√トゥルース -003 牧場
「あんたら、あんなとこで何をしとっとったがね?」
翌朝、道の先に生い茂っていた蔦を刈りながら進めば、開けた場所に出るのはあっという間だった。野営した場所からも僅かな距離であった為拍子抜けしていた一行に、大きな馬車で通り掛かった初老の夫婦らしき二人が声を掛けてきた。
「なんや、旧道を通って来おったん、えらい難儀な事をしよるのぉ。誰も通ろうとせんように草は刈らずに措いといたんに」
「あ、すみません。ちょっとここで経験を積んでおこうと思って……」
どうやら野営をしていたところは牧場から見下ろせる場所で、盗賊でも逃げ込んだのではないかと覗いていたが、女子供が見えた為に静観する事にしたそうだ。何日も居座るようなら孤児院に連れて行くことも考えていたようで、いらぬ心配を掛けたとトゥルースたちは恐縮するばかりだった。
「あの。牧場って、小分けもしてもらえるんですか?」
「ああ、ちょっとでええならしとるんよ。馬車の荷は配達分じゃけ分けられんがの。左に上って行ったとこに息子んらがおるけぇ、声を掛けてみんしゃい」
牧場と聞いて何やらフェマと相談していたシャイニーが、その二人に声を掛けると、緩やかな坂の上を指して教えてくれたので立ち寄る事にした一行。馬車の二人にお礼を言って二頭で牧場を目指す。
「それにしても、ミアスキアさんは何処に行ったんだろう……」
「夜明け前にコソコソと出ていきおったのは知っておるが、何処に向かったかまでは分からんの」
幼女の姿に似合わず早起きのフェマがトゥルースの疑問に答えるが、声を掛ける間もなく出発していったらしい。
昨夕は一人で保存食を食べようとしていた為、呼ひ止めてシャイニーとフェマが作った夕飯を一緒に食べた。道中で見付けて採取した果実や木の実をふんだんに使ったので、野営としてはかなり贅沢なものとなっていた。
その席ではミアスキアは多くは語らず、主からの任だとのみ口にするに止まった。仕事だと言われればそれ以上何も聞けないので歯痒い思いをするトゥルースたちだったが、答えられないものは仕方ないと夕飯を食べ終われば早々に天幕に入って体を休めるのだった。
「あれ? こんなにも近かったんだ」
馬車が余裕で通れる均された道を上っていくと、本当に直ぐ牧場らしき施設が見えてきた。
小高い山の麓に建てられたその施設は柵で覆われていて、門は少し離され二重になっていた。片方づつ開け閉めする事で、放牧されている牛や庭鳥らが逃げない様にしているようだ。開けっ放し禁止の立て札に年期が入っているが、そろそろ刷新した方が良いだろう。
「何かご用かい?」
門の前で入ろうかどうしたしようかと悩んでいると、エプロン姿の壮年の女性に声を掛けられた。エプロンと言っても何かの革製な頑丈な物で、可愛さの欠片もない。加えて言うならば足元も革製の長いブーツだし、手にはやはり長い袖の付いた手袋が。更に言えば、それらは赤黒く染まっていた。
「あら、ごめんなさい。今まで牛のお産を手伝っていたものだからね」
何でも産まれてきた子牛が大き過ぎて母牛の産道に傷が付いてしまって大騒ぎしていたところだと言う。大変な時に訪ねてしまったものだと思ったが、そんなのは牧場にとっては日常的な事だと言う。
「牛乳や卵でも買いに来たのかい? 中に入りな。なんなら子牛でも見ていくかい?」
旧道を難なく通ってきたトゥルースたちは、この後は奥の集落に延びる整備された道を進むだけで、特には急いでいない為、その誘いに乗るようにラバから降りて門をくぐった。
門の中には厩舎が建ち並んでいて、その周囲には庭鳥が自由に歩き回っていて、厩舎の中からは牛たちのウモォーーという声が聞こえてきていた。かと思えばその奥に広がる山の緩やかな斜面には何頭もの牛が草を食んでいたり寝転がっていたりと自由そのものだ。更に脇の方には豚が泥遊びをしている様子が伺われた。
「あら、お義母さん。お客さんですか? まあ、可愛らしい」
牛の声に怯えを見せたラバたちを離れた場所に繋いで厩舎の方に歩いていくと、手を手拭いで拭いていた若い女性に呼び止められた。どうやらこの人も血塗れだったようだ。事情を聞いていてもちょっと引くが、この後更に引く出来事が。
「ピギャーーー」
突然鳴り響いた豚の悲鳴のような声に、ティナとシャイニーが驚いてトゥルースにしがみつくが、そのトゥルースも何事かとビクッとしていた。
