√真実 -011 級長選の行方
「なら飛弾にやらせておけば良いじゃんかよ」
その声が発せられたのは最後列だ。クラスのみんなが、え? と振り向く。
「ああ、そうだそうだ。級長なんて誰がやったって変わらねぇんだろ?」
「そいつは表彰されるくらいご立派なんだ。なら級長なんてお手のもんじゃね?」
「男子みんな級長をやりたがらないんなら、それもいいんじゃない~?」
「喧嘩したのに表彰されるなんてね~。あたしらには真似できないわ~」
「キャハハ! どうなるか楽しみね」
ケタケタと婢げた笑いを溢すのは、このクラスの問題児三人組とそのお仲間の女子三人だ。こういう討論の場ではほぼ発言する事の無い者たちの発言で、教室内に不穏な空気が立ち込めるのが分かる。
そんな中、その声に智樹の顔からスッと柔らかさが消えて冷たい視線がそちらに刺さった。
「おまえら面白半分で級長を選んでんじゃねぇぞ!」
普段は一切見せない、智樹のそんな雰囲気を目の当たりにしたクラスのみんなが、目を剥いて固まった。中にはヒィ! っと小さな悲鳴を上げる者まで……
みんなを纏める役である現級長の麻野も、智樹のその豹変ぶりに言葉を失い固唾を呑むが、それもその筈だ。余程の事がなければ、問題児たちは級長をやるような者とは、対立してまで関わる事は滅多に無い。頭脳派であり味方の多いムードメーカーやリーダーシップの取れる者をわざわざ相手に敵対する者はそうはいないだろう。
「ああん? 秦石、てめぇさっきクラスの奴らが飛弾を持ち上げた時と態度が全然違うじゃねぇかよ!」
「そりゃ違うのは当たり前だ。みんなは候補者を挙げながら議論してたんだ。お前らは面白半分じゃないか! 今選ぼうとしている級長は何となくで選ぶものでも、人気投票で選ぶものでも、況してや面白半分で押し付けるものでもないぞ! 分かってんのか? ちゃんと役目を果たせるかどうかで選ぶものなんだよ!」
世間では国会議員や市議会議員などの選挙で、各政党が芸能人やスポーツ選手などの有名人を議員候補として推薦する事がままあるが、あれなど愚の骨頂ではないだろうか。
人気だけで票が集まってしまうのも問題であるが、それで当選した者たちの内、どれだけの者が議員としての仕事を全うできると言うのか。聞くところによると政治には全く無知の芸能人が票集めの為に政策を芝居で語り奔走させられ、いざ当選したら慌てて勉強し出すという。それなら高校を出たばかりの若者にも務まるという低レベルな話だ。ホイホイと大切な票をそんな奴らに投じず、ちゃんとじっくりと考えて欲しい。
と、政治的な話は変な人たちが湧くのでここまでにして(意見されても答えませんよ)、学校の級長程度なら人気投票になってしまっても良いだろう。クラスを纏める事が出来れば良いのだから。
しかし、それを半ば罰ゲームのようにおふざけでやるべきではない。
「テメェ! 頭が良いんだか何だか知らんけど、俺らを馬鹿にしてるだろ!」
「馬鹿にしてるだって? それはお前らがだろう。いつもは学活なんかでも殆んど参加せずに関係ない話をしてばかり、たまに口を開いたと思ったら個人を攻撃する言葉……ふざけんじゃねぇ!」
シンと静まる教室内。
こういった生徒主導の時間もなるべく教師は教室内に留まるが、出来る限り口出しはしない。とは言え、何か重大な事や騒ぎがあれば介入はするが、この時は担任の尾桟も他の生徒同様、智樹の剣幕に圧されて介入のタイミングを逸していた。現級長の麻野も然り、だ。
「だいたいお前ら、一体何がしたいんだ? 誰かが困るのを見たいのか? それとも誰かよりも優位な立場に立って優越に浸りたいだけなのか?」
「うっせえ、理由なんてねぇよ! てか、テメェの方から喧嘩を吹っ掛けてきたんだろ? そもそもテメェが級長にならねぇって言い出したのがいけねぇんじゃねぇか!」
「問題はそこじゃねえ。お前らが級長選に対して背徳的かつ冒涜している事だ」
クラスのみんなは候補として真実を挙げたに過ぎない。真実では役不足だと思うのなら、別の人を推すだろう。だが、問題児たちは明らかに真実を標的に困らせようと発言している。
今までに何度も級長を務めてきた智樹は、そんないい加減な発言に過剰ながら反応したのだ。
「はい、とくてき? てか、テメェ以外なら誰でも同じだって他の奴らだって言ってたじゃねぇか! なら名前の挙がったソイツにやらせれば良いだろ! 俺ぁ何か間違った事を言ったか!?」
