第三話 口座
振り込みの通知は、いつも「シロセン」という名前から来た。
カタカナで、四文字。
会社名なのか、人の名前なのか、誰も確かめなかった。
*
コインランドリー「白線」の夜番は、話を聞くのが仕事みたいなものだ。僕の名前は湊。夜十時から朝六時まで、ここにいる。
その夜、陸斗が後輩を連れてきた。
「堀くん。同じゼミの一年」
堀くんは、陸斗のうしろに隠れるように立っていた。洗濯物は持っていなかった。
陸斗が先に言った。
「湊に聞いてもらえ。この人、こういうの詳しい人と知り合いだから」
あの夜から、陸斗は変わった。真面目になって、面倒見がよくなった。母親にも毎晩電話をしているらしい。悪いことは、何もない。
堀くんは、スマホを見せた。
「バイト、なんです。自分の口座にお金が振り込まれるので、それを指定された口座に送るだけで。一回五千円もらえます」
「何回やった」
「……十二回です」
送金バイト。久我さんから聞いたことがある。詐欺で集めたお金を、知らない人の口座を何度も経由させて、行き先をわからなくする。経由させる口座の持ち主は、知らないうちに犯罪の片棒を担ぐ。
今年の夏には、そういう送金を引き受けること自体を罰する法律が、国会で成立したらしい。
「振り込んでくる相手は、毎回違う名前でした。でも、僕が送る先は、いつも同じで」
堀くんは、送金履歴を見せた。
『シロセン』
十二回とも、同じ名前だった。
僕は、思わず店の入口の看板を見た。白い線が一本引かれただけの、そっけない看板。
「偶然だろ」と陸斗が言った。「よくある名前だ」
よくある名前だろうか、と僕は思った。
*
二十三時。久我さんが来た。
「よう、夜番。今日も平和か」
「……平和じゃないです」
久我さんは、堀くんの話を最後まで黙って聞いた。それから、作業着を三番の乾燥機に放り込んで言った。
「銀行に電話して、口座を止めてもらえ。それから警察だ。自分から言いに行くやつと、言われてから行くやつとじゃ、扱いが違う」
堀くんは震えていた。
「捕まりますか」
「わからん。でも、黙ってたら、もっと悪くなる。それだけは確かだ」
久我さんは、堀くんの肩に手を置いた。大きな手だった。
「大丈夫だ。おまえはまだ、役をもらってない」
「役?」
「十二回で済んでよかった、ってことだ」
*
翌朝、堀くんは銀行に電話をして、警察へ行った。陸斗が付き添った。
口座は止められた。堀くんは事情を聞かれ、何度か呼び出されることになった。でも、少なくとも、これ以上は送らずに済む。
事件は、それで終わった。
*
一週間後、僕はオーナーに電話で報告した。店の客がこういうことに巻き込まれた、と。
オーナーは、いつもの低い声で聞いていた。
「それで、その子は無事か」
「はい。警察に行きました」
「ならいい」
電話を切る前に、聞いてみた。
「オーナー。この店の名前って、どうして『白線』なんですか」
少し間があった。
「線の内側で待つためだよ」
それだけ言って、電話は切れた。
その夜、店の両替機の横に、銀行の封筒が一つ置いてあった。
宛名は、カタカナで書かれていた。
『シロセン様』
封筒の中には、何も入っていなかった。
受付ノートの今夜の欄に、僕は何も書けなかった。




