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√真実 -035 痛くな~い



 教師たちの視線が相手の女子たちに向かう中で、智樹は真実にこそっと耳打ちする。

 成る程、構えていたスマホがブレていたり、レンズを向け続けられなくなっていれば声しか拾わない。こちらには都合が良いって事だ。


「真実くん!」

「あ、光輝。取り敢えず何とかなったよ」

「真実くん、怪我してる!」


 背中の小さなリュックから水の入ったペットボトルを取り出してハンカチを濡らすと、そっと真実の頬を拭う光輝。顔が近い。

 大人しく心配そうな顔の光輝の成すがままになる真実。徐々に顔が紅くなるが、何時ものメンバーはそれに慣れているのでスルーだ。

 光輝がリュックから絆創膏を取り出したところで、養護教員の美鈴が声を掛ける。綾乃のスマホでの呼び出しに、美鈴含め他の教師たちも遅れて駆け付けてきていたのだ。


「絆創膏を貼る前に傷を見せて。うん……大丈夫そうね。貼って良いわよ。他に痛むところはない?」

「いや、まともに喰らったのはあいつからの最初の一発だけで、他は掠った程度だから。それにその一発も、随分と手加減されてたから大丈夫」


 真実がそう答えると、美鈴は真実の顔に痣や腫れがないかマジマジと顔を近付けて覗き込んだ。それに耐えられず顔を更に赤らめた真実だったが、顔の紅潮と痣や腫れとを見間違って誤診する程は美鈴は素人ではなかった。


「よし! 大丈夫そうね。もう、無茶は駄目よ」


 そう言い残してぶっ倒れたままの壱継の方へと行く美鈴。

 しかし、それを見ていた光輝が機嫌を損ねていた事に気が付く真実。


「どうしたんだよ、光輝。何か怒ってるのか?」

「……ううん、また真実くん、無茶した。それにウチ、また何も出来なかったし」


 元々自分に対しても顔を赤らめていた事には気が付いていなかった光輝だが、美鈴に対するそれを非難せずに自分の行動を反省する言葉を口にする。

 美鈴は女子たちにとっても憧れだが、男子にとっても魅力的な大人の女性だと認識している。今更子供体型な自分が対抗しようとしたところで、美鈴に敵わない事は自覚しているからだ。


「良いんだよ、あれで。今回はみんな自分の役割をちゃんと果たしていたと思うぞ? 綾乃は先生たちを、和多野さんは近くの大人を呼んでくれたし、智樹は俺のサポートに入ってくれた。祐二は怪我があるから邪魔にならないように離れててくれたし、光輝はそれをサポートしてくれた。だから俺は何も気にせずに全力を尽くす事が出来たんだ。な、そうだろ?」


 光輝の後ろに声を掛けると、まあそうだなと智樹から返事が返ってきた。


「てか、真実。本当に痛みとかないのか?  結構喰らっていただろう」

「あ~、まあ全く痛くないって事はないんだけど、前に入院した時と比べれば全然平気かな」


 瑞穂を庇って痛めつけられた事を思えば、手加減され、且つ巧い事クリーンヒットを避ける事の出来た今回は、ああ痛かったねで済むレベルだと言う。これが日頃何もない平和な人間であればこうはならないだろう。慣れは良くも悪くも感覚を麻痺させるのだ。

 しかし、その言葉に光輝が顔を顰めたのに気が付いて、本当に平気だからと言い聞かせる真実だった。



「てかさ、ちょっとおれたちに謝っても良いと思うけどな。な、トモ」

「ああ、そうだな。途中肝を冷やしたぞ、まさかあんなにも真実が腕の立つ奴だとは知らなかったからな」


 訴えるのは遠くから見守るしかなかった祐二だが、その意見には智樹も同意だとばかりに頷く。夏休み中にあったドタバタ劇は真実の口から直接聞いていたとは言え、謙遜気味のその説明ではイマイチ実力がどのくらいなのか伝わらなかった。

 だが今回、既に試合デビューしたと思われるボクシング経験者を相手に、善戦どころか圧倒して組伏せてしまったのだ。普段ののほほんとした姿からは想像すらできなかったから仕方ない……のだが。


