√真実 -017 智樹の進む道
「へぇ、それで結局その村の教会に泊まったのか」
祐二と華子はいつも通り迎えにきた祐二の母にクルマに押し込まれて拉致られてしまった。恐らくそのまま祐二の家でマッタリするのであろう。その為、真実の家に集まったのはいつもの四人だ。
食べ終わったおやつの皿を洗いに光輝と綾乃が席を離れた隙に、智樹はいつものように真実に話を聞き出していた。
その話と言うのは、真実の夢の中の出来事について、だ。真実は夢の中ではトゥルースとして生きていて、様々な出来事に遭遇しているのだが、その事を口にしていた小学生の頃に壱継たちに目を付けられてイジメられる様になり、それ以降は夢の話は口を噤んでいた。
だが智樹がどこからかその話を聞き付けて、コッソリと二人だけの時に聞き出していたのだ。
「うん、結局はその教会にいた司祭さんも孤児院の人たちも良い人ばかりだったし、彼女がやけに子供たちの扱いが上手いのが孤児院出身だからだと知って、歓待を受ける事になったんだよ」
へぇ、そうなのかと感嘆する智樹だが、いつもよりも大雑把な真実の説明に首を傾げる。それはここ最近徐々にであった為に気付くのが遅れたが、以前のような生々しくリアルな話振りではなくなってきていた。それを指摘すると、意外な返事が返ってきた。
「う~ん、そうなんだよ。ここ最近、段々と記憶が曖昧な部分が増えてきてるんだ。とは言え、よ~く思い出せば思い出せない事もないんだけどね」
「うん? それって、やっぱり夢だったって事か?」
「いや、あっちで受けた怪我とかが俺の身体に現れているのは見せただろ? 夏休みの入院した時だって、包帯の中の怪我が増えていて大騒ぎになったくらいなんだから、夢だったってオチはないと思うんだけど」
「……それもそう、なんだよなぁ。でもじゃあ何で曖昧になってきてるんだろうな。分からない話だな」
それこそ夢の中の世界に蔓延っている呪いが真実にも罹っているのでは、と思ってしまうが、それも確認のしようがない。
「ねえ、何の話をしているの?」
「ん? いや、ちょっと男同士の話をだな……」
「何それ、エロい話じゃないでしょうね?」
まさか、と肩を竦める智樹に、胡散臭いなぁという目を向ける綾乃。そこに皿を洗い終わった光輝も戻ってくると、そのおかしな雰囲気に首を傾げた。
「そんな話じゃないさ。ほら、あいつら、おやつもなくおっさんやセイセンに睨まれて勉強してるんだろうかと思うと、な」
「ふんっ! そんなの甘過ぎるわよ。光輝を脱がせてDogerに動画をアップしようだなんてっ! その上、美鈴ちゃん先生まで毒牙に掛けようとして……」
「でも、そこは大人なみっちゃんの方が一枚上手だったよな。あいつらに保健体育を教えろって言われて体育教師の井蛙に丸投げするんだから」
自業自得よ! と鼻息を荒くする綾乃の様子に、上手く誤魔化せたと真実の方にニヤッとする智樹。だが、そこで真実はその時の様子をふと思い出して聞いてみる事にした。
「なあ、智樹。あの時さ、いつになくイラついてたように見えたけど、どうかしたんか?」
「あの時? って、ああ、あいつらん時か。ちょっとな、家で色々言われてて少しナーバスになってたかも」
「家で? そういえば今日も元は集まる予定じゃなかったし……もしかして家で何かあった? それに智樹の成績なら高校受験だって楽勝だろうし、これ以上勉強が必要だなんて……」
と、そこまで口にしてシマッタと口を塞ぐ真実。二人だけならまだしも、綾乃や光輝が聞いている前で出す話題ではない事に今更ながら気付いた。
「はぁ……。まあ、そんなところだ。実は親から地元の公立じゃなくてランクが上の私立高校を受けろって言われてて、な。ちょっとそれが限度を超える程煩いもんだから、あんなクズ発言くらいで頭にきちまってたんだよ」
「いや、あそこは普通怒るところでしょ。逆に飛弾が黙ってたのが腹立ったわよ」
プンスカと頬を膨らます綾乃に苦笑を返す智樹。あそこで同レベルに落ちてまで言い返す必要はなかったから真実の方が正解だとフォローするあたり、やはり智樹は自分たちよりもずっと大人だなと感じる三人だった。
「だから級長も辞退したんだな……。でもさ、本当に余所の私立に行くつもりか? 何か寂しいと言うか実感が湧かないんだけど……」
「まだそうと決まった訳じゃないんだけどな。でも、そうなる可能性は大きいと思う。たぶん今度の三者面談で私立の推薦狙いだとおっさんに言い出すんじゃないかな、うちの親は」
