√真実 -024 浮気性?
「良いのか? 付いて行かなくて」
ひょこひょこと遠ざかっていく背中を見ながら真実がそう口にするが、返ってきたのは知らないという連れない言葉。
河川敷で弁当を食べていた一同だったが、素早く食べた綾乃がやはり竹林の道に行きたいと言い出した。既に残り時間が三十分を切っていたのでみんなが反対していたが、走ってでも行くと一人で行こうとしたので、熱中して集合時間に遅れないように保険として智樹が付いて行く事になったのだ。時間厳守だからなと言い聞かせて送り出した四人。何かあれば二人ともスマホを持っているので、何かしら連絡してくるだろう。
「ふんっ! ワタシがいなくたって、アイツはあのガイドさんに手を取って貰えるから良いのよ! まったく、鼻の下を伸ばしちゃって!」
そして今度は早食い気味の祐二が、バスに戻ると言って一人で行ってしまった。結果、河川敷に残ったのはいつも食べるのが遅い光輝と、それに合わせてゆっくりと食べていた真実、そして明らかに不機嫌な華子の三人だけだ。
口数も少なければこういった経験もない光輝は勿論、元々華子を苦手としていた真実もどう声を掛けて良いのか分からずに残っていた弁当をただ黙々と食べるのだった。
「はい、お帰りなさ~い……って、二人だけ?」
美佳がバスに帰ってきた生徒たちを迎えつつ、明らかに少ない人数の二人に首を捻った。班行動が基本なので六人で帰って来なければいけないところを二人だけだった為、何かあったのかと思ったのだ。
「あ~、ちょっと二人が竹林の道? をどうしても見たいからって走って行っちゃってて、一人はちょっと頭を冷やしてくるって……あと一人は先に戻って来てると思うんだけど……」
かなり近い席だったにも拘わらず、すっかり影がなく印象に残っていなかった真実と光輝だったが、先にバスに一人で戻ってきていたのは祐二だけだった事を思い出して、その班の事かと思い至る美佳。まだ半数も帰ってきていない事もあって慌ててはいなかったが、バラバラになった班に一抹の不安を感じながらも二人を迎え入れるのだった。
流石に昼休憩の時間が少なかった事もあって遠くにまで足を延ばした班はなかったらしく、その後、集合時間になる前にはほぼ全ての班が戻ってきていた。歩き回るには少々外は暑すぎたのもあるようだが、圧倒的に時間が足りなかった。クーラーの効いたバスの中ではみんな口々にそれを怨むように毒を吐いていた。
「……まだ来んのか。どうなってるんだ、お前らの班は」
バスの前でイライラと仁王立ちしている尾桟が、心配して降りてきた真実と光輝に愚痴を漏らすが、一応まだ集合時間にはなってはいない。だが既に分刻みは終えようとしており、いよいよ秒でのカウントダウンに入ろうとしていた。
「いや、ちゃんと間に合うように綾乃には智樹が付いているんだけど……」
かなり無茶な事をするからと保険の意味で智樹が付いて行っているのだ、何かあれば連絡をしてくる筈であるがそれがないと言う事は……。
「あっ! 来た、来た!」
陸上部らしく跳ねるように駆けてきた智樹だが、その後から今にも倒れようかという体で付いてきた綾乃。見兼ねて智樹が綾乃の腕を取り、引っ張ってきた。
「遅いぞ、お前ら!」
「え? まだあと十五秒もあるじゃないか。充分セーフだろ」
しれっとした顔でスマホの時間を確認する智樹に、ぐぬぬと歯を剥き出しにする尾桟だったが、その通りだったので言い返せない。
「遅かったな、智樹」
「ああ、思っていたよりこいつ、運動してないみたいでな。想定より五十秒は遅れたよ」
流石に陸上部と同じスピードで素人が走れる訳がない、況してや男と女である。それに加え炎天下に観光客の混雑、弁当を食べたばかりという悪い条件が揃った為、片道約1kmという距離ながらも智樹の予想よりも遅い帰りとなってしまったのだ。集合時間スレスレになってしまったとは言え、陸上部であった智樹にとっては十五秒という時間は余裕であったのだが。
