√真実 -012 誰を選ぶ?
「「「「「……はぁ?」」」」」
か細い光輝の声が静まっていた教室内に響き渡ると、暫くその言葉を理解出来なかったクラスメイトたちが首を傾げながら一斉に声を上げた。
「なぁ、今、黒生が何か喋ったような気がしたんだけど」
「ああ、奇遇だな。俺もだ」
「あれ? お前もかよ。みんな一緒に空耳が聞こえるなんて、何かおかしな現象だよな」
「「「「「あは、アハハハハ」」」」」
現実を受け止められない男子たちが目を逸らす一方で、女子たちは騒然とした。
「ちょっと、今のって黒生だったわよね」
「あたし、黒生さんの声、授業以外で初めて聞いたかも」
「いやいや、それはないでしょ。ほら、和多野さんと布田君の夫婦漫才止めてたじゃない」
「あっ! そういえば…… でもあの子、副級長にってタマじゃないわよね?」
「でも、あの夫婦漫才を止めるくらいだし、正義感はあるんじゃない?」
「あ~、それはあるかも」
「いや、あれはみんなが困っていたからじゃない? ほら、困っている人を放っておけないオバチャンみたいな……」
「「「「「ああ~」」」」」
このオバチャン説に何となく納得した女子たちだが、それでも光輝が副級長に立候補する程の理由としては違和感がハンパない。
「ねぇ、さっきの黒生さんって、何か条件出していなかった?」
「あ、そういえば。飛弾くんが級長になるのなら、って言ってたような?」
「あ、そうそう。それよ、それ……って、え? もしかして黒生さんって飛弾君の事を?」
「そういえば夏休み前から黒生って飛弾のところへよく行ってたような……」
「え? 秦石君じゃなくって? え? それってどういう事?」
「どういう事って、アンタ鈍いわね。そういう事なんじゃないの?」
「えっ!? 嘘っ! コウキってそういうのに一番縁が遠いと思ってたのに!?」
名探偵ジョシ~ズの名推理が炸裂するが、最終的に色恋沙汰に行き付くのはお年頃の女の子としては至極当然の結果だ。
「でもさ、ちょっとあからさまじゃない?」
「だよね~。条件が条件だし、ね~」
「あ~、まさのりくんがきゅーちょーになるなら~、って? もしかしてもう付き合ってたりして~」
「「「「ないないない」」」」
「いや、あるかもよ? だってさ、夏休みの出校日に飛弾が包帯まみれだったのを見て泣き崩れてたじゃない」
「あ~、あったね~そんな事が」
「そういえば和多野たちが秦石君に着いてくるなって言ってたわね」
「あ~あれ、ちょっとムカついた。秦石君が気に掛けたってのにさ」
「あれ、女の子の日だったんじゃない? で、情緒不安定だったり?」
「えっ!? そうだったの? でもそういう事なら秦石君相手でも仕方ないか~。流石にそういう事は知られたくないし」
「ねぇ、あの子って初潮だったんじゃないかな。今までポーチを持ち歩いてるところ見た事なかったし」
「え!? ちょっとそれ遅くない? 殆どの子は小学生の時でしょ?」
「あ、あたし去年だった。人によって随分と開きがあるから心配しなくて良いって言われてたけど……でもあたしより一年も遅い子なんて、そんなにいないかも……」
徐々に脱線していくのは中学生なら男女ともにあるあるだろうが、男子には聞かせられない話題である為、ひそひそ話となっていた。そんな女子たちを見て、男子たちは女子たちと溝を作る事もままあるのだが、男子側にも非はある。男子がひそひそ話をするのは、だいたいがエロ話だからだ。勿論、女子たちにはその事はバレバレであるので自業自得であった。
「でも良いの? 一番ありえない黒生に副級長なんて押し付けて」
「確かに……あの子じゃクラスを纏めるのは無理よね」
「でも本人がやりたがってるんだから良いんじゃないの?」
「いや、そういう事じゃ無くてさ…… あたしたちの方があの子よりも下に見られない?」
「あ~。黒生が副級長になったら、私たちはその級長選で負けたとか候補にすら推薦されなかったって言われるかも」
「それか他のクラスから見たら、イジメで私たちがあの子に押し付けたって見られるかもね」
「えっ! それちょっと不味いんじゃない?」
一般的に女子は人の上にはあまり立とうとしないが、下に見られる事を嫌う傾向がある。兎に角、女子は横並びの位置にいなくてはならないのだ。
これは女王蜂シンドロームと呼ばれる現象に繋がるのだろうが、中学生がこの言葉を知る訳がなく直感的にそうしているのは流石と言わざるを得ない。一部にそれを外れて人の上にいたがる者はいるが、やはりそういう者はそういう者同士でしかつるまない傾向にあった。問題児三人とつるんでいる女子三人組だ。
三人は他の者に対して特に秀でているものは何もないにも関わらず、人を馬鹿にするような態度が散見され、他の女子たちからも嫌われていた。虎の威を借る狐である。何かと威張りくさる問題児三人組に力を求めた形だ。
「これはちょっと決められないんじゃないか? なあ、秦石。やっぱりお前が級長をやってくれよ」
「いや、さっきも言ったけど、受験に専念したいんだ。それに今のタイミングで決めるとなると、期間が随分と長いだろ?」
「そういや、普通なら十月だっけ、級長選は。何でこんなにも早いんだ?」
智樹に質問したクラスメイトだけでなく他の者も首を傾げながら、言い出しっぺの尾桟に視線が集まる。
「いや、その、何だ……修学旅行が目前だろ? 何かと大変なイベントを無事に乗り越えたかったと言うか……ま、何だ。そういう事だ!」
「……おっさん、もしかして秦石を級長にして楽をしようと?」
そんな質問に、尾桟は視線を窓の外へと逸らした。どうやら的中らしい。いつもは渾名で呼ばれれば注意する尾桟だが、疚しい事がある時に口を噤む癖が出てしまった。
「なあ、おっさん。そもそもこの時期に級長を代える必要はないんじゃないのか?」
「えっ!? それってどういう事だ? 秦石」
尾桟に投げ掛けた質問に、クラス中の視線が智樹と尾桟に集まる。しかし、都合が悪いのか尾桟の視線は相変わらず窓の外だった。
「どうもこうも、いつも通り十月でも良いって事だよ。他のクラスは前期の級長に問題のあったらしい一組以外はやらないって話さ」
「えっ!? それって……」
「まさか麻野が問題を起こしたって事か?」
「それで早めに級長を代えるって?」
「いや、克俊に限ってそれはないだろ!?」
「まさか夏休み中に何か!?」
「いや、待て待て待て! みんな早まるな、麻野は問題なんて何もない!」
流石にそんな誤解を与えたままなのはいけないからと尾桟がそれを否定するが、ではどうして? という話になる。
「じゃあ多鍋か?」
「多鍋が問題を起こすなんて、一体何が?」
「ちょっと男子! 幸紀が問題なんて起こす訳ないじゃない!」
「そうよそうよ! 幸紀が問題なんて起こす訳……ないわよね?」
「何もしてない、よね? 幸紀」
男子の追及から副級長の多鍋を守る為に声を上げた女子たちであったが、その擁護の声も徐々に自信なさ気に萎んでゆく。
が、その非難合戦を慌てて止めるのは、その火付け役の尾桟だった。
「待て待て待て待て。みんな落ち着け。今の級長、副級長に問題はない! あるのはお前たちだ」




