↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配役  作者: 真核生物
PR
10/11

第十話 仮装身分

その刑事は、最初から客のふりをしていた。


洗濯物は、毎回同じ。白いワイシャツが二枚。

アイロンもかかっていて、洗う必要なんて、どこにもなかった。


   *


コインランドリー「白線」の夜番を始めて、一年と少しになる。僕は湊。客の話を聞くのが、仕事みたいなものだ。


その男が来るようになったのは、二週間前からだった。三十代の半ば。スーツの上着を椅子にかけて、文庫本を読みながら、ワイシャツが乾くのを待つ。

話しかけると、穏やかに答えた。

「近くに越してきたばかりで。洗濯機、まだ買ってないんです」


一週間たっても、洗濯機は買っていないようだった。


   *


二十三時。久我さんが来た。


久我さんは、作業着を三番の乾燥機に入れようとして、手を止めた。文庫本の男を、少しのあいだ見ていた。

それから、いつもどおりに缶コーヒーを二本買った。

「よう、夜番。今日も平和か」

「平和です」

「平和がいちばん退屈で、いちばん難しい」


男が帰ったあと、久我さんが言った。

「あれは、同業者だ」

「刑事ってことですか」

「歩き方でわかる。それに、あいつは一度も、乾燥機の残り時間を見なかった。洗濯物を待ってるやつは、何度も見るもんだ」


久我さんは、缶コーヒーを両手で包んだ。

「最近は、身分を偽って捜査ができるようになった。闇バイトの連中に、応募者のふりをして近づく。去年から始まったやり方だ」

「じゃあ、あの人は、この街の誰かを追ってる」

「たぶんな」


   *


次の夜、男はまた来た。白いワイシャツが二枚。

僕は、思いきって聞いた。

「刑事さんですよね」

男は、文庫本から顔を上げた。少しだけ笑った。

「どうしてそう思うんですか」

「乾燥機の時間を、一度も見ないから」


男は、しばらく僕を見ていた。それから、静かに本を閉じた。

「少し前に、この近くで送金バイトの件があったでしょう。あの件の、もっと上を追っています。お金の流れが、この西口のあたりで一度止まって、そこから先が見えない」

『シロセン』という名前が、頭に浮かんだ。僕は、何も言わなかった。

「協力してほしいとは言いません。ただ、変わったことがあったら、ここに」

男は、名刺を一枚、カウンターに置いた。名前と、警察署の代表番号だけが書いてあった。


それから二週間、男は毎晩来た。

三週目の夜、男は来なかった。


翌朝のニュースで、西口の雑居ビルの一室から、闇バイトの指示役とみられる男たちが逮捕されたと報じられた。少し前の送金バイトの件ともつながっている、とアナウンサーは言った。


事件は、それで終わった。


   *


一週間後、男が「白線」に来た。白いワイシャツは持っていなかった。

「お礼を言いに来ました。何もしていただいていませんが、ここにいる間、いろいろ見えました」

「捕まったんですね」

「実行役と、その上の何人かは。いちばん上は、まだです」

男は、乾燥機の列を見回した。

「いちばん上は、たぶん、顔がないんです。誰でもいい。役だけがある」


男が帰ったあと、二十三時に、久我さんが来た。

話をすると、久我さんは笑った。

「顔がない、か。うまいことを言う」

それから、三番の乾燥機に作業着を入れながら、ぽつりと言った。


「本物の警官も、役を着て街に入るようになった。そうなると、どっちが本物か、もう誰にもわからん」


僕は、男の置いていった名刺を探した。カウンターの引き出しに入れたはずだった。

名刺は、受付ノートの間に挟まっていた。


裏返すと、ボールペンで走り書きがあった。男の字ではなかった。

見覚えのある字だった。毎晩、ノートの最初の行に名前を書く人の字。


『久我 交代予定』


二十三時十四分。三番の乾燥機が止まった。

久我さんは、作業着を取り出して、ゆっくりと畳みはじめた。

「三番、まだ温いな」

その台詞を、久我さんが言うのは、三か月ぶりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。