√トゥルース -001 分岐
「ここで別れる事になるが……どうするつもりだ?」
立派な馬に乗った青年アディック・アニクが、大通りの分岐交差点で馬の足を止めて後続のラバ(ロバと馬の掛け合わせ種)二頭に分乗する四人に声を掛けた。
「ねぇ、本当にそんな危険な道に入っていくつもりなの?」
更に眉を下げて心配そうな顔をするのは、もう一頭の馬に跨がったアディックの妹のリム・アニクだ。
二人は昼と夜とで色が変わる変色石、それも|ピンクナイトレインボー(PnR)というこの大陸でも最高級品扱いされている宝石の原石を扱う一族で石の売人で、経験の浅いリムに心配したアディックが教えながら付いて歩いているのだ。
そんなリムの表情から、後ろに付いてきているラバに乗る四人の事を気に掛けているのは明白だ。出会った頃はそこまで心配し合う程の間柄ではなかったのに、随分と変わったものである。
「まあ、こっちの方が距離的にも日数的にも目的地まで早そうだからね。それに、この顔触れじゃまた・・絡まれるだろうし」
最後尾にいたラバの手綱を引いて止め答えるのは、四人のリーダーであるトゥルースだ。
トゥルースもまた、変色石を取り扱う売人であるのだが、扱うのは|レッドナイトブルー(RnB)という種類の違う石である。一見すれば同業他社であり商売敵ではあるが、大陸一の高級品であるPnRを扱うアディックとリムに対しては特に敵対する理由もなく、石を扱う売人仲間として認識していた。
「……いえ、それもあるでしょうけど、かなり危険な道なんでしょ? あなたは兎も角、他の三人は大丈夫なの?」
リムの心配も尤もなところだ。過去に踏み込んだ事のある兄アディックは早々に引き返したとの事で、細く荒れた道だと言う。
しかし、その話を聞いた上でトゥルースはその危険だという道を進む事を選んだのだ。というのも、ここ数日の内に移動の先々でトゥルースの仲間であるティナやシャイニーに声を掛けてくる男の多さにみんな嫌気を差していた。
「ウチはルー君に何処でも付いて行くから……」
リムの疑問に即答したのは後ろ姿から声を掛けた男たちに罵詈雑言を並び立てられ続けたシャイニーだ。
それまでは孤児院内のあらゆる仕事をやらされていた事もあって碌に身嗜みも気にする事が出来なかったのだが、旅をし始めてから身綺麗にするようになってこういう事が多くなった。だからといって身綺麗にする事を疎かにする事は高級品の石を扱うトゥルースに同行する以上は出来ない。
すると、そのセミロングの銀糸の髪に目を惹かれた男たちが後ろから声を掛けてくるのだが、振り返ったシャイニーの顔を見てギョっとするのが定番だ。その銀糸の前髪で隠してはいるが、額から右頬にかけてクッキリとした火傷のような痕が目に入ってしまい、勝手に不快感を顕にし、勝手に腹を立てるのだ。
自分から声を掛けた訳でもないのに散々なシャイニーだが、その顔の痕は生まれながらの呪いであった。その為、気の弱いシャイニーは理不尽ではあるのだが、その批難の声にただただ謝るばかりだった。
「わたくしも反論はありません。ルース様が大丈夫だと言われれば、それに従いますよ」
次に声を上げたのは、老若問わず男ホイホイと化していたティナだ。
金糸ロングのサラサラな髪を纏め上げた上で顔もシャイニーと同様に化粧で誤魔化していたが、その化粧は痕を隠す為のシャイニーとは真逆であった。その人目を惹きすぎる容姿を誤魔化す為にわざと醜くなるような化粧をしていたのだ。みんなには秘密にしているが、それでも漏れ出す王国王女の気品は誤魔化しきれずに多くの男たちを引き寄せていたのだ。
集まる男たちを遠ざけるのにトゥルースだけでは対処出来ずにアディックも加わざるを得なかったのは、今後を考えれば頭痛の種である事は否定出来ない。
「安心せい、わしが付いとるでの。それに言う程は危のうあらせん。一部崖を通るくらいじゃ」
高々にそう言い切るのは茶色の髪をたなびかせる五歳前後の幼女姿のフェマ。だが、フェマが何と言おうがその姿の為に全て台無し、説得力の欠片もない。
道中でもシャイニーやティナにちょっかいを出してきた男たちに毒を吐きまくり相手の神経を逆撫でし続けてきた所謂爆弾娘なのだが、中身は本人も把握出来てないが実は176歳なのだ。徐々に若返っていく呪いの為に姿と思考が釣り合ってない事で小憎たらしい残念幼女となっていた。
だが、やはり年の功、この中では唯一ティナが王女だと気付いていたのだ。
「まあ、無理だと思えば素直に引き返すつもりだよ」
あくまで無理せず挑むという立場のトゥルースに他の三人も頷いて見せると、渋い顔を見せていたリムから深い溜め息が出た。
「みゃ~ みゃっ!」
「ほら、ミーアも大丈夫だってさ。たぶんラバたちも大丈夫なんじゃないかな」
そこに、ラバの首元で伸びていた白猫のミーアがその言葉に呼応するかのように一鳴きする
