√真実 -019 イケメン襲来
「て事は、その集落に着いたは良いけど、居辛くなったから少し戻ってテントで寝たって事か」
生徒たちの集中力が切れた為に仕方なく久し振りに披露するエキスパートモードのちょんまげ頭から逃げ惑う生徒たちをぼんやりと見ながら、その生徒たちの集中力を奪う元となった男が顎に手をやる。
午後から班のみんなで週明け水曜日からの修学旅行に持っていく物やおやつを買いに行こうと待ち合わせていたのだが、何故か午前中に真実たちが稽古をしていた道場へと智樹が姿を見せたのだ。
「で、その人の呪いって何だったんだ?」
稽古の見学という体で稽古場の隅に凭れてその様子を見るフリをしながら、稽古の説明をしかけた真実に夢の話を聞き出す智樹。その様子がいつもと違う事に気が付いたが、先日の智樹の話を思い出し、恐らく家に居辛くなったのだろうと勝手に解釈してその我が儘に付き合う事にした真実。
夢の中でトゥルースとして、予定通り仲間たちと辿り着いた奥の集落で呪い持ちの人に雑言罵倒を浴びせてしまい、泊めて貰う事叶わずに集落の出前にあった空地まで戻ってそこで泊まる事になった経緯を、思い出せる限り語った。
「ああ、咳き込む呪いだって。何ともない時間もあるから、喋ったり食べたりは出来るんだけど、夜中も咳き込んでいるらしく随分と衰弱していたんだ」
今まではハッキリと自ら体験してきたように思い出せたものだが、最近は気が付けば夢の記憶が曖昧な部分がある事に気付いていた。智樹曰く、それでもよく覚えている方だと言うのだが。
一般的に夢を見るのは、日中に体験した事等を頭の引き出しに仕舞って覚えておくという過程の一部だという説が知られている。その仕舞い方はランダムな為に意味不明になる事が多く、その為に夢を覚えている人が少ないという。
「……それは辛いだろうな。でも、それって本当に呪いなのか? 単なる風邪ならまだしも、喘息だったり肺炎だったりしないか? 他にアレルギーだったりとか……」
そんな中で夢の殆どを覚えている真実は珍しい存在なのだ、それも現実とは全く関係のない世界の、である。智樹が興味を持つのは仕方ないところだろう。
「症状が出始めた時に何度か医者に見てもらったけど、病気ではないって言われたんだって。まあ、あっちにはアレルギーの概念がないからそうじゃないって言い切れないんだけどね。だから家の中の大掃除や寝具の洗濯、日干しなんかを勧めたんだけど……」
そんな異世界談話に一時の安らぎを感じているのであれば、話す真実も話し甲斐があるというものだ。
「まあ、アレルギーの概念がなければ反感を買うだろうな。てか、もしかしてそれを切っ掛けに呪いを?」
呪いのある世界で、真実は自分の言葉とは逆の現象が起こるという呪い持ちであった。
「まあ、な。あまり気分が良いものでもないし実際泊めて貰える機会を失ったから、あまり気は乗らなかったんだけど……あまりにも相手がこちらのアドバイスを否定するのもだからつい熱くなって、ね」
最たる例で言えば、子供の頃にわざと仕事を押し付けられ他の子供たちがハイキングに行く事になり、"良い天気で良かったな!"とトゥルースが嫌みを口にすればハイキングに行った子供たちが突然の雨に見舞われたのだ。それが原因でトゥルースの幼馴染みのメルサが足を滑らせて顔に一生残る傷を残す事となったのだ。
「で、それは成功したんか? お前の呪いで他人の呪いを消す事が出来るんだろ?」
トゥルースは旅の中で、自らの呪いが自然現象だけでなく他人の呪いにまで影響を及ぼす事に気付いたのだが、それはいつ発動するのか分からないどうにも不安定なものなのだ。それも嫌みを浴びせないといけないのだからハードルが高い。知り合ってから日の浅い相手であれば、ほぼ間違いなくその相手を怒らせてしまう事となる。
「いや、それが……ちゃんと発動しているのかどうかは直ぐには分からないんだよ。十五分やそこらで効果が分かった事もあったけど、何日も経ってから分かった事もあったし……。それに相手が怒ってる中で別れちゃう事の方が多かったから、本当に効果があったのかどうかも分からない場合の方が多かったんだ。今回もそうなりそうだし」
道場の中では逃げ惑う新入生徒たちが片隅に追いやられたところで真打が暴漢(役)の足を払って倒し、そのままエルボードロップを炸裂させていた。
「ふぅん。てか、いつもこの道着はこんな稽古をしているんか?」
夢の話から一気に目の前の話へと戻ってきた智樹。流石に欣二のエキスパートモードはインパクトが大きく、智樹の興味を惹いたようだ。
