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√真実 -026 無理な予定と麻疹男



「ここ鹿苑寺の中、通称金閣寺と呼ばれている舎利殿は実は戦後に一度焼失していて、今建っているのは再建されたものになります~」

「「「「「へ~」」」」」


 美佳の蘊蓄(うんちく)に空返事のクラスメイトたち。有名な金閣寺を目にしてはいるにも関わらずみんな少々お疲れモードだが、それも仕方ないだろう。

 嵐山を出て龍安寺を見て回った後に来た金閣寺だが、午後からは午前中に比べて更に教師陣が見学の歩を急がせた。昼休憩を削ったにもかかわらず現時点で予定より三十分以上遅れていて、本来なら次の二条城を回っていても良い時間になっていたのだ。

 急かされる方は堪ったものではないが、その急かされるのは何も生徒だけでなく案内するバスガイドもだった。

 ガイドは各自で事前に何をどう案内するのか予習してシナリオを作ってあったのだが、ほぼ全てを組み直さなくてはいけないレベルに。しかし急げば急ぐ程にそうする時間は無くなっていき、何を案内しているのか自分でも分からない領域へと踏み込んでしまっていたのだ。ベテラン程、臨機応変に対応出来ていたが、残念ながら美佳はそれには当て嵌まらなかった。

 実際、金閣寺の説明は時間のない時は焼失の件を省かれる事もあるのだが、美佳はそうはせず丁寧に説明していた。多くの学校では授業で習っているとはいえ、それは小学校の時である事が多いので、敢えて丁寧に説明していた。

 その為、先頭のベテランバスガイドが上手く説明を端折って時間を短縮するように頑張ったところで、後続のクラスは徐々に遅れを加速させていった。


「なあ、お前見た内容を覚えているか?」

「いや、殆ど何も覚えてないわ。てか疲れた」

「初っぱなから炎天下を歩かされたからね~」

「ああ、あれはキツかったわ。重~い荷物を持って、だからね~」


 苦行とも言って良いタイトな予定に、いつの間にか男女分け隔てなく意見を一にしていた。


「何か天井に竜が飛んでいたのは覚えているんだけど、何処だったっけ?」

「竜じゃなくて龍な。昼前に行った天龍寺だ。もう、昼休みの時間だったから空いててよく見る事が出来たんだろうな」

「あたし、口の回りに漢字が書かれたのをスマホで撮るの忘れてたんだよね」

「龍安寺のつくばいな。吾唯足るを知る、真ん中の口の字は周囲の字とセットになってそれぞれの漢字を成しているんだ。後でオレが撮った奴を送ってやるよ」

「金ぴかの部屋は金閣寺じゃないの? 見れるって言ってたのに見れないじゃん」

「ああ、金閣寺の中は一般公開はされてないな。見られるのは次の目的地の二条城でだ。大政奉還諮問をした一の間、二の間はこの時期だから見られるっていうから楽しみにしてるんだ」


 真実、綾乃、華子の質問に流れるように答える智樹。光輝はそれをほうほうと聞き入っていたが、祐二は全く耳に入っていないようで視線は先を歩く美佳の方に。


「……いい女だよな、ミカさんって。何かこう守ってあげたくなるような?」

「ハイハイ、早く進まないとオッサン(尾桟)が怒るしガイドさんが困るわよ」

「お、お前ら早くしろ! 遅れるんじゃないぞ!」


 少し開いた前の班との距離を一気に詰めて急かす祐二に、冷めた声で返した華子も他のみんなも光り輝く金閣寺をもっとちゃんと見ておけよと溜め息を吐くのだった。






「はい、お疲れ様でした~。今日の宿のホテルに着きました~。明日は清水寺を見てから自由行動、で良かったんですよね、先生。……だとの事なので、次にお会い出来るのは明日の夕方ですね~。皆さん、怪我や事故の無いよう気を付けて楽しんで来てくださいね~」


 一日に嵐山を入れて六ヶ所という怒濤の京都弾丸ツアーを終えて、京都駅近くの集団客専用と思わしきホテルに着いた頃にはみんな疲れ果てた顔をしていた。窓から空を見上げればビルの合間にサファイアのような濃い青から黄金色へと変わっていく最中の空が見えた。この様子なら明日も残暑が厳しそうだと誰もがうんざりとする。