「いや、待ってよ! あれは相手が油断してたからなのと、覚えたての技が偶々偶然決まったからだって! 運が良かっただけだよ!」


 真実の言う通りなのではあるのだが、どう聞いても謙遜にしか聞こえないその言い訳に、智樹も祐二も何か納得いかずにいた。


「てか、いつの間にそんな稽古をしてたのよ。あたし、そんなところ見た事ないんだけど」


 更に祐二と共に近寄ってきていた綾乃が真実に投げ掛けるが、それには絆創膏を貼り終えた光輝が答えた。


「それは終末の夕方とかだよ、あやのちゃん。おまわりさんが来てくれる時間を聞いてお願いしていたの」

「ああ、自称オマワリのおっさん? でも、じゃあ何であたしには教えてくれなかったの?」

「あやのちゃん、稽古終わった後は、かなさんと新作制覇するってすぐいなくなっちゃてたから……」

「あ~、あはははは」


 身に覚えがあるのか、笑って誤魔化す綾乃。夏休み中はフラッペ制覇に勤しんだ後、バイトを始めた香奈の情報で新作スイーツ制覇の為に足しげく駅前通りの喫茶店に通っていたのだ、真実は欣二に隠れて教わっていたので、知りようがなかった。

 また、真実の申し入れは昭一にとっては久し振りの悪巧みであり、ノリノリで無理矢理に欣二を奥に引っ込めさせて自分(と同じくノリノリになった、父親で師範を引退していた健太郎)が稽古を付けるからと夕方の合気道教室を占拠したのだった。

 その教室を受けに来ていた生徒たちも、普段見ない実戦的でアクロバティックな技の数々に心踊らせ、その講義を一緒になって真剣に受けていた。その事は欣二も薄々気付いていたのだが、兄に加え父まで敵に回ってはやり過ぎないように口を出すくらいしか出来なかった。



「なになに? そんな凄かったの? ワタシ人を呼びに行ってたから何も見れなかったんだけど」


 偶然にも相手の学校の教師を捕まえる事の出来た華子だが、戻って来れたのが事が済んでからだったので、一部始終を目にする事が出来なかった事に口を尖らせた。

 ならばと祐二がそんな華子に口添えする。


「前半なら向こうの女子たちがスマホで撮ってたから見せて貰えるか聞いてみれば良いし、後半はトモが撮ってたぞ」

「「えっ!?」」


 それには華子だけでなく真実からも驚きの声が上がる。

 それはそうだろう、真実のサポートとして近くにいた筈の智樹が実はスマホを向けて様子を撮っていたという事なのだから。智樹曰く、相手がボクシングを使っている証拠が欲しくて撮っていたと。勝つにしろ負けるにしろ、それ自体が危険視されているボクシング経験者が相手なのだから正当防衛の為に手を出したという確実な証拠を残した方が良く、相手側の女子たちが撮った映像をすんなり入手出来るとは考えていなかった智樹は自分のスマホで撮ってたのだ。


「これ、内緒な。真実のあの蹴りはもしかしたら問題になるかも知れないからな。あちらの撮ったスマホ映像だけで済めばそれに越した事はない」


 確かに、まともに顎にヒットした海老蹴りは危険視されかねない。隠せられれば隠すに越した事はない。

 喧嘩の張本人である他の者たちの証言より、止めに入った智樹たちの方が信じて貰えるという目論見も手伝って、それは秘匿される事となった。後々、仲間内で上映会を開くとの約束を取り付けた華子もそれで満足して、その場を引き下がった。


「それにしても、よく相手の教師を連れて来られたな、和多野」

「偶々よ。松葉杖を突いた制服の子のグループと一緒にいたから何処かの学校の先生だとは思ったけど、その子たちの制服がよく似ていたからもしかしてとは思ったわ」


 智樹が華子を誉めると、車は通るけど近くに人がいなくて苦労したと打ち明ける。


「ったく、どこの中学なんだ? あんな髪を染めてピアスまでして……」

「……ウチ、あの制服どこかで見た事ある気がする……けど、どこでだっけ?」


 着崩されて元がどんな制服なのか分かり難くなっている相手の生徒たちを見て、光輝が首を傾げる。


「見た事が? なら近くの学校かな?」

「市内にはあんな制服はない筈だよな。じゃあ周辺の町か、それともテレビでか?」


 見た覚えがあるのなら近所かメディアの中でかだ。有名校であればテレビで見る機会もあるかも知れない。しかし、光輝は真実同様テレビをあまり見ない事は仲間内ではそれなりに知っていたので、そう口にしたもののそれはないなと首を振る。

 が、ふと見れば他の他校生徒が別の路地から出てきたのを目にして、あっと光輝が声を上げた。


「田鍋市のだ。おばあちゃんの家に行ってた時に見た事があるんだ」

「田鍋市の? あっちの中学はあんな制服なのか」


 その生徒たちの制服が男たちのそれと同じだった。そのちゃんとした身なりを見て思い出したようだ。

 よく見れば、その内の一人が松葉杖を突いていた。たぶん邨越と一緒にいたというグループだろう。元々この道を通る予定だったのかは分からないが、野次馬に来たのは確かなようだ。騒ぎながら近寄って来た……のだが。


「あ……もしかして……きぃちゃん?」





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