確かにこの三日ほどの間の事を考えれば、人のいない酷道を選択するのも已む無しとも言える。その事にやっと理解を示そうとかと思った矢先の猫の意見の主張に、また顔を歪ませるリム。
だが、そのミーアが本当は若い女性で、呪いによって猫の姿に変わっている事はトゥルースしか知らない。そのトゥルースでさえ何度もその姿を見たわけではないから、本当にそうなのかが時々分からなくなる事も……
そんなトゥルースの言葉に白い目を向けるリム。猫の意見が何の役に立つのだ、と。
「冗談は休み休み言いなさいよね。まあ良いわ。そこまで言うなら止めはしないけど、本当に危ないと思ったらちゃんと戻りなさいよ!」
「……そんなにも心配してくれるんだ。何だか悪いなぁ」
「なっ! ちょっ、勘違いしないでよねっ! あんたのせいで女の子や小さな子が犠牲に、なんて事になったら寝覚めが悪いからよっ!」
顔を真っ赤にして言い返すリムに、兄の生暖かい目が差し向けられた事で更に顔を真っ赤にさせた。
「本当はもう少し感情を制御出来れば、商談も容易くなるというものなのだがなぁ……なあ、リム」
「……兄さん、何もここで言わなくても……それは分かってるんだけど……それもこれもこいつのせいよっ! こいつが自分の都合でニナさんたちを危ない道に引き摺り込もうとしてるのが悪いのよ!」
ここで言うニナとは、ティナが自らの正体を隠す為の偽名だ。
トゥルースたち三人は一緒に偽名を考えた手前、その事は知っているのだが、実はトゥルースとシャイニーはティナの本当の名前が何なのかが分からなくなっていた。と言うのもティナの偽名のニナは本来ティルナニーナリティとし、そこからニックネームを考えたのだが、そのティルナニーナリティという名が本来の名前だとトゥルースたちに言い出したからだ。これはティナの正体を知るフェマが事前にこっそりティナと打ち合わせして尤もらしい理由を付けたのだが、本人も時々忘れるという覚え難い名前に付けられた今までのニックネームが王国王女と同じでは追い出された家に迷惑が掛かるという主張は納得せざるを得ない理由であった。
「まあ、それはそれとして……我らはこの先の町にある宿屋を目指すつもりだが、お主たちはどうするのだ? ここの村から先は少し先の牧場を過ぎれば奥の集落までは何もない。野宿になるぞ?」
妹の言い訳を無視してトゥルースに声を掛けるアディック。時間としては昼飯に軽食を口にしてからあまり時間は経っていないとはいえ、これから野宿確定の道に入り込んで行くには少しばかり遅い時間帯だ。
「この村には宿はないんですか?」
「宿はないが、教会がある。言えば泊めてくれるだろう」
トゥルースの後ろに座るティナの疑問にアディックが答えると、その言葉にシャイニーの顔色が変わった。十五歳になるまでずっといた孤児院は教会の運営だった事もあり、その過酷な生活を思い起こしたのだろう。
「……ニー、まだ教会が恐いのか? 連中は捕まってるから、もう心配する事はないんだぞ?」
シャイニーのいた該当の孤児院も教会も、官権や王国の教会本部の介入により関わる者全てが捕縛され、関係のない小さな子供たちも保護されて教会本部等の孤児院に入れられていた。
その大捕物は目の前で起こった事なので頭では分かっていたが、長年の苦行で身体に染み付いた恐怖は中々抜けきらないのだった。
「……シャイニーさん、そんなにも教会がキライなの? 守られし首飾りを持ってるのに?」
守られし首飾りとは、大陸中でも百個と出回っていない教会が全力で守るべき人物を示す首飾りである。シャイニーを孤児院・教会ぐるみで虐げていた者たちが捕まった際に王国の教会本部からシャイニーに贈られた物で、それを持つ人物は大陸中の教会だけに止まらず信者からも全力で守られるという、ある意味で大きな権力を秘めた首飾りだ。
この首飾りを持っていれば教会を恐がる事はない筈なのだが、シャイニーはその過ぎたる力に嫌悪感を示して服の中に隠してしまっていた。悪用されればたちまち悪い結果をもたらすその力は乱用するものではないと本能的に悟っているのだろう。
トゥルースを初め仲間たちが宥める中、その様子に首を傾げるリムに、トゥルースはその事をオブラートに包んで伝えた。すると顔を顰めたリムに代わってアディックが自分の意見を口にした。
「ふむ。であれば我慢出来ぬ事があった場合になってからその首飾りを差し示せば良いのではないか? 今まで立ち寄った教会は何れもそう悪い所はなかったし、そう過剰に気にする事もないだろう」
その意見にはアディックと行動を共にするリムも同意のようで、うんうんと頷く。
「逆にそういう駄目な教会を見付けたら他の教会や信者に知らせてギャフンと言わせてやれば良いやってくらいの事を考えてれば良いんじゃない? 自分と同じ境遇の子がいたら助け出してあげるくらいのつもりで、ね?」
そんなリムの言葉に、顔を漸く上げるシャイニーであった。