「あ~疲れた~。早くメシ食って風呂に入りてぇ!」

「ホントそれな。汗で体がベトベトだぜ」

「お、おれは風呂は入らなくても良いかな。疲れてっからそのままでも寝られるだろうし」

「……僕も入らないでおこうかな」

「あ、俺も。ほら、バスの中は涼しかったし」

「あ? きったねぇな太郎たち。あ、もしかしてまだ皮が被ったままだからか? それともまだ生えてねえからか?」

「う、うっさいな! 入るか入らないかは個人の自由だろ!」

「そうだそうだ!」


「男子たち、何か汚そうな話してるね。お風呂に入らないとかなんとか」

「え~? そんな臭いそうな子たちと明日行動だなんて嫌よ~!」

「だよね~。お風呂は出来れば朝晩二回入りたいところだし」

「そう言えばみっちゃん、バスは酔い易いって言ってたけど、今日は平気だったわね」

「うん、そうなの。これなら先生の横になんて座らなけりゃ良かったな」

「でもそのおかげで秦石くんのすぐ傍に座れたじゃない。役得よね~」

「まあ、そうなんだけど……ちょっと先生がね。まさかあんな発言をするとは……」

「え、何なに? ロリコン説の裏付けになるような事?」


 車内に持ち込んだ手荷物を網棚から下ろしながらワイワイと喋るみんなに、先に外に出ていた尾桟が戻ってきて声を上げた。


「お~い、みんなバスから降りる前にちょっと聞け~。しおりをよく見てる者は気が付いてると思うが、予定よりも一時間半近くも到着が遅れている。この後、休憩して夕食と風呂だが、時間が変更になるから各班長副班長は十分後にロビーに集まるように~」


 えー! と大ブーイングが起こるが、このパターンなら確実に夕食や風呂、休憩や自由の時間が削られるだろう事を察する事が出来たからだ。結果、その予想通り一時間半もの遅れはみんなが楽しみにしていたあらゆる時間を削る事となった。

 渋々バスを降りれば、既に運転手の七五三掛(しめい)がバスのトランクルームから荷物を黙々と出していた。みんなは当たり前のように自分の荷物を受け取ってホテルのロビーへと向かうのだが、最後に祐二と共に降りた智樹はその大変さを理解してお礼を口にした。本来であればガイドの美佳もそれを手伝うのだが、美佳には松葉杖の祐二を無事にバスから降ろすという重要なミッションがあったので、最後に降りる祐二を延々と待ち続けるしかなかったのだ。


「ミカさん、ありがとう」

「いえいえ~。明日も怪我をしないように充分気を付けてくださいね~」

「明日も一緒に回れれば良かったんだけどな~。なぁ、明日って昼は何をしているんだ? 時間が空いてたら昼飯を一緒になんて……出来ないかなぁ」

「ごめんなさい、明日の日中は他の学校の生徒さんの送迎があって~……」


 少し困り顔の美佳が思いきって誘った祐二に非情な返事を返すが、仕事なので仕方のない事であった。もしかしたらと駄目元で聞いてみた祐二だったが、仕事なら仕方ないとすぐに諦めた。

 その様子を見ていた華子はフンッとそっぽを向いて自分の荷物を持ち、綾乃の手を引いてホテルの方に行ってしまった。


「あの~。カノジョさんにちゃんと謝った方が良いんじゃ……」


 見送った美佳が祐二におずおずと進言するが、その祐二は何だよアイツ! と声を荒げると、荷物を残っていた智樹と真実に頼んで松葉杖を突いてホテルへと歩いて行った。


「何だかすみません。いつもはあんな奴じゃないんだけど……」


 自分の荷物と祐二の大きい方の荷物を肩に担いだ智樹が並んだ美佳と七五三掛に頭を下げると、祐二の小さい方の荷物を手にした真実と光輝が自分の荷物を手に取って頭を下げ、智樹と共にホテルの方へと急ぐ。


