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【現】23.本音

 たいした会話もないまま、三人でママレードの店の前までやってきた。入り口の扉を開けると、渇いたようなカランカランという鐘の音が響く。店内を見回すと、十席も満たない席にちらほらと坂都生の姿が見えた。誰も会話に夢中で、鐘の音など気にもしていなかった。

「いらっしゃい。学校お疲れ様」

 店長のあいさんは、花柄のエプロンに今日は朱色のバンダナを頭に巻き、普段と変わらない格好と笑顔でカウンターの後ろから迎えてくれた。私たちは通りに面した窓側のテーブルに座った。奥から香織と私が並んで座り、向かいには亀田さんが座った。窓越しの通りを見ると、家路へと帰る学生や自転車に乗った学生が疎らに見える。座り一息つくと、あいさんがおしぼりを運んできてくれた。

「ケーキセット三つください」

「はいはい、少し待ってちょうだいね」

 優しい笑顔でお辞儀をすると、あいさんは小走りにカウンターへと戻っていった。

「亀田さん」

 私の呼びかけに、目の前に座る亀田さんは腕組みをしたまま視線をこちらへと向けた。

「さっきも言ったけど、二人は私への嫌がらせと香織の嫌がらせを認めたよ。二人が言うには、亀田さんが指示したからやったらしいけど……それは本当なの?」

 表情を変えないまま、私の顔を見ている。少し間を空けると、亀田さんは落ち着いた声で言った。

「そうよ。私が二人に頼んだのよ」

 教室でいつも見る、にっこりとした亀田さんでもない。人を馬鹿にするような顔でもない。ただ淡々とした表情だった。見つめられる瞳には何の思いも感じられない。腕組みをする亀田さんは姿勢を崩さないまま、じっと私を見ていた。少し沈黙が流れていると、あいさんがケーキセットを三つ運んできてくれた。

「はい、ケーキセット三つね。ごゆっくり」

 にこっと笑うとあいさんは再び背を向けカウンターへと戻っていった。亀田さんはさっそく運ばれてきたケーキセットのショートケーキにフォークを入れた。そして一口食べ、まんざらでもない表情で何度かうなづいている。

「ちょっと、それだけ?」

 思わず口に出た。が、私の言うことを無視するかのように再びケーキにフォークを入れた。すると、隣に座っている香織が「亀田さん」と言うと、反応した亀田さんが視線をケーキから香織に移した。

「どうして……そんなことを頼んだの?」

 亀田さんはケーキに差していたフォークを皿の上に置いた。ケーキと一緒に運ばれてきた紅茶の入ったティーカップを手に取り、一口飲んだ。

「池口くんを取られたくなかったから」

 そう言い、再びティーカップに口をつけた。亀田さんは飲みながら窓越しの通りをぼーっと眺めている。反省をしている風でもなく、その言葉にも何の気持ちも感じられない。私たちのに何か訴えるわけでもない。私が口を開こうとした瞬間、それに気がついた香織が手で制した。香織を見ると、いつになく真剣な表情だった。亀田さんを見る目が一段と厳しい。じっと亀田さんを見つめ、瞬きを忘れているのではないかと思うほど強い眼差しだった。

「私……亀田さんが最初に池口くんにアタックしようかって思ってるって聞いたとき、まだ池口くんのこと何とも思っていなかったよ」

「……そう」

「取られたくなかったって……どうしてそう思ったの?」

 すまし顔で外を眺めていた亀田さんが突然、持っていたティーカップを乱暴に置いた。

 ようやく目を合わせた亀田さんだったが、怒ったように頬を赤らめている。眉間に皺を寄せながら、堰を切ったようにしゃべりだした。

「……何なの?さっきからあんたたちは私に何をしゃべってほしいわけ?確かにあんたたちにやった嫌がらせは全部私が指示したことよ。だから何だって言うのよ」

 熱くなっている亀田さんとは対照的に、香織は至って冷静な口調で言った。

「亀田さん、きっとまだ本当のことを隠していると思う。それを話した上でちゃんと謝ってほしいの」

「謝れ?なんで私があんたたちに謝んなきゃいけないのよ!」

 その大きな声のせいで一瞬あいさんがこちらを見た。が、すぐにカウンターの下に目線を落としている。一方亀田さんは、冷たく恐怖さえ覚えるような目つきで私を睨んできた。亀田さんが握りこぶしをわなわなと震わせながら言った。