「いや、あれは一種のパフォーマンスだよ。まあ、あれを体験しておけばホンモノに遭遇した時に身を強張らせる事が減るからね」
暴漢に襲われた時に一番良くないのは身を強張らせて何も出来なくなる事だ。そうなってしまえば、暴漢の思う壷で何をされるか分かったものではないが、事前に強烈な暴漢に慣れておけば実際はそこまで怖い暴漢はそうそういるものではないので、逃げるくらいは出来よう。
「成る程、ねぇ。なぁ真実、お前もあのくらいの事、出来るんか?」
「いや、俺はあそこまでスムーズには出来ないよ」
「……それって近い事は出来るって事だよな」
あ、この顔は何かよからぬ事を企んでいる顔だ! と真実が思っていた矢先に、突然智樹とは反対の方から声がした。
「オマワリのおっさ~ん! 秦石君が今のを飛弾がやるところ見たいんだってー!」
「どわっ! な、なんだ、綾乃か。ビックリさせんなよな!」
「あら、少し前からいたわよ? 気が付かないアンタが悪いんでしょ?」
「てか、何でこんな遅かったんだよ。今からじゃ直ぐに午前の部が終わっちゃうじゃん」
「あ~メンゴメンゴ。ちょっと新作を食べにね~。香奈っちから情報が飛んできたから、行かない訳にはいかないでしょ!」
しれっと言う綾乃にどこから話を聞かれていたんだろうと脂汗を掻く真実だが、夢の話を他人に聞かれたくない事を知っている智樹が話題を変えたところからなんだろうとホッと胸を撫で下ろした。
と同時に、中学生のくせにスイーツで有名なカフェに入り浸っている綾乃に、真実のみならず智樹も白い目を向けるのだった。
が、真実の災難はここからだ。黙って手招きする昭一の姿に、今度は冷や汗が一筋。
「じゃあヤる側とヤられる側、どっちが良い?」
「どうせなら両方じゃないの? 師範のは極端すぎて参考にならないし、痴漢役だけやらせたら飛弾の立場が悪くなるだけだろうし、ね」
「ふむ、そうだな。流石に痴漢役だけやらせてちゃ、エロいだけの男と思われて小学生の立場もなくなるってか」
一応真実の体裁を繕うように助言をする綾乃は昭一とノリノリでその役回りを決めていくが、本人の同意なしで話は勝手に進んでいった。
結果決まったのは、いつものように真実がミサを襲うパターンとエキスパートモードの欣二を真実ならどう対処するのかを実際にやってみるパターンが決まった。
真実と絡められると当然の様に喜んで同意するミサを、昭一はどれだけドンくさくても三年も通えばこのくらいは出来る様になるという良い見本だからと紹介したが、軽くディスっている事には気付いていないようだ。蚊帳の外で決められた欣二は、漸く息が整ったようで青くした顔で立ち上がると目をパチクリさせるのだった。
「……なあ、真実」
「……何だよ、智樹」
クラスの中だけでなく学年、いや学校内でも一、二位を争うであろうイケメンがその整った顔を崩してジト目を真実に突き付ける。
「お前、いろんな意味でズルいわ」
「……ズルいって、何がだよ」
「だってお前、あんなお姉さんの相手をしてオイシイ思いが出来る上に、意外と腕が立つじゃないか。話を聞いていた限り、オレはもっと防戦に特化してると思ってたのによ」
そんな事を言われてもと困る真実だが、自分の腕はまだまだ大した事はないと今でも思っていた。しかし実際に手合わせをしてみれば、エキスパートモードの欣二を辛うじて躱すだけでなく柔道技の払い腰を使って見事に投げたのだ。
その大技に沸く生徒たちだが、その直前のミサ相手の痴漢役では、以前に同級生二人に白い目で見られた時と同じく後ろから抱き付いてその大きな胸に両手を這わせたところを腕を引っ張られて巻き込まれ、二人して倒れたかと思ったらミサに腕ひしぎ十字固めを極められた。
実戦式稽古で後ろから抱き付くのはミサからのリクエストだったが、その手付きは痴漢そのものであったのと、ミサに腕を極められた時もその腕が女子たちも羨む大きくふくよかな二つの山に埋もれるのを善く思う者がいなかっただけに、その後に欣二を相手にする事で何とか汚名を晴らす事が出来た真実はホッとしていたのだった。もしそれがなければ、女性ばかりの教室にしがみつきつつ稽古のどさくさで乙女のおっぱいを揉みしだく最低な不細工男というレッテルが貼られたであろう。
一方で痴漢役の相手を捕まえる事の出来たミサではあるが、犯人をある意味喜ばせる形なので昭一からダメ出しが出されたのは当然であった。
「言っておくが、オレの暴漢役は勿論演技だし、わざと真実に投げられてやったんだからな! そこんところ分かってるよな!?」
誰も聞いていないのに、欣二の声が虚しく道場に響くのだった。




