√真実 -029 混雑する古都
「よ~し、みんな揃ったな~! いない者は手を挙げろ~」
いや、いない者は挙げる手もないだろと声に出さずに内心でツッコむ生徒たち。意味不明な指示を出すのは担任の尾桟だ。
修学旅行二日目、朝食を済ませてホテルを後に朝イチで向かった先は千二百年以上もの歴史を持つ清水寺。ホテルから遠くない事もあり当然のように歩きだった。今は一方通行の境内を一回りして音羽の滝を抜け、アテルイ・モレの碑を過ぎたところで点呼を取っているところである。今残っている建物の大半は約四百年前に再建されたものだが、今現在は修理中でその姿がほぼ見えない状態なので、何だかガッカリであった。
「この後、各班に分かれて自由行動だが、くれぐれも事故の無いようにな~! もし何かあったら直ぐに先生に電話しろよ~! それと、細かいところには目を瞑るが提出した予定から大幅に変更になった場合もな~。良いか~、戻ってくる時間は厳守だからな~」
連れ回されるだけの修学旅行ではなく自由行動を入れる事で自主性を養おうという意図があるのだろうが、目が離れる為、行こうと思えば何処までも行けてしまう。一応は京都市内という縛りの筈だが、その範囲から出られては困るので釘は刺しておく尾桟。
まあ、そうまでして予定を逸脱しようとする生徒はいまい。いたとしても、遠くへの行き先を諦めるくらいであろう。
いつまでもそこに留まっている訳にもいかず早々に解散になると、その場には次のクラスが集められる。真実たちは杖を突く祐二に合わせてその場を後にした。
先ず目指すは松原通りから二年坂だ。京都らしい旧い町並みは押さえておく必要があるからと選んだルートなのだが……。
「うえっ! 何コレ!」
清水寺に向かう際には全く気にならなかったのだが、目的の松原通りに行くとかなりの混雑状況だった。他の学校の修学旅行や外人の旅行、ツアー客が重なってしまっているようで、すし詰めの満員電車程ではないにしろイモ洗い状態である事には変わりない。
「おい、どうする? これじゃあ祐二がまともに進めないんじゃないか?」
「ああ。こんな中を松葉杖突いてじゃ迷惑になるな。いきなりだけど行先を変えるか?」
真実の困惑した問いに智樹が計画の変更を提案するが、早々に先行きが不安である。
しかし、その提案を当然の様に否定するのは綾乃だ。
「何言ってんの、念願の二寧坂や三寧坂は直ぐそこなのよ? これしきの事で冗談じゃないわ!」
「ちょっ、アヤノ! 待ちなって!」
ずんずんと人混みの中に突っ込んで行こうとする綾乃の腕を華子が掴んで止めるが、それでも行こうと歩を緩めない綾乃。アスリートの力でしても止められないとは何たる執念だ。
「落ち着いて、あやのちゃん。バラバラになったら大変だよ?」
「そうだぞ、綾乃。先ずは逸れない事の方が優先だ。もし逸れたら探すだけの時間が勿体ないし」
「ぐぬぬ。でもっ! ここまで来て、行かないって選択肢はないからっ!」
何が綾乃を突き動かしているのか……それはスマホで撮った画像を画像投稿アプリに投稿したいからだった。夏休みの後半にひとつ歳上の耶奈木香奈と始めたのだが、一発でハマっていた。京都は被写体の宝庫なので、この機会を逃すような愚行は許されないのだ!
