√真実 -010 踊る級長選
「悪いけど、辞退させてくれ」
体育館での始業式が終わって教室に戻ると、三時間目は席替えと少し早い後期の級長副級長の選出が行われた。
始業式では姿を見なかった校長がいつものように有り難くも迷惑な長い話をした。その中で事故がなく一人も欠ける事なくこの日を迎えられた事を喜ぶ一方で、事件に巻き込まれた者が何人もいた事が挙げられた。この時点で嫌な予感がした真実であったが、その流れで夏休み中の出校日にも壇上に上がっていた警察署の署長が再びマイクを握った。
夏休みは一年の中でも特殊な期間である。殆どの者が薄着になり涼を求め様々な場所に出入りする。中にはそれを狙って悪さをする者も少なくない。ターゲットにされるのは弱者である学生だ。幸いにもこの学校の生徒には事故もなければ連れ去り等の重大な事件は無かったが、金銭の要求等のタカリやユスリの被害は明らかになった分だけでも何件もあったと言う。
ただそれは明らかになった分だ。潜在的な被害はその何倍もの数字となるだろうし、逃げ出して難を逃れた数も少なくはなくだろうと。
そんな中で恐喝暴力事件に巻き込まれて怪我をした真実の事は既に知れ渡っているが、その後に再び暴力事件に遭い逮捕に導いた貢献者である事が報告された。加えて感謝状の贈呈である。もう誤魔化しの利かない状況だ。
だが提出物を職員室に運んでいたせいで式に少し遅れて体育館に入っていた為、最後尾にいたおかげで視線を集める時間が短かったのと、式が終わって移動する際に真っ先に逃げ出す事に成功した。教室に戻るのも少し遅れ気味にした事で未だにクラスメイト達からの追及には遭っていなかった。
席替えはクジ引きの案が出たが、修学旅行が近い事もあってその班で固まった方が良いのではという意見が支持され担任の尾桟もそれに同意し、班の席の位置を決めるだけに止まった。リーダー役になっていた智樹の選んだのは最前列、それも真ん中だ。最も人気の無い席だった為、真っ先に決まった。反対に最後列の南窓際は奪い合いとなって決まるまでに相当の時間が掛かった。
そして漸く席が決まってからの級長選出で、候補に名の挙がった智樹が手を挙げ辞退したのだ。これに動揺したのは尾桟だ。
「おい、秦石。それはどういうこった!」
「どうもこうも、オレは受験に専念したいし、こんなに早い時期に後期の級長になったら任期がそれなりに長くなるだろ? それに一年の時も二年の時も半強制的にやらされたんだし、そのくらいの我儘は通させてもらうぞ」
「じゃあ後期の級長は誰がやれって言うんだ! 俺は最後の任期はお前がやれば安泰だと思ってだなあ…………ぁ」
いつもは自分の事を先生と呼ぶ尾桟が、素であろう俺と声を荒げて口にするが、動揺しすぎである。本音が駄々漏れで、智樹に級長の座を押し付ける気満々なのがバレバレだ。しかも他に適任者がいない事を自ら認めているようなその発言も問題であろう。
「いや、そのな。他にも適任者はいるぞ? 今のはナシ。無かった事にしてみんなで選ぼう、な、な!」
必死に取り繕おうとする尾桟だが、その言葉に説得力はもはや無いと言っても過言ではない。しかし、尾桟が慌てるのも仕方のないところだろう。
クラス替えは基本的に旧担任の意見を纏めて教頭や学年主任等の管理職が最終的に決める。各クラスの学力が均等になるようにとは、よく聞く言葉だろう。他にも合唱コンクールの為にピアノが弾ける人を振り分けるとか、イジメ等をしやすいグループをバラけさせるとか…… その中でもよく聞くのはムードメーカーやリーダーシップの執れる者の割り振りだ。智樹は間違いなくそれに当て嵌まっていたが、尾桟は当時、決定されたクラス表に智樹と現級長麻野克俊の二人の名前を見付けてガッツポーズをした。学年内でも一、二を争う人気の二人が揃っていたのだ、送り出す側としては文句の言いようもない最高の割り振りだった。
その智樹が級長選を辞退したのだ、動揺するのは当たり前で他にクラスを牽いていく人材は尾桟には思い浮かばなかった。そんな出来レースだった筈が、何故か本人の辞退という前代未聞の事態に、混乱するのは尾桟だけではなくクラス全体に及んだ。
「おい、秦石。マジでやらないつもりか?」
