダだって怪我してるし、向こうなんて絆創膏すら貼ってないじゃない! それにワタシなんてずっと人を探しに走ってたんだけど。それこそワタシ関係ないじゃない!」
頭ごなしな尾桟の言葉に、半分キレ気味の華子が吠える。
が、やはり頭ごなしに尾桟は言い放った。
「ええい、喧しい! 連帯責任だ、連帯責任!!」