そうなのか……と言葉を失う三人。何だか暗い雰囲気となったところに、冗談交じりに智樹が明るい声を発する。
「まあ何だ、どうしてもそれが嫌なら、入試試験で悪い点をわざと取るとかすれば良いんだ。そんな深刻な顔をするなよ」
「……智樹は私立に行くのが嫌なのか?」
「いや、嫌って訳じゃないんだ。大学に進むなら私立の方が良いだろうし、設備も充実してる。それに教師陣も受けてみたい人が何人もいるし……」
「じゃあ落ちる事なんて考える必要ないじゃん。何が問題なんだよ」
既に大学の事まで視野に入れて考えている智樹に、目を丸くする三人だが、どうもハッキリとしない智樹の態度に真実は顔を顰めて問い詰めようとすると、再度智樹の顔が沈んだ表情を表す。
「受けようとしてるところはちょっと離れててな。たぶん寮に入る事になると思う。それだけじゃなくて中高一貫校だからいきなり授業に付いていけなくなる可能性もあるんだ。そうならない為にも今以上に勉強しなくちゃいけなくなるかも知れないから、遊んじゃいられなくなるんだ」
「……そうか。そうすると、ここでの勉強じゃ全然物足りないんじゃないか?」
「いや、オレとしてはそうでもないんだよな。人に教えるのは相手が何処に引っ掛かっているのか、何処が分からないのかを見極めないといけないだろ?それって難しい問題を解くのとそんな大差のない頭を使うんだよな。前にも言った事があるけど、人に教えるのも良い勉強になるんだよ。それを親は分かってくれなくてな」
成る程、優等生も親と衝突するんだ、と変なところに感心する真実だが、またある事に気付く。
「もしかして、三年になってみんなとつるまずに俺とばかり話していたのって、その事が元だったり?」
「まあ、そうだな。本当は中学も私立を受験しろって言われてたんだけど、それは頑として受けなかったんだよ。で、部活に明け暮れてたら二年の終わり頃に遂に勉強に専念しろって言われてな」
流石に部活を中途半端に辞めるのは勘弁して貰う代わりに、学校から帰った後や部活のない日は勉強に専念する事に。
しかし流石に勉強漬けの毎日は疲れる一方で、学校での過ごし方も変える必要が出てきた。
「今までの友達付き合いだと、土日に街に行って遊ぶ事が多かったから、それが出来ないと徐々に仲間から外されるようになるのが予想出来たから、ならクラス替えと同時に友達付き合いをリセットした方が良いと思ったんだ。そこにいたのが真実だよ」
真実と話すのは適度な息抜きになったし、土日に遊びに誘われる事もなかったから都合が良かった、と。
だが夏休み中の予想される拘束時間を考えると、智樹には逃げ道が必要だった。そこで日中は涼しい図書館で勉強すると偽って真実の家で勉強する事を両親からもぎ取ったのだった。
「まあ、こうしてみんなと一緒に勉強するのも楽しいからな。しかし、いざ私立の推薦を目指すとなれば、それもままならなくなるんじゃないかって思うと、な」
苦虫を噛み潰したような顔に無理矢理笑顔を張り付ける智樹を見ていると、私立に行きたい気持ちはあまり感じられない。
「じゃあ地元の高校を受けるんか? さっき受けたい先生の授業があるって言ってたのに」
「そこなんだよな。受けてみたいのは心から思っているし大学に行くなら私立の方が良さそうだって事は分かっているんだけど……でも学校の奴らとは離れたくはないし……」
何となく地元の高校に通う事しか考えていない真実たちにとって、既に行きたい大学を視野に高校を選ぼうとしている智樹の悩みは想像に容易くはない。しかし、その天秤に掛けている内容に大きな差がある事は、端から聞いていれば明らかだった。
「なあ、智樹。智樹はもう答えを出しているんじゃないのか?」
「え?」
「聞いていたら、何て馬鹿馬鹿しい悩みなんだろうって感じたんだけど。卑怯な言い方かも知れないけど、智樹はみんなのいる楽な地元の高校に通いたいのか、気になる授業を受ける為に……いや、将来性のある大学に行く為に頑張るのか。一体どっちなんだ? 因みにどっちに行こうと俺は智樹の友達をやめる気はないからな」
真実の問いに目を丸くする智樹だったが、その言葉を聞いて一瞬考え込んだ後、クックックっと笑い出した。
「確かに答えは出ていたな。ありがとう、真実。やっぱり持つべきは友達……いや、親友だな!」
ガシッと真実の肩に手を回す智樹。
答えは明言しなかったものの、進むべき道を決めた智樹の表情に暗さは一切無くなっていた。