「あれ? 祐二、どうした?」

「いや、バスの中に忘れ物をしたかも」

「忘れ物? ちゃんとチェックしたけど、そんなのはなかったはずだけどな」

「いや、足下に落としてるかも。ちょっと見てくる」

「オレが見てこようか?」

「いや、パッと見はゴミに見えるかもだから自分の目で探してくる。先に行っててくれ」

「……分かった。くれぐれも困らすなよ(・・・・・)?」

 

 荷物を全部任せていて手ぶらな祐二は普通に歩くよりも速くバスの方へと急いで行った。しかし、見送った智樹たちには忘れ物はただの言い訳でしかなく、全くの嘘であると察していた。




「七五三掛さん、手伝えなくてごめんなさい~」

「ふぅ、大丈夫、これも仕事だからね。全く、普通はこんなスケジュールは組まないんだけどな……今日は少し疲れたな。」

「そうですね~、普通ならもっと余裕を持って予定を組みますよね~。慌ただしい一日でした~」


 最後の生徒を見送った後、バスの横腹にあるトランクを閉めながら七五三掛が溜め息を吐けば、美佳もそれに同意して苦笑した。


「何だかわざと無理な時間を組んでいるような……。まあだからと言って俺たちは無理せず安全にお客さんを運ぶだけだけどな」

「七五三掛さん、運転がとても丁寧ですからね~。私、他の人の運転だと時々酔いそうになっちゃいますから~。今日だって、酔いやすいって言ってた生徒さんも平気そうでしたし」


 乗り物酔いしやすい人の情報は一番最初に情報を聞き出して共有するのは常識ではあるが、隠れ酔い癖がある者にも注意は必要だ。

 七五三掛以外の運転手に当たった時は美佳はそれに悩まされたが、七五三掛の時はその心配はほぼ無かった。注意が必要なのは路面が荒れていたり深い積雪がある等の余程道路の状態が悪い時に限られた。それでも七五三掛の運転だと他の運転手に比べてその手の話は極少数だった。


「そりゃこっちは運転のプロだからな。如何に安全で快適に送り届けるかを日々考えて臨んでいるから。よくお客さんに吐かれるって文句言ってる乱麻さんなんてそういうの全く考えてない証拠だよ。ま、普段もそういうのを心掛けてると、ドライブデートでちょっとでも油断すれば速攻で相手にぐっすりと寝られちゃったりするってのが玉に瑕なんだけどな」


 バスのトランクが確実に閉まっているのを確認し終えた七五三掛が両腕を上に上げて伸びをしながら最後にニヤリと意地悪そうな笑みを漏らすと、美香は申し訳なさそうな顔で項垂れた。


「だって~、ここ最近暑かったから疲れてたのと、七五三掛さんの運転ってハンモックっていうかゆりかごみたいで気持ち良かったから~」

「ははは、それだけ安心してくれているって思っておくとするか。次も寝てしまうよう頑張って運転するとしよう、寝顔も見られる事だしな」

「え~!? 私、もっと七五三掛さんのお話を聞きたいのに~。七五三掛さんの意地悪ぅ」


 やはり美佳は七五三掛のクルマの助手席で寝てしまった事を気にしていたようだが、それを七五三掛はからかった。

 しかし一転、その七五三掛が顔をキリッとさせて美佳の方を向く。


「ま、それはそれとして……やっぱり出たな今回も。本当に君はお客さんに好かれる天才だな」

「ああいうの、好いてくれるのは嬉しいんだけども、どうして良いのか未だに分からなくて~」

「真面目に受け取り過ぎてるんだよ。高階さんあたりが躱し方が上手いから聞いておくと良いよ。まあ、横からかっ拐われないように俺も気を付けないとな」

「えっ!? それって……七五三掛さん、前の話は本気だったんですか?」

「いや、俺としてはずっと君を本気で口説いていたつもりだったし、ドライブに付いてきてくれた事が答えだと思っていたんだけどな」

「そ、それは、ええっとむにゃむにゃ……」


 じゃれ合いながらバスに乗って撤収の準備をする二人。その様子は見る者が見れば恋人そのものだった。

 そしてそんな二人の前にバスへ戻った筈の松葉杖を突いた麻疹(はしか)男が姿を見せる事はなかった。





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