√真実 -031 喧嘩!?
「と、止めないと!」
「えっ! どうやって? 人を呼ぶにも誰もいないし!」
華子が叫ぶと綾乃が周囲を見渡して自分たちの状況を確認する。そしてあたふたした光輝が後ろに振り返り真実にそのを向ける。
松葉杖の祐二は当然無理で、今この細道で動けるのは真実と智樹だ。しかし何でも出来る智樹も喧嘩の仲裁はレベルの低いクラスメイトたちの争いを止めたくらいで、今まさに起ころうとしている本格的な喧嘩を止めるのは初めてになるだろう。当然女子たちには無理である。
「真実、行けるか?」
「いや、ちょっと人数が多すぎるし、分からないよ」
はっきり言って壱継たちからは敵視されている節があるから、相手のどこか分からない学校の生徒たち三人だけでなく六人を相手にしなくてはならないかも知れない。
基本的に一対一を主に想定して稽古しているので、多対一になりそうな今の状況に上手く対応出来るのか全く自信はない。だが、状況は刻一刻と悪くなっていき、今にもその口火が切られる寸前だ。
「そんな睨んだって怖かねぇっての。なあ、持ってんだろ? 良いじゃんよ、ちょっと使いすぎて足りねぇんだ。有り金全部貸せよ」
「ああん!? んなテメェらに貸すような金は持ち合わせてねえんだよ! テメェらこそ有り金全部置いてきな! 医者料によ!」
医者料と慰謝料を間違えているあたり頭の出来を現している。その睨み付けも台無しなのだが、口にした本人たちはそれすら気が付かない程に頭に血が上っているようだ。
状況的にこの細道にたむろっていた相手の前を、別のルートから来た壱継たちが絡まれたらしい。自分たちの学校では幅を利かしている壱継たちだが、学校を出れば刈られる側だとはと溜め息しか出ないが、今はそれどころではない。
喧嘩が始まってしまえば騒ぎは更に大きくなってしまう。相手に怪我でも負わせてしまえば級長に選出したクラスにも迷惑が掛かる上、責任も問われるかも知れない。そこまではないだろうけど。それにその場面に出くわした真実たちも、それを見て止めなければなぜ止めなかったと問われるに違いない。
「オレらみんなボクシングジムに通ってんだよなぁ。ま、ボコった後に財布は置いてってもらうんだけどな」
「ほら、手を出してみろよ。ボコってやるからよぉ。でなきゃ財布を置いていけよぉ」
「ぎゃははは。どちらにしろオレらに捕まった時点でオレらのATMになっちまったんだ、諦めろよぉ」
相手の男三人組がニタニタとしながら壱継たちを煽るが、ボクシング経験者との言葉にその顔色が変わった。
相手の女子たちは手にしたスマホを向けているところを見ると、動画を撮っているようだ。後で笑い者にするのかネットに晒すつもりなのかまでは分からないが、碌でもない事は明らかだ。
壱継たちと一緒の班だった世津屋たち女子三人組は足を震わせて立ち竦んでいる。いつもの調子良さは形を引っ込めていた。
そしてその男たちの言葉は真実たちの耳にも。
「綾乃、電話で先生を呼んでくれ! 和多野さんは近くに誰かいないか探しに、光輝は祐二を連れて離れてくれ。智樹、手を貸してくれ! 止めに入ろう!!」
おう、分かったと良い返事をしたのは智樹だけで、他の四人は戸惑いを見せた。
しかし、道場に通う光輝が動き出したのを皮切りに綾乃が他の者に真実の告げた指示を元に指図を出しながらスマホを手にする。そして華子が普通の男子でも追い付けないスピードで来た道を駆けて戻る。
しかし真実と智樹がそこに駆け付けようとした時だった。
ついにその挑発に負けた味下が手を出し……いや拳が空を切った事が合図となって喧嘩が始まってしまった。
それは一方的なものだ。人よりちょっとだけ喧嘩に慣れた壱継たちと、ボクシング経験者だというその三人組とでは大人と子供程の差がある。
壱継たち三人が拳を突き出せばそれは全て空を切り、スパーンと相手のパンチがヒットする。相手たちは余裕を見せて壱継たちのぬるい拳一発につきカウンター気味にジャブを一発のみ当てていた。
「おい、喧嘩はやめろ!」
「ああん!? 何だお前は!」
「ぐっ、ひ、飛弾ぁ!? 秦石も!」