「んじゃ、おれはそこいらで寝て待ってようか? おれがいなけりゃ自由に動けるだろ」
「そりゃ却下だな」
「当然却下だろ」
「勿論却下ね」
「それは駄目、だよ?」
祐二の提案に綾乃以外がダメ出しをする。
あくまで今は修学旅行、授業の一環だ。授業中に居眠りしているのと変わらないし、この雑踏の中で寝られる場所もない。あったとしても体調が悪いのかと心配されて声を掛けられるか警察や救急車を呼ばれるのがオチである。そうなるのが分かってて放置していけば班全員が連帯責任を負う事になるだろう。
「ったく、松葉杖もあればあったで邪魔ね」
「仕方ないだろ? まだ足は固定してなくちゃ駄目だって言われてるんだから」
「そりゃあ外せば無茶するの分かってるから外さなかったのよ」
「は? 何だよそれ。もしかして、もう松葉杖は要らないんか?」
「外せばアンタ、当然無茶するでしょ。でなくても京都や奈良は坂道が多いから手術したところをまた伸ばしちゃうかもってオバちゃんと話し合って医者の先生に頼んだのよ」
華子の言葉に顔を顰める祐二。どうやら本当はもう歩けるっぽい言い種だ。
しかし、祐二の性格をよく知る二人がそう決めたのはある意味正解かも知れない。間違いなく祐二は松葉杖がなくなれば強がって無茶をするに違いないのだから。
華子の言う通り、京都には階段でないのが不思議なくらい急な坂道も点在する。いや、まだ知らないだけでかなりの数の坂道があるのかも知れない。そんな急な坂道を固定を外して歩けば、折角手術で治した靭帯をまた痛める確率は決して低くはないだろう。ならば本人の知らないところでそう決めてしまうのも当然であった。折角の修学旅行を杖なしで歩き回りたいところだが、信用されてない祐二には当然の処置であった。
「ならさ、ちょっとくらいなら無理が利くって事よね? となればやっぱり予定はこのままで二寧坂に向かうべしよね! じゃあ早速、突入するわよ! 皆の衆、あたしに続kぐぇ」
「まあ待て、智下。何も諦めろって言ってるんじゃない。作戦を変えようかって言ってるんだ」
再び混雑の中へと足を踏み入れようとする綾乃の首根っこを掴んで止めるのは勿論智樹だ。
「たぶんこの時間は観光客が集中する時間帯なんだろうな。ならこの時間帯は一旦避けて別の時間に改めて来れば良いだろ」
「……別の時間って、どうするのよ。先にお昼食べてからまた戻ってくるの?」
「違う、違う。そんなの移動の時間が勿体ないし、まだ食い物屋が開いてないだろ。先に電車に乗ってしまおうって話さ」
成る程、近くからではなく遠くから攻めようって話らしい。この作戦のミソは夕方の集合場所がここに近いバス専用の駐車場だという点。どうせ近くに戻って来るのなら順番を入れ替えれば良いと……。
相談している間にも次のクラスが後ろからやって来て怯む事なくその人混みの中へ次々と突入していく。その様子を見れば、まるでスーパーの特売品に群がる主婦だ。あんな場面を目にすれば松葉杖を突いては進めない事は明らかだ。
どうしても行きたかった綾乃は一人ででも行くつもりだったようだが、智樹がこの混雑の中でまともに撮れるのかとのツッコミに、漸く諦めた。
「分かったわよ。その代わり、昨日みたいに撮るの手伝ってよ?」
「お安い御用だ、任せろ」
たぶん昨日の昼食の後、綾乃と智樹が二人で竹林の道を撮りに走っていった時の事を指しているのだろう。その時の画像が思いの外出来が良かったものだから、その後は事ある毎に綾乃は智樹を引っ張り回していた。そのおかげでかなりの数のベリグッ! が付いたとの事で、調子に乗りまくっていたのだ。
「じゃあ決まりだな。オッサンに報告しにひとっ走りしてくるわ。ちょっとここで待っててくれ」
「え? 別に電話すれば良いんじゃない?」
「いや、すぐそこにいるんだし、直接言ってきた方がちゃんと伝わるから揉めないだろ?」
確かに、ここからなら先生のいた場所までは百や二百メートル程度、陸上部でエースだった智樹なら携帯で呼び出し、尾桟が着信音に気付いて出るまでには往復出来てしまいそうだ。
ならばと智樹に託し見送る一同を後に、綺麗なフォームで勢い良く駆けて行った。
