√真実 -018 夏休み明けの道場(1)
「おう、久し振りだな、真実。テストはどうだったんだ?」
駅前繁華街直ぐそばの住宅街の一角にある建物に真実が入っていくと、中で何人かの声出しを指導していた師範が声を掛けてきた。倉楠欣二が教える護身術の道場だ。
夏休み中は用事や怪我での入院で来られなかった日もあったが、何もない日は極力出てきて体を動かしていた(時には指導する側だった)真実だが、学校が始まるのと、早々にテストがあるからと丸っと一週間振りだったのだ。しかし夏休みに入る前は週末にしか顔を出していなかったので、その生活に戻っただけであったが、毎日に近い出席率だったのと、一部の生徒が同じように学校が始まるのを機に平日は出てこなくなっていたので、生徒数が減って欣二は寂しさを感じていたのだ。
「おはようございます、師範。今回はいつもよりもちょっと良いかも……」
「ほお? 大した自信じゃないか、ボウズ」
ジャージ姿の欣二に対して道着姿で現れたのは欣二の父、健太郎だ。
日の浅い生徒たちは健太郎の姿をチラチラと見て首を傾げているが、誰なのかを理解していない者が半数、その姿にが半数だ。
健太郎は元々この道場の師範で、道場で護身術を教えるようになってから第一線を退いたのだが、夕方の合気道教室には頻繁に顔を出していた。そして夏休みなどに生徒数が多くなり初心者への指導の手が足りなくなるとこうして面倒を見に顔を出すのだが、健太郎は欣二と同様に合気道だけでなく空手や柔道でも腕を慣らしていて柔道では紅白帯(六段から八段)を締めていた。更に上の紅帯を狙える位置にいるのではと言われていたが、本業は合気道だからとそれには拘らなかった。
一般的には黒帯(初段~五段)が知られているが、その珍しい帯の色から還暦を過ぎているので何かおめでたい人なのかなぁと柔道を知らない若い女子たちには思われていた事は健太郎は知る由もない。
「あ、おじさん。今回はみんなで勉強していたおかげで何とか……友達に今度高校の受験なんだからって半強制的にやらされてたんです」
「はっはっは! 良い友達じゃないか。勉強は出来る時にやっといた方が良いからな!」
その大きな声に、声出しをしていた初心者の何人かがビクリとする一方で、ギクリと肩を窄める者も。友達も勉強も大事だぞ?
そして、その前者の中に真実の見知った者の姿が。
「あれ? もう来てたんだ。おはよう、光輝」
「……おはよう、真実くん」
一緒に声出しをしていたみんなの注目を浴びて小さくなり返事する光輝に、これからしばらく副級長としてやっていけるのだろうかと不安になる真実だが、教室では既に号令を複数回熟していた。尾桟が積極的にやらせていたのと、他の教師も物は試しにとやらせていたのだ。幾分ぎこちないものではあったが、真実たちに頑張ると言った手前、それなりの形にはなっていた。
しかし何故だか道場では途端に声だけでなく身も小さくなってしまう。何故だろう、と真実も欣二も首を捻るばかりだ。
尤も、みんなの注目を浴びたのは真実のせいでもあった。護身術を習いに来るのは大半が女性であり男はほぼ皆無で、指導役も担う真実は稀有な存在であった。
かと言えば、夕方の合気道教室では男子の方が多かったが、女子も三割近い人数が受けに通っていた。その中には護身術で太鼓判を押されたお姉さまたちが更なる高みを目指して参加する姿があった。夜祭りで恐喝犯が真実に牙を剥いた際に、逃げ出そうとした男たちを投げ飛ばしていた男前なお姉さま方だ。
その技は護身術でも利用される為、両方を習う事は推奨されたが、初っぱなから合気道に入ろうとする者には簡単な質問をして、内容によっては護身術の方に誘導していた。身を守るのが先決の女性が碌に逃げる術を持たずに、いきなり相手を倒す為の技を身に付けようとしても上手く身に付ける事は難しいのだ。
勿論、純粋に合気道を習うのが目的であれば問題はないのだが。
「綾乃は今日は来るんだよな?」
「ん……そう聞いてるけど、ちょっと遅いね」
首を傾げ時計を見上げる二人。丁度その時、更衣室の扉が閉まる音と共にカーテンが開いた。
「おはようございま~す……って、やっぱり真実君だ~! きゃ~! 会いたかったよ~!」
「ミ、ミサさ……うっぷ」
●●タックルよろしく真実に駆け寄って豪快にダイブするのは、大学三年生のミサ。同性も羨むその軟らかく豊満なふたつの巨山が真実を容赦なく呑み込む。