駆け付ける真実が声を上げると、相手の三人は手を止めて真実たちの方を見る。すると相手の視線に釣られて、壱継たちも同じくそちらに視線を向けたが、邪魔するなとばかりに睨み付けてきた。しかし壱継たち三人はもう既に肩で息をしていて、顔に痣が出来ていた。
いくら軽いジャブ数発だからといって、顔を殴り続ければそうなるのは当たり前だ。
「ふん、引き出し専用ATMがまた増えたな。マッピングゴーグルで昼でも人のいなさそうな場所で迷い込みそうな近場をチェックしておいて正解だったなぁ」
どうやら下調べまでしてこの場所を選んだようだが、壱継たちが先に通らなければ真実たちが狙われていたという事になる。
「親戚の兄ちゃんがこの前捕まっちまってたけどよ、やり方が悪かったんだよな。おんなじ場所でばかりやってっから顔バレするんだっての。一度やった場所には二度と行かないくらいでないとな。その点、修学旅行は都合良いよな。一日二日ですぐ帰っちまうから足が付きにくいからなぁ」
何か気になるワードが聞こえてきたが、自分たちは大丈夫だとでも思っているんだろう。凄い自信だが、どちらにしても相手の手が止まっているのは真実にとって好都合だ。
勿論、真実たちの登場に驚いて壱継たちの手も止まっていた。視線から、余計な真似はするんじゃないと訴えかけているようだが、一方的にサンドバッグになっていたのでその訴えは当然却下だ。
「取り敢えず最悪のパターンは回避できそうだな、真実」
「ああ、そうだな。後はどのパターンで来るかだ。頼むぞ、智樹」
何でも卆なく熟す智樹ではあるが、相手がボクシングをかじっているので何の策もなしに突っ込んで行くのは流石に拙い。ある程度予測し数パターンを想定してどう動くかを打ち合わせしていた。
そんな事をしていたので、助けに入るのが遅くなり壱継たちがボコボコに殴られる結果となっていたのはこの際目を瞑りたいところ。寧ろ見ないフリをして逃げ出しても良かったのだから壱継たちから感謝されても良いくらいだろう、そんな言葉は彼らからは期待できないだろうが。
まあそれは三人を無事に助け出す事が出来てからだ。
相手三人の意識は真実たちに向いているから、こちらが動けば相手もこちらに対応してくるだろう、と真実は考えたのだが……。
「お? なんだよ、そっちのイケメンをボコれるかと思ったのによぉ。まさか弱っちそうな方が先に相手してくれるんか?」
味下の相手をしていた男が、頬に手を当てて膝を着いた味下を放って真実の方に向く。
その時点で味下は脱落決定、殴られ弱い事が明らかになったのだが、それは真実たちが懸念していた三対一の回避を意味する。智樹を頭数に加えれば三対二となるが、 そもそも真実がボクシング経験者相手に一人前として数えられる訳はなく、喧嘩素人な智樹とセットで一人として数えての数字だ。
こうして一対一に持ち込めそうなのはラッキーなところだが、だからといってボクシング経験者に勝てるとは思っていない真実。
道場で師範からはボクシング経験者を相手にしてはいけない事を仰せつかっていた。想定して対処法を教える事は出来ても、実際にボクシング経験者を相手に稽古をした事がなかったからだ。そうだとしても逃げると言う選択肢は頭になかった。
あんな奴らでもクラスメイトであって、見て見ぬ振りをする事は出来なかったからである。
「悪かったな、弱っちそうな方で。てか、充分犯罪だろこれ」
「いやいやいや、オレらからは先に手を出してないから正当防衛なんだってば! そこんとこ間違えないで欲しいよな。って事でお前らも財布を置いてとっとと消えな、っと! って、ええっ!?」
近付いてきたその男が喋りながらボクサーらしくポンポンと軽くジャンプした後、脅しのつもりで真実の顔の真横を狙ってジャブを一発撃ってきたのだが……。
「ってぇ~。折角怪我が治ったってのに、また先生たちに何を言われるのか分かったものじゃない、なっ!」
「え? あっ! カハッ!」
当てないつもりのジャブに相手が突っ込んできて当たってしまい、シマッタと足を止めてしまった男の隙をついて真実が小外掛けを決め、肘で止めの鳩尾打ちをしたのだ。
傍目で見れば、胸と胸がぶつかったかと思った瞬間に男がすっ転んでいるようにしか見えないだろう。
「正当防衛ってのはこういう事を言うんだろ」




