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√真実 -034 喧嘩の収束



「!! あがっ!」


 真実を見失ったかと思えば、そこにはいつの間にか靴底が迫っていた。そして避ける間もなく顎にクリーンヒット。

 昭一から教わった通り、肩の動きで大きめのパンチが来る事を察知した真実が、今度は海老蹴りを繰り出したのだ。空手技としても存在するが、その空手から派生した躰道という日本の武道にある技で、ほぼ予備動作なしに後ろに手を突いて(・・・・・・・・)蹴りを出す技である。後ろに手を突く事で姿勢が低くなり、相手にとっては一瞬視界から消えてしまうという錯覚に陥った後、突然蹴りが低い位置から真っ直ぐに飛んでくるのだから堪ったものではない。

 ハッキリ言って初見殺しであるが、分かってても簡単には防げない技でもある。そもそもストレートパンチを当てるつもりで踏み込んできているので、真実の出した足に突っ込んで行っているようなものであった。


「えっ! まさか本当に当たるなんて……練習でもまともに成功しなかったのに」


 戸惑う真実だが、自分から突っ込んで行っているのだ、自業自得である。

 どこから持ってきたのかヘッドギアを付けた昭一に本気で当てるつもりで練習させられていた真実だが、まともに当てられた事はなかった。行き当たりばったりの賭けで繰り出した覚えたての技が決まったのだ、驚きもする。


「このヤロウ……やってくれたな! もう容赦なんて全くしねぇからな、覚悟しやがれ!」


 思わず膝を突いた男が鬼の形相で立ち上がる。もう先程までの余裕は全くない。

 しかし、先程までの動きとは全く違う。足が全然動いてないのだ。どうやら先程の一発がかなり効いているようだ。こうなれば防戦一方だった状況も変わってくる。


 もうジャブは完全に見切れていて当たる気がしない真実は、今度はアッパーを繰り出してきた男の攻撃を避けて顎を狙い掌底を叩き込んだ。

 一瞬、正拳突きを見舞おうとしたのだが、流石にまともに拳を当てれば自分の拳は勿論、相手もただでは済まないと(てのひら)で打つ掌底打ちに切り替えたのだ。しかし実は拳よりも掌の方が衝撃が大きい場合がある事は真実は知らなかった。

 その場で両足を突く男。リングの上であればダウンでカウントを取られるところだが、ここにはレフリーなんていない。暫くするとまた立ち上がってファイティングポーズを取る男。

 まだやる気なのかと真実も構えを取るが、海老蹴りと掌底打ちを喰らって男の足はもうフラフラだ。それだけでなく繰り出すパンチにもスピードが無い。


「いい加減、止めろよ!」

「うるせぇ! ボクシングに勝てる競技なんて何もないんだ!」


 更にパンチを打ってくる男はボクシング至上主義なのかも知れないが、何事も絶対というのはない。しかしその事実を認められず足掻き続ける男。

 もうボクシングのパンチとは言えず、ただただ殴り掛かってくる男の腕を捕まえた真実は、その腕を巻き込むように引きながら捻って相手を倒し、組み伏せた。合気道の一教という技である。

 これは道場に通う姉弟子(おねえさまたち)に教え込んでもらった技だ。簡単な技や基本的な技は師範の欣二に基本を教わった後は生徒同士で技を掛け合って覚えていく。光輝や綾乃が道場に入る前は大学生のミサやおねえさまたちが相手となり色々と仕込まれたものだ。特にこの技は女性を捕まえようとする痴漢を押さえ付ける為の技で、おねえさまたちが真剣に取り組んでいる技のひとつであった。



「おいコラァ! やめろ! 喧嘩はやめろ!!」


 ちょうど男を押さえ付けたタイミングで、近くの大人を探しに走って行った華子がやっと戻ってきた。いかにも強そうないかつい角刈りの男を連れて。


「って、何だこれは。……ってか、お前ら(・・・)だったのか!」


 細道の方から走ってきたそのいかつい大人が今の惨状を見て目を丸くすると、腹を抑えながら座り込んでいる二人と真実が組み伏せた男を見て顔を顰める。通り過ぎた細道の途中では顔に殴られた痕のある二人の生徒が蹲っていて、この場でももう一人道で蹲っている一人を見付けたからだ。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。お、お前ら喧嘩は……って、どうなってるんだ、これは?」