息を整えて何も無かったかのようにバスに乗り込む智樹が、ゼイゼイと肩で息をする綾乃の手を引っ張りあげると、バスの中から女子たちの小さな悲鳴が上がった。今まで綾乃は智樹の事を好きにはなれないと公言していたので、智樹ファンクラブの女子たちからは敵認定から除外されていたのだが、触れる事すら難しかった智樹に手を掴まれてバスに乗ってきたのだから穏やかではいられなかったのだ。
そんな事もお構い無しに、息を切らしていた綾乃に非常用のスポーツドリンクを蓋を開けてやり渡す智樹。バス会社がサービスで設置している麦茶もあったが、こういう場合はスポーツドリンクの方が良いだろう。受け取ったそれをごきゅごきゅと一気に飲み干す綾乃だが、その様子にもああっ! と小さな悲鳴が上がった。勿論、本人はそれどころではなかったのだが。
「……どうしたんだ、真実。乗らないのか?」
「いや、それが……」
智樹と綾乃が帰ってきたので、一緒に乗ってくると思っていた真実と光輝が乗り込んで来ないのを不審に思った智樹がバスの中から声を掛けるが、その返事は歯切れが悪かった。
「カコがまだなんだよ。ったく、何やってんだアイツは! ガイドさんが困ってんのによ」
一番前の席で寛いでいる祐二が愚痴るのを見た智樹は二人の関係がこじれている事を察して溜め息を吐いた。
「おい、和多野はどうしたんだ! もう時間だぞ、一人でどこをほっつき歩いているんだ!」
「いや、そんなに遠くには行ってないと思うんだけど……って、うおっ!!」
無情にもタイムリミットとなり尾桟のイライラがピークに達しようとした時だった。バスの入り口で周囲を見渡していた真実の背後に俯いた華子が立っていたのだ。
「ビックリした~。和多野さん、どこ行ってたんだよ。心配したじゃん」
「かこちゃん、大丈夫?」
姿を現した華子に真実と光輝が声を掛けるが、華子の反応は良くなくウンと頷く程度であった。
「おい、和多野。集合時間に遅れてまで、どこに行っていたんだ?」
「……バスの後ろ」
「はぁ? ずっと直ぐそこにいたのか。どうしてまたそんなところに? まあその話は後でじっくり聞く。早く乗れ。お前らもだ」
そう乗車を促して他のバスに報告に向かう尾桟を横目に、華子をバスの中に押しやる。
「やっと帰ってきたのか、カコ。あんまりガイドさんを困らせるなよ」
祐二が最前列の席で開口一番そう声を掛けてくるのを一瞥した華子が、その席を素通りした。
後ろから付いてきていた真実や光輝がえっ!? と目を丸くする中、華子は綾乃と光輝が座る席の横に立つ。
「キラリ、悪いけど席を代わってくれない? んでもってハタイシは一番前。良いよね?」
「ふぁっ!? う、ウチが真実くんの隣!?」
「キラリはその方が良いでしょ? アヤノやハタイシも良いよね?」
「いや、まあオレは別に良いけど……」
この華子の行動に真実たちが目を丸くする一方で、一部女子から智樹を顎で使う事に不満が漏れたが特に気にする程でもないだろう。寧ろ男子の方が問題だ。
「お? もしかして夫婦喧嘩か?」
「そういや帰って来た時、布田がガイドさんと親しげに話してたの見たぞ!」
「げっ! それってモロ浮気現場じゃね?」
「うわっ! 離婚の危機だ!」
「成田離婚ならぬ京都離婚w」
「布田がフラれたw」
「いや、この場合はフラれたのは和多野じゃね?」
「どっちでも良いじゃん! 修羅場だよ、生修羅場!」
「あいよ、生一丁!」
中三にもなって囃し立てる男子たち。車内は騒然となるが、当の本人たちは全くそれを気にしていないようで……
「ヒダ、何か食べる物をちょうだい!」
ガイドの美佳から受け取ったお茶を心配顔で渡してきた光輝に礼を言いながら、真実におやつを要求する華子。綾乃と自棄食いを決め込もうとしているらしい。
一方で窓際に押し込められた祐二が後ろの席を追い出されて隣に来た智樹に愚痴を吐く。
「ったく、あれで本当に女なのか? ちょっとくらいはミカさんを見習って、気の利くおしとやかな大人の女性になれってんだ。な、トモ!」
いつの間にか美佳を名前を呼ぶ祐二の言葉に、智樹も露骨に嫌な顔を曝し溜息を吐いた。
「えっ!? ちょっ! 待っ! どうすれば良いのこれ~?」
そしてそんな喧騒を抑える事が出来ない美佳の悲鳴が上がるのだった。