「さて、少し早い時間だけど、昼はどうする? 二寧坂や安井金比羅宮を見た後に行く予定だったけど、今からじゃ早過ぎだよな」
「ん……まだ十時半前。今からお昼にしても、お店がやってないかも」
真実が腕に付けていた時計をチラリと見ると、隣にいた光輝が腰を折り曲げてそれを覗き見る。小さい背丈が合わさって何とも可愛らしい仕草だが、随分と慣れたものだ。以前なら二歩後ろで気配を消していただろう、同級生たちが見たらきっと二度見するに違いない。
その腕時計だが、実は真実の持ち物ではない。夏休み中に父親から借りた古い自動巻き時計なのだが、元を質せば祖父の形見だと言うそれは今もある国産メーカーのそれ程高くない物だが、今でも時を問題なく刻んでいた。周囲の者たちがスマホで時間を確認する中で、デジタルでもない古臭い機械式時計は浮いて見えたが、真実はそれを気に入っていたし、光輝もまたそんな真実を好意的に見つめるのだった。
「う~ん、電車に乗る前かあちらに着いてからか、あちらを見て回った後かで探す店が変わるよね。どうする?」
計画の変更は全てを狂わす。元の計画ならちょうど良さそうな時間帯に立ち寄れそうな店をピックアップしていたが、行く順を変えるのならそれは参考にもならなくなる。いわば行き当たりばったりになり易いのだが、そこはスマホ持ちの智樹と綾乃にお任せだ。真実が持っているお下がりのスマホは自宅外ではWi-Fiの範囲外となる為、ここでは全くの役立たずだ。
その智樹がいないので綾乃がスマホを片手にどう検索しようかと首を捻るが、先ずはどのエリアで食べるかを決める必要がある。しかし、想定していなかったのも手伝ってなかなか決まらない。
「あ~、おれはハンバーガーとかで良いぞ」
「はぁ? 京都まで来て何が悲しくてそんなものを食べなきゃいけないのよ!」
「駅の方に行けば色々とあるんじゃないか?」
「ちょっと! 折角電車に乗ってまで移動しようってんだから、もっと視野を大きく持たなきゃ!」
「……うち、何でも良いよ?」
祐二の発言にはみんなげんなりとしたが、だからと言って何が食べたいというのはない。元々は行こうとしていた安井金比羅宮や八坂神社の近くにある京料理の店を考えていたのだが、開店は十一時半と遅めだ。もしそこに入れなくとも周囲には他にも料理の店が何店もあるからとその周辺での昼食を考えていた為、他のエリアはノーマークだ。
面倒くさがり屋の祐二は兎も角、夏休みに総司と味久の料理対決で美味しい物に目覚めた一同は折角だからと京都の料理に期待をしていた為、妥協は許さず中々決まりそうにない状況へと陥った。
そんなところに先生へ報告に行っていた智樹が戻ってきた。
「おいおい、昼飯くらいの事で何をそんなに揉めてるんだよ」
「いや、どこに行くか全く決まらなくてさ。ほら、先に電車に乗るとなると電車に乗る前か後かでも違うし……」
「どうせなら美味しいところに行きたいじゃない?」
「だからって、いきなり伏見稲荷に行ったって、美味い店もあるか分からないだろ? だからおれはハンバーガーで良いって言ってんだけどな」
「いや、だからってハンバーガーじゃ京都に来た意味がないじゃん!」
「うち、何でも良いよ?」
スマホで調べるにも範囲が広過ぎてどう調べて良いのか分からないからと意見を出し合っているのだが、全く収拾がつかない状態に、智樹は溜息を吐いた。
「あら、あなたたちは伏見稲荷に行こうとしてるのね」
「美鈴先生!?」「ミっちゃん先生」「美鈴ちゃん先生!」「美鈴チャン?」「伊井山センセ!?」
智樹の後ろからひょいと顔を出したのは養護教員の美鈴だ。松葉杖の祐二が困っていると言うので様子を見に来てくれたらしい。
「じゃあ私からアドバイス。伏見稲荷って狐の神様なんだけど、狐と言えばおいなりさん。周辺のお店はそれにあやかっておいなりさんを出しているお店が多いわよ。因みに先生方は落ち着いたら駅の方に探しに行くらしいわ。この辺りだと京料理の他に天ぷらやうなぎ、鶏肉系の他に牛カツやラーメンなんかがあるわね」
「「「「「「!!!」」」」」」
美鈴のアドバイスにより、六人の意見が揃うのにそう時間は掛からなかった。