「そこまで吠えるんならお前らがやれば良いんじゃないか? お前らが望む通り、人の上に立つ事が出来るぞ? 誰でも同じなんだろ? おい、麻野、多鍋。級長と副級長候補にそいつら六人の名前を挙げておいてくれ。」
級長なんて思っているよか大変だからな、と小さな声で呟くが、教室内が静まっているのでクラスのみんなの耳に入る事となった。
だが、級長が大変な事は誰もが知るところだろう。無意味に騒ぎ立てる男子に全く関係ない話に花を咲かせる女子。コソコソと内職する者があちらこちらにいるかと思えば紙を丸めてキャッチボールを始める輩……学活等、生徒主導の時間を纏めるのはかなりの重労働である事は、迷惑を掛けている者たちの方もよく知っている。だからこそ皆がやりたがらないのだ。
「おい、待て! 冗談じゃねぇぞ!」
「ああ、冗談じゃないぞ。お前らだって真実を推したのは冗談じゃないんだろ?」
「むぐっ!」
ここで冗談だったと言えば負けになるので引くに引けなくなってしまうが、そうすれば今度は自分たちも級長の候補者として名前が挙がってしまう。どちらにしろ負け戦であった。
どうせ負けなら、格好悪い選択肢は選ばず意地をツッパるのが問題児たちである。途端にこれ以上ない不機嫌な顔を並べて黙り込んでしまった。
「だけどよ、他に適任者なんているか?」
「いや、マジで思い浮かばねぇ」
「部長、出番だぞ?」
「……それ、渾名だけで言ってるでしょ? ボクにそんなの出来る訳ないよ」
「だよな……じゃあ浜沼、お前やれよ」
「やだよ、お前ら騒ぎ出すと止められねぇもん」
男子で押し付け合いが始まった頃、女子の方でも同じ現象が始まっていた。
「ちょっと、副級長は誰がやるのよ」
「そりゃあこの顔触れなら経験者のサッチーじゃない?」
「えっ!? ちょっと待って! あれは級長に助けて貰ってたから出来ただけで、麻野君や秦石君が相手じゃなかったら絶対無理! もし選ばれる事になったらあたしも辞退するから!」
「ちょっと待ってよ、じゃあ誰がやるの? 他に経験者なんていないし……」
「あんたやりなさいよ、部長だったんでしょ?」
「冗談言わないでよ! 部員五人で三年は私一人だったから仕方なくやってただけの、形だけ部長だったんだよ!?」
級長は騒ぐクラスメイトたちを抑えた上で意見を纏める役、副級長はそれを補助しつつ書記の役も担う。担任への報告書作成は二人の役だが、字の綺麗な事の多い副級長が書く場合が大半だ。
勿論、負担が無いようにベースとなる様式が用意されている。とは言え、副級長一人で書き上げるものではなく、話を纏めた級長も一緒になって書き上げるのが通例である。その為、級長と副級長が仲良くなってくっつく例も多い。現副級長の多鍋も候補として名が上がりかけた南之も、秘かにそれを狙っていたのはここだけの話だが、肝心の智樹が候補から辞退してしまうという想定外の事が起こり、南之は半ばパニックとなっていた。
加えて級長の候補に挙がっているのがリーダーとしての力が未知数の真実と、誰もが想定すらしなかった問題児三人組である。絶対回避しなければ、思いもよらない火の粉が掛かる事は想像に難くない。女の戦いが静かに始まっていた。
「じゃあ、どうする? 飛弾で決まりってか?」
「ええっ!? ちょっ! 待ってよ、俺だって無理だから! 今まで俺の言う事を聞いてくれた人なんていないでしょ!」
「「「「「……だよな~」」」」」
真実の言葉にはみんなも納得する。今まで智樹以外とは積極的に接する事がなかった真実を、知らないところで活躍して表彰されたというだけで級長に仕立てあげるのに抵抗があったのだ。
「もしそうなった場合としても、女子の方が問題だよな」
「まずやりたがる奴はいないだろうな」
「すると、あの三人の中の一人が飛弾と?」
「「「「「ない、ない、ない!」」」」」
どう考えても仲良く出来るとは思えないと、みんながそれを否定する。
いよいよ意見も出尽くして議論も窮する中、そっと小さな手が挙がった。
「あの……真実くんが級長になるなら、ウチが副級長になっても……」
このクラス内で最も級長、副級長から縁の遠そうな光輝だった。
一話で終わる予定が、まさかの三話分割に……
問題児たちが絡む予定じゃなかったんですよね(^_^;