「ああ、旦那たちが汚れたついでに豚を〆に行ってるのよ。ついでに解体を見ていく?」
生の誕生の傍らで人の食の為にその命を睹させる日常に、トゥルースたちは何とも言えない気分になるのだった。
ここの人たちは慣れているのか何とも思っていないようなので、解体の方は丁重に断って産まれた仔牛を見に行った。
「「か、可愛い!」」
「ふむ、これは乳牛かの。良かったの、食べられる為に殺される心配はあらせんぞ」
「……ちょっとフェマさんや」
目を輝かせる少女二人に対して、産まれたばかりの仔牛に何とも言えない声を掛けるフェマ。だが、乳牛として産まれたその仔牛も早々に殺される事はないが、乳を出す為に出産を繰り返さなければいけなくなる運命である。残酷な言い方かも知れないが、人の為に飼われる牧畜の運命なのだ。
だからと言って仔牛を見て先程の豚の悲鳴を忘れようとしていた二人に聞こえるように口にしなくても……と顔を顰めるトゥルース。少しは自重して欲しいところだ。
牧場の女性二人も、嫁いできた当時の事を思い出して苦笑した。やはり外からやって来た一般の平和慣れした人間にとって、動物の命のやり取りが日常な牧場の生活は慣れるまではキツいものなのだ。
澄んだ心のまま素直に仔牛を可愛いがれなくなったティナとシャイニーを名残惜しみながらも厩舎から連れ出して本来の目的を果たしに調理場を兼ねた事務所へと向かう。
調理場と言っても屠殺場や牛乳の殺菌をしている小屋とは別になっていて、肉の切り分けや食品加工の為の建屋であった。中では従業員らしき人が何人か作業をしているのが窓口から見えた。
「それで、欲しいものは何だった?」
「ええっと、保存食になる物が何種類かあれば、と」
それを聞いたトゥルースは、確か買い溜めした物の中に燻製等がたっぷりとあった事を思い出して流石にもう買わなくても良いだろうと思ったのだが、少し違った。シャイニーとフェマが求めていたのは乾酪や牛酪等の幾日も保存の利く物だった。この規模の農場であればもしやと言ってみたのだが、それは間違いではなかった。
「他にも色々あるわよ。生凝乳とか発酵乳とか……って、保存食には向かなかったわね」
日保ちのしない物まで勧めてくる牧場の女性の商魂に苦笑するトゥルースだったが、それを聞いた何やらシャイニーとフェマがこそこそ話し合ったかと思うと二人で出資者に懇願する目を向けてきた。この先は奥の集落まで民家もないので、昼食や夕食に生クリーム等を使った料理を作りたいと言う。
これは今日は昼も夜も御馳走だ、とトゥルースの財布の紐が更に弛む事となるのだった。
「あ、あと調理場を少し借りたいのですが……」
「良いけど、何を作るの?」
買った産みたて卵に酢や食用油、塩や香辛料を混ぜていく……そう、なろうお馴染みのマヨネーズだ。現代日本の市販マヨは消費期限が随分と長いが、こういった手作りは一日~数日しか保たない場合が多い。これは保存料云々ではなく衛生面や製造方法等の企業努力に依るものである。
更にこの牧場では各種燻製肉や卵をふんだんに使った焼菓子、何と卵乳蒸菓子といった加工品まであった。日保ちするクッキーは兎も角、ナマ物な乳製品も多く作っている事に首を傾げるが、馬車で半時と少々しか掛からない教会のある村から急行便の馬車が出ており、朝イチの便なら昼前に、昼イチの便なら夕方には次の大きめの町に届けられると言う。先程すれ違った馬車は朝イチの便に載せる為に向かった馬車だった。牧場の朝が早いワケである。
一方でその話を後で知ったトゥルースたちは、馬車で一時ちょっとの距離を丸一日掛けて苦労して上ってきた事に戦慄を覚えるのだったが、ほぼ直線に伸びた新道と、山の斜面に合わせてくねくねと大回りしていた旧道とは距離が雲泥の差であったのだ。
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現代の牧場等は見学出来るところもあるようですが、基本的に忙しい中で時間を割いてくれていますので、見学の可否やルール等は事前にホムペ等でお調べください。
書いてないとか良く分からないからって直接電話での確認をするのは出来る限り避けた方が良さそうですよ。特に一部の牧場等では疫病対策にピリピリしてたりしますしね!