「大体あんたのせいで……!」

 が、それ以上言うことなく唇を強くかみ締めている。私はわけがわからず、その様子をただ黙ってみるしかなかった。一方、香織はなだめるような優しい口調で話しかけた。

「きっと……亀田さんにも何かの思いがあってこんなことをしたんでしょ?それが私への誹謗中傷であっても聞きたい。じゃないと私……池口くんとちゃんと向き合えない」

 香織は申し訳なさそうに目線を落としている。

「ずっと心の隅に引っかかってるの。私、亀田さんから池口くんを奪ったんじゃないかって」

 香織はゆっくりと息を吐くと、すっと顔を起こした。

「でもだからって……池口くんと離れたくない。私も取られたくないから」

 その顔は真剣そのもので、強い意志が見られるような表情だった。睨んでいた亀田さんも少し圧倒されているのか、顔の力が抜けていっているようだ。

「あっそ……。結局、私の嫌がらせが香織ちゃんと池口くんを引き合わせる結果になるなんて……馬鹿みたい」

 自嘲するかのように亀田さんは鼻で笑った。残ってた紅茶を一気に飲み干し、残っていたケーキも二口ほどで食べた亀田さんは、一呼吸入れるとうつろな表情でしゃべり始めた。

「……私一年の時からずっと池口くんを知っていたのよ。たまにこっそり試合なんかも見に行ったりして……気づいたらずっと池口くんばかり見てた」

 その言葉で、夢幻郷の時に忍び込んだ亀田さんの部屋を思い出した。池口の写真があったのだ。

「でも池口くんは私のことなんて見向きもしなかった。……だって池口くんもずっと香織ちゃんのことを見ていたんだもん」

「え……それじゃ、亀田さんは池口が香織のことを好きだってこと知ってたの?」

 驚く私を亀田さんは視線だけちらりと見たが、何も言わず再び視線を落とした。

「……それでも諦めなかった。私は自分に自信があったから。女子も男子も私のことを誉めてくれる、きっと池口くんも私のことを見てくれると思った。だけど、池口くんはそんなことなかった。だから池口くんと同じように学級委員長になった。私のことを見てくれると信じて。だから今だと思った。気持ちを伝えるのはこのタイミングだと思ったわ。だけど、席替えで池口くんの隣に香織ちゃんが来たのよ」

 亀田さんは大きく息を吐いた。

「……悔しかった。何もしていない香織ちゃんに池口くんは嬉しそうな顔をしてしゃべってた。正直ムカついたわ。なんで私じゃないのってね。だから、嫌がらせをした。池口くんに近寄るとこうなるってことを分からせるためと、二人を引き離すためと。……あの朝のSHRで香織ちゃんをクラスから浮かせることができて、ようやく想いを伝えられるチャンスだと思った。ずっと想っていたこの気持ちを伝えられるんだってね。だけど……」

 再び亀田さんは握りこぶしを作り、力がこもっているのかぷるぷると震えていた。

「週明け、いきなり二人が付き合うと言い出した。ショックだった。香織ちゃんの肩を抱いていた池口くんの顔は……私も見たことないような嬉しそうな顔だった。あんな顔を見たら……想いを打ち明ける気にもならなかった。もう……私にはチャンスさえなくなったんだと思った。でも、どうしていきなり二人が付き合うようになったか不思議だった。……でも友達が教えてくれたのよ。木元さんが二人をくっつけようと遊園地に誘ったってね」

 冷たく鋭い視線が私に向いた。

「……あんたは私の想いを踏みにじってくれたのよ。ようやく想いを伝える決心がついた矢先だったのに……それさえもできなかった。香織ちゃんが池口くんに告ったならまだしも、何の関係もないあんたにそれを阻まれるなんて思いもしなかったわ。それなのに、あんたは『池口は香織のことが好きだった』の一点張り。……ふっ笑っちゃうわよね」