「おいおい、嘘だろ? 秦石。冗談はよしてくれよ、マジで」
「お前以外に誰がやるってんだよ」
「麻野は前期にやっちまったし、他に級長なんて出来る奴はいないぞ?」
「お前、前に自分がやった方が面白くなるって言ってたろ。お前やれよ」
「ばっ! 馬鹿言うんじゃねえよっ! 前期ならちょっとくらい無茶しても後期の奴の印象で誤魔化しが利くけど、後期の、それも智樹の代わりだなんて勤まる筈ないだろ!?」
男子からは大ブーイングが起きる一方で、女子からは黄色い悲鳴が上がった。
「えーっ! 嘘でしょ~!?」
「秦石君、級長やらないのー!?」
「わたし、秦石君の級長やる姿が見たかったのに~!」
「じゃああたし、副級長に立候補するの止める~」
「バカ、あんたじゃ副級長なんて務まらないわよ!」
「卒業アルバムはどうなるの? 真ん中に先生と秦石君が並ぶと思っていたのに……」
主に男子は智樹がやらなければ誰がやるのかの心配に対して、女子は夢見る夢子ちゃん病を露見させていた。普段は男子がガキっぽさ全開、女子が現実的であるのに対して、まるで正反対の意見が出た形だ。
勿論、そんな話は全く聞いてなかった真実たちも眉を顰める。
「なぁ、智樹。本気で言ってるんか?」
「何を言い出すかと思ったらトモ、お前随分と思い切った事を言い出したな」
「秦石君て、級長やる為にいるようなもんでしょ? どうすんのよ」
「そうよ、ハタイシ。元々前期でもアンタとアサノとで票を分けてたじゃない。気でも狂った?」
「……みんな落ち着いて、ね? ね?」
一人だけあわあわとする光輝以外が智樹に詰め寄るが、当の本人は黙って周囲の反応を伺っているばかりだ。
そんな中、とんでも発言が飛び出した。
「あっ! そうだ! ならよ、さっき表彰された飛弾を級長にするってのは?」
「おっ! いいね~、その案!」
「秦石がやらないんなら誰がやっても一緒だしな!」
「よし、飛弾も候補に挙げてくれ、麻野。他には候補者いないか~? いなけりゃ飛弾で決定になっちまうぞ?」
「てか、飛弾。詳しい話を何も聞いてないんだけど、何があったのか話してくれるんだよな、な」
他にやりたい者がいない以上、深く考えずに誰かに押し付けるのが男子のやり方である。ほぼノリで祭り上げられた真実が声にならない声を上げる一方で、女子たちから非難の声が上がった。
「ちょっと男子ィ! それは流石に駄目じゃない?」
「そうよ、そうよ。自分たちが楽しようとしているだけじゃないの?」
「いくら飛弾が表彰されたからって、クラスを纏められるのかは別問題だわ!」
「もっとマシな人はいないの? 男子は麻野君と秦石君以外はクズばっかなの?」
「ホントそれよ! 飛弾君の号令を聞かなきゃいけないなんて、どんな罰ゲームよ!」
このままでは強制的に級長にされてしまう! といいかげんな事ばかり言う男子たちの言葉に顔を青くしていた真実だが、今度は現実的な意見の女子たちの言葉にこてんぱんに打ちのめされて沈み込んだ。クズ呼ばわりだけでなく、罰ゲームとまで言う事はないのにっ! と。
すると、励ますようにそんな真実の肩をポンポンと叩いた智樹が、ハァと溜め息を吐いた。
「お前ら、どんだけ人任せにした挙げ句に他人を扱き下ろすつもりだよ。同じクラスの仲間だろ? どうしてもっと話し合って解決しようとしないんだよ」
すると、何処からともなく秦石が辞退なんてするからだろ? と小さな声が聞こえてきたが、その方向を向くように智樹が身体を捻る。
「オレが何の考えもなく辞退なんてすると思ったのか?」
「だけどよ、お前が級長選から抜けてしまったら、他に誰が級長なんてやるんだよ。言っとくけど、俺は級長なんてやる質じゃないから御免だからな」
一人が代表してそう言うと、他の者たちも級長職はやりたくないと口々に漏らす。
「それを言ったら真実だってそうだろ。ま、オレは真実でも面白そうだとは思うけどな」
「ちょっ! と、智樹……」
何を言い出すんだ? と抗議の声を上げる真実だが、智樹は真実にニヤリとするだけだ。何処まで本気なのか分かったものじゃない智樹の冗談には正直胆を冷やす真実。
すると、教室内にからからかうような声が。
「なら飛弾にやらせておけば良いじゃんかよ」