夏休み中はミサが始めたバイト先が超忙しく、道場に顔を出す事も儘ならなかったが、辛うじて時間が取れて真実の家に訪れる事が出来たのが約半月前。バイトが忙しすぎて泣き言を噴出させていたミサを気分転換に誘ってみたら、偶然にも父親の総司とその同僚の味久の料理対決になってしまった。しかし奇しくもその日はミサの誕生日だった事が発覚し、そのまま誕生日会に発展したのだが、そのミサと顔を合わすのも久し振りに感じる。
とは言え、まだ半月程である、長いようで短い期間だ。作者的には十ヶ月以上前の話で目が眩むのだが。ぼやく暇があるなら、さっさと話を進めろと聞こえた気がする。
ぎゅうぎゅうと抱き付くミサを押しやって、ハアハアと息を整える真実。何とか圧迫による窒息死は免れたが、今度は衆人の目に晒される羽目に。
常連のお姉さま方にはお馴染みの光景なので冷めた目で流されるのだが、日の浅い生徒たちにはどんな女誑しな男なんだ、と目に映ったようだ。無害そうな年下っぽい女を見付けるなり声を掛け、見当たらない他の女を気に掛けただけでなく、年上のナイスバディを手懐けるような男なんて信用出来る筈もないのだが、その真実はこの道場には既に四年も通っているベテランで、ミサは高校三年生の頃に入って来て、当時小学生だった真実の妹弟子に当たる。男性不信だったミサの相手として、まだ異性を変な目で見ていなかった真実は善き練習相手とされたのだった。
「あー! まさのりー! そこからはなれろー!!」
そんな声が道場内に響いたかと思ったら、弾丸人間ミサイルが真実の鳩尾に突き刺さった。ぐぼほぉ! ともんどり打つ真実の姿に目を見張る者、ざまあと薄笑いを浮かべる者に分かれたが、心配そうにオロオロするのは光輝のみであった。
「みさはおれのおんなだぞ! べたべたすんじゃないっ!!」
「あら、翔真(翔真)君。遊びに来たの~?」
目の前に立ちはだかった小さな騎士を見て目を丸くしたミサが声を掛けると、キリッとした顔をミサに向けるその幼児。欣二の甥っ子の倉楠翔真、四歳だ。親に付いて時々道場に顔を見せる小悪魔である。
「あ~痛かった。ちょっとしょうちゃん、不意打ちは卑怯だぞ?」
「ふんっ! おまえがおれのおんなをとろうとしたからだっ!」
「おれの女って……しょうちゃん、どこでそんな言葉を覚えてきたんだよ」
会う度に行動が荒くなっていく四歳児に、将来を心配する真実……を心配してオロオロする光輝。高校生より上の生徒が多数の中で、ここだけ平均年齢がダダ下がりだ。
「おう、小学生。やっぱり来てたか」
「おまーりさん! ちょっとしょうちゃんの言葉が乱れているのが気になるんだけど」
「そうか? 女を守る男の真の姿だろ。カッコ良かったぞ、翔真!」
「あったりまえよ!」
翔真の父親で欣二の兄であり現役警察官でもある昭一に真実が訴えるが、どうやら仕込んでいるのは昭一のようだ。
一方で、その様子を見ていた女子たちからは翔真に黄色い歓声を上げていた。思わぬ漢の姿(ただし幼いが)に、可愛いという声が八割、カッコ良いという声が二割だった。
「な? モテるのってチョロいだろう? 他にも色々と教えてやるからな」
ニヤリと翔真に厭らしい笑みを漏らす昭一だったが、その頭をスパコーンとハリセンが襲った。
「この不良警官がぁ! 滅多に帰ってこない癖に、小さい子供に一体何を教えてんの!」
「いってぇ! ちょ、おま、これはれっきとした傷害事件だぞ」
「ああん? どっちが悪いのよ! 何か文句があるなら言ってごらんなさい!」
「いえ何もありませんゴメンナサイ」
いつもは強気なのに途端に小さくなる不良警官を制したのは、茶髪ショートヘアーで活発そうな女性……昭一の妻であり翔真の母の優真だ。
昭一は制服姿で時々顔を出す事があるが、三人が揃って顔を出す事は珍しい。今日は偶々昭一が非番だったからであろう。
「ほらほら、用件をさっさと済ませないと、また呼び出しがあるかも知れないでしょ!」
「ああ、そう、だな。おい、小学生。例の事件だけどな、水曜日に起訴されたぞ。相変わらず否認しているようだがな」
お盆の頃にあった夜祭りで捕まった恐喝犯の事であろうが、何処から入手したのか警棒を手に真実にぶっ殺すと牙を剥いた為、暴行、傷害、恐喝だけでなく強盗や殺人未遂等々、数々の疑いが掛けられているのだが、昭一の話では全て否認しているらしい。目撃者多数の現行犯逮捕だったのに、だ。
「それでな、お前らに出廷の要請がされそうなんだ。正式な要請は後日になるだろうが、そのつもりでいてくれ」
「え……? ええーーーっ!!」
中学生にして、裁判への出廷がほぼ確定らしい。