 そういうと亀田さんは立ち上がった。かばんから財布を取り出し、テーブルの上にお金を置くとかばんを肩から提げた。

「納得した?これが私の本音。もう私から話すことはなにもないから。嫌がらせももうしないからこのことは誰にも言わないで。じゃ」

 髪をかき上げながらその場を去ろうとする亀田さんのかばんを、香織はとっさに掴んだ。

「待って!亀田さんは……それで本当にいいの?」

 握っている香織の手に力が入っているのか、かばんに皺が寄っている。亀田さんはすぐに香織の手を振る払うことはせず、黙っていた。その横顔は怒るわけでもなく、ただ呆然とうつろな瞳だけが見えた。

「……もういい。香織ちゃんが池口くんのことを好きなら、私の出る幕なんてないもの」

 そう言うと亀田さんはぐっとかばんを引っ張った。その力に負け、香織はかばんから手を離した。そして、亀田さんはママレードの入り口の扉へと足早に行き、あの渇いたような鐘のカランカランという音が聞こえてきた。

 寂しそうな亀田さんの背中を見送ったあと、私の心が急に締め付けられる感じがした。胸に手を当てるとドキドキと私の心臓は忙しく動いていた。何か落ち着かない。嫌がらせもやらないと言ったし、なぜ嫌がらせをしたのかもわかった。全て解決するはずだ。そう頭でわかっていても、動悸は収まらなかった。

「香織……私は……どうしたらいいの」

「え?」

 動悸を落ち着かせようと思わず言葉が出た。しかし、それでも止まらない。じっとしていられなかった。すっと立ち上がる。

「私、亀田さんの気持ち知ってた。なのに、私無視してたのよ……。池口と香織が好き合ってるんだから、亀田さんの気持ちなんて関係ないって。……嫌がらせのことを許したわけじゃないけど……このままじゃ私の気持ちが治まらない!」

 私はかばんを手に持ち、香織に頭を下げた。突然のことに香織は慌てているようだ。

「ちょ、ちょっと。らむ、いきなりどうした……」

「ごめん香織。私、亀田さんと池口を二人で話をさせたい!」

「えっ」

 香織の動きが一瞬止まった。私は頭を下げたまま続けた。

「すっごい自分勝手なこと言ってると自分でも思う。でも……このままじゃ亀田さんに申し訳ないの!二人だけにすることが正解なのか間違いなのか全然わからない。でも、でもこのままじゃ……」

 すると、ぽんと香織が私の肩に手を置いた。そっと顔を上げてみると、香織が微笑んでいた。

「らむ。どうして、らむが私に頭下げなきゃいけないの?」

「だ、だって、池口は香織の彼氏でしょ……それなのに……」

「……私は池口くんのこと信じてるから」

 にこっと香織が笑った。しゃべる前に一息吐くと、香織は言った。

「……私も、亀田さんはもういいなんて言ってたけどたぶん違うと思う。だからきっと、らむの行動は間違いじゃないよ。でも私は……ケーキ食べたら先に帰るね」

 そう言うと香織は椅子から立ち上がり、道を避けてくれた。

「ほら、きっとまだ遠くに行っていないよ。らむの運動神経なら追いつけるよ」

「香織……ありがとう」

 私はかばんを握りなおし、駆け足でママレードの入り口の扉まで行った。外へ出る前に振り返ってみた。香織は私をじっと見て、弱く微笑みながら一度うなづいた。胸に握りこぶしを作り、見るからに不安そうだ。私も一度深くうなづいて、ママレードから出て行った。


お読みいただきましてありがとうございます。


あともう一話続けて【現】の話となります。

分かりにくいかもしれませんが、【現】【夢】ともクライマックスにじわじわと近づいております。

【現】で起こった来夢を巻き込んだ事件は次話で解決いたします……たぶん。皆様のご期待に答えられる結末になれば良いのですが(汗)


頑張って執筆いたしますので、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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