第十一話 定期便
死んだ父のコーヒー豆は、今月も届いた。
焙煎した日付のシールが、きちんと貼ってある。
父が最後に飲んだ豆より、四つ新しい日付だった。
*
コインランドリー「白線」の夜番は、話を聞くのが仕