第二話 物販
列の長さは、いつも同じだった。
先頭から数えて、十七人。
先週も、その前の週も、十七人目のうしろには誰も並んでいなかった。
*
僕は、駅の西口でコインランドリー「白線」の夜番をしている。夜十時から朝六時まで、乾燥機の音を聞きながら、客の話を聞くのが仕事だ。
その夜の客は、タケさんだった。
四十二歳。物流倉庫で働いていて、週末は地下アイドルのライブに通っている。洗濯物はいつも、同じデザインのTシャツが五枚。推しのメンバーカラーの、ミントグリーン。
「湊くん、聞いてくれる?」
タケさんは丸椅子に座って、チェキの束を膝に置いた。
チェキというのは、ライブのあとの特典会で、メンバーと一緒に撮るインスタント写真だ。一枚千五百円くらい。撮ったあと、タイマーが鳴るまでの短いあいだだけ、一対一で話せる。タケさんに教えてもらった。
「推しの子の売り上げは、ほとんどこれなんだよ。チケット代は会場に行っちゃうから」
だから自分が撮らないと、と言って、タケさんは笑う。笑い方が、少し疲れていた。
「最近、変なんだよ」
タケさんは、チェキを一枚ずつ机に並べた。全部、同じポーズの、同じ笑顔だった。
「特典会の列がさ、毎回十七人なんだ。俺はいつも十七番目に並ぶ。で、気づいたんだけど」
一枚のチェキの、背景の端を指さした。
「前に並んでる人の顔ぶれが、少しずつ変わってる」
「新しいファンが増えたってことじゃないですか」
「増えてない。十七人のまま。新しい人が入ると、古い人がいなくなる」
古参のファンが来なくなるのは、よくあることだと思う。仕事が忙しくなったり、別の推しができたり。
そう言うと、タケさんはうなずいた。
「そうなんだよ。よくあることなんだ。だから、誰も気にしてない」
*
二十三時。久我さんが来た。
「よう、夜番」
作業着を三番の乾燥機に入れて、缶コーヒーを二本買う。
「今日も平和か」
「平和です」
「平和がいちばん退屈で、いちばん難しい」
タケさんが、久我さんにも同じ話をした。久我さんは老眼鏡をずらして、チェキの束をめくった。
「この、いなくなった連中。どこに行ったか、知ってるやつはいるか」
「SNSは、急に更新が止まります。アカウントが消えるわけじゃなくて、ただ止まる」
「最後の投稿は」
タケさんはスマホを出した。何人分かの最後の投稿を、僕と久我さんに見せた。
『今日もありがとう。また明日も並びます』
『今日もありがとう。また明日も並びます』
『今日もありがとう。また明日も並びます』
一字一句、同じだった。
「定型文ですよ。みんな、推しの子のこの言葉をまねするんです。ライブの最後に、あの子が言うから」
タケさんは、なんでもないことのように言った。
*
週末、僕はタケさんに誘われて、ライブハウスへ行った。
駅から少し歩いた雑居ビルの地下。客は四十人くらいで、ライブは三十分で終わった。
推しの子は、いい子だった。歌は上手くなかったけれど、一人ひとりの目を見て手を振っていた。最後に「今日もありがとう。また明日も並んでね」と言った。
特典会の列に、僕もタケさんのうしろに並んだ。
十八番目だった。
スタッフの若い男が、列の人数を数えにきた。僕の前で止まって、首をかしげた。
「すみません、今日は十七名様までなんです」
「え、でも」
「申し訳ありません」
丁寧な言い方だった。僕は列を外れた。タケさんが、少しほっとしたような顔で振り返った。
列を外れて、壁際から見ていた。
タケさんの番が来た。タイマーが鳴るまでの短い時間、推しの子はタケさんの顔をじっと見て、何か言った。タケさんは、泣きそうな顔で笑った。
帰り道、タケさんは言った。
「あの子、俺の名前、最初から覚えてたんだよ。初めて行った日から」
「すごいですね」
「すごいよな」
タケさんは、ミントグリーンのTシャツの胸元を、ぎゅっとつかんだ。
*
それから、タケさんは店に来なくなった。
二週間たって、僕はタケさんのSNSを開いた。最後の投稿は、ライブの夜の日付だった。
『今日もありがとう。また明日も並びます』
受付ノートをめくった。タケさんの最後の記録は、ライブの前の晩だった。
『タケ 22:41 ミントグリーンのTシャツ×5』
その下の行に、見覚えのない記録があった。
『タケ 22:41 ミントグリーンのTシャツ×5』
同じ名前。同じ時刻。同じ洗濯物。
僕の字だった。書いた覚えはなかった。
二十三時十四分。三番の乾燥機が止まった。
扉を開けると、ミントグリーンのTシャツが、一枚だけ入っていた。




