第五話 スカウト
送迎の車の中で、女の子たちはみんな同じことを言う。
「この仕事、ちょっとだけのつもりなんです」
沙耶さんは、それを毎晩、助手席の隣で聞いている。
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沙耶さんは、夜のお店の送迎ドライバーだ。三十四歳。白いワンボックスで、女の子たちを駅と店と家のあいだで運んでいる。
仕事の合間に、コインランドリー「白線」に寄る。僕が夜番をしている店だ。車のシートカバーとブランケットを洗いに来る。
「湊くん、今夜もコーヒーもらっていい?」
沙耶さんは、僕のぶんの缶コーヒーまで買ってくる。それで、だいたい一時間、話していく。この街の夜のことは、沙耶さんに聞けばたいていわかる。
「最近、新しい子が多いの」
沙耶さんは、ブランケットを乾燥機に入れながら言った。
「みんな、街でスカウトされてくる。最初は普通のバイトの話。それが、気づいたら借金があることになってる」
ホストクラブのツケだったり、事務所の「研修費」だったり。そういう借金を理由に、辞められなくなる。悪質なスカウトのグループは、警察も最近、本気で取り締まっていると聞いた。
「今週入った子が、心配で」
美羽、という名前だった。十九歳。専門学校を休んでいる。
「昨日、車の中で泣いてた。辞めたいけど、辞めたら家に行くって言われたって」
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二十三時。久我さんが来た。
「よう、夜番。今日も平和か」
「平和です」
「平和がいちばん退屈で、いちばん難しい」
沙耶さんの話を聞いて、久我さんは長いあいだ黙っていた。
「その子の親は」
「地方。誰にも言ってないって」
「家に行くって脅されたなら、もう立派な事件だ。警察に相談していい。女の子の相談を受けてくれる民間の団体もある。夜でも電話がつながるところがな」
久我さんは、手帳を出して、番号を二つ書いた。
「本人が電話するのが一番いい。でも、最初の一回は、隣に誰かいてやれ」
沙耶さんは、その紙を丁寧にたたんで、財布に入れた。
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次の夜、沙耶さんは美羽を連れてきた。
細い子だった。大きすぎるパーカーの袖を、指先まで伸ばしていた。
美羽は、「白線」の丸椅子に座って、沙耶さんのスマホで電話をかけた。僕は乾燥機の前に立って、聞こえないふりをした。電話は四十分かかった。
電話を切ると、美羽は小さく息を吐いた。
「明日、迎えに来てくれるって。安全なところまで」
沙耶さんが、美羽の背中をさすった。
「よかったね」
「……はい」
美羽は、帰り際に僕に頭を下げた。
「洗濯機の音って、落ち着きますね」
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翌日、美羽は支援の人たちと一緒に、街を出ていった。沙耶さんが見送った。
店には、警察も入ったらしい。スカウトの男たちは、しばらく西口で見かけなくなった。
事件は、それで終わった。
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一週間後、沙耶さんが「白線」に来た。ブランケットを乾燥機に入れて、缶コーヒーを二本買った。
「新しい子、入ったの」
沙耶さんは言った。
「昨日、車の中で泣いてた。辞めたいけど、辞めたら家に行くって言われたって」
一週間前と、一字一句、同じだった。
「沙耶さん、その子の名前は」
「美羽ちゃん。十九歳」
沙耶さんは、不思議そうに僕を見た。
「どうしたの、湊くん」
僕は、受付ノートをめくった。一週間前の夜の欄。
『沙耶 ブランケット、シートカバー』
その横に、僕の字で、小さく書き足してあった。
『美羽(19)同伴』
今夜の欄にも、同じ字で、同じことが書いてあった。
僕は、まだ何も書いていなかった。
二十三時十四分。三番の乾燥機が止まった。
中には、指先まで袖の伸びた、大きすぎるパーカーが入っていた。