 今度は東からの細道ではなく北からの道を生徒指導(体育教師)井蛙(せいあ)が駆け付けてきて、目を白黒させる。綾乃がスマホで呼び出したのだろう。

 この駆け付けた二人の大人の姿に、どちらの女子生徒たちも狼狽えていた。


「ちょっ、やっば! 邨越(むらこし)が来ちゃったよ! あいつ、ヒョロに押し付けた筈なのに!」

「そうだった筈よね、折角成功して巻けたのになんで……あいつ織音(おりおん)の事を目の敵にしてるし。こんなとこ見られたらヤバいよ!」

「てか、何アイツ! あんな弱そうな顔しておいてオリオンに勝っちゃうなんて……」


「やばっ! セイセン(井蛙)が来ちゃったよ! あいつ、まだ清水寺の方だったんじゃないの!?」

「知らないよっ! てか、あいつヒト(壱継)の事、目を付けてて鬱陶しかったのに、こんなとこ見られたらヤバいよ!」

「てか、何なのアイツ! あんな弱そうな顔しておいて、イッチでも勝てなかったあんなのにまで勝っちゃうなんて……」


 その会話から、いかつい大人は向こうの学校の教師ではないかと推察されたが、その通りだったようで組み伏せていたその男を引き渡すように言ってきた。


「さあ立て、木林寺(きりんじ)。じっくりと話を聞かせて貰うから覚悟しろよ。ってかお前、ピアスは禁止だって言っただろう。今度こそ処分するからな! おい、お前らもだ! 逃げようったってそうはいかんぞ! というかお前らもその格好は何だ! 目を離した途端に服装が乱れてるじゃないか!!」


 邨越と呼ばれたあちらの教師がこそっと逃げようとする女子三人に声を掛けると、ビックッと足を止めてガックリと肩を落とす。



「おい、壱継たちが喧嘩してるのは聞いてたが、何でお前まで関わってるんだ、飛弾? ったく、次から次へと問題を起こしやがって! 秦石も秦石だ。お前が付いていながら他校生徒に怪我を負わすのを黙って見てるだなんて、何たる事だ。しっかりと話は聞かせて貰うぞ。おい、お前らも逃げるんじゃないぞ?」


 木林寺と呼ばれた男を押さえ付けていた真実だけでなく、仁之瀬や味下を離れたところまで避難させた後に蹲っている相手の男たちが真実の邪魔に入らないよう近くまで戻っていた智樹に向かって目を細める井蛙。加えて、やはり逃げようとしていた女子三人組にも釘を刺す。


「おい待ってくれよ、井蛙先生。オレたちは喧嘩を止めに入ったんだぞ? でなきゃ、そんなボクシング経験者だなんて危ない奴に近付こうだなんて思わないし、放っておいたら壱継たちが散々殴られて大怪我を負っていたかも知れないんだ。真実も含めて非難される覚えはないぞ?」


 思いがけず智樹から反論され、むぐぅと口を噤む井蛙だったが、その智樹の話に暴れる木林寺を押さえ付けていた邨越が喰い付いた。


「君、今のお話は本当か? この大馬鹿がボクシングを習っているってのは」

「ああ、そいつもだけど、他の二人もかじりかけてるみたいな話だったな。そんな弱いから試合にも出させて貰えないだか何だか……」

「って事は、木林寺はボクシングの試合にも出られるくらいの実力を持っているのに、それを喧嘩に使ったという事だな。今までしらばっくれやがって! もう逃げられないからな! 処分は免れないから覚悟しておけよ!」


 邨越の話から、今までボクシングを習っていた事は疑いを持たれつつも巧く誤魔化していたようだ。しかし、今回現場を押さえられた事でそれが明るみになったと。


「すみません、どうやらうちの生徒が手を出したようで。後日必ずお詫びに伺いますので連絡先を」

「いやいや、うちの生徒もそちらの生徒に怪我を負わせてしまったようで……こちらこそお詫びに伺いますので連絡先を……」

「おいおい、それよりも先ずは証拠を押さえておくのが先決じゃないのか?」


 教師同士で何とかこの場は穏便にという雰囲気がビンビンに感じ取れるが、そのやり取りを横から智樹が止める。


「「証拠?」」

「ああ。律儀にもそっちの女子たちが三人ともスマホで一部始終を撮っていたからな。会話もしっかりと撮れてるんじゃないか?」


 真実たちが駆け付ける前から相手の女子たちのスマホが向けられていたのを見ていた智樹が指摘すると、その女子たちが慌てて手のスマホを後ろへ隠す。意気揚々と撮られていたのは世津屋たちも目にしていたので、そうだそうだとこちらが絡まれたのが発端だとアピールする。

 そんな中、真実はちょっと困ったような顔をしていた。いくらこちらに分があるとはいえ、禁じ手に近い海老蹴りまで繰り出していたのだ。いくら昭一から緊急時には迷わず使えと言われていようが、大事にしたくない教師(井蛙)たちがその映像を見て納得するだろうか、と。


「安心しろ、真実。最初のパンチ《正拳》以降は手が震えたりして碌に撮られていない。その代わりあっちの殺してやる発言や真実が止めようとした言葉は入っているだろうから、あとは夢中で何も覚えていないとでも言っておけばいいから」





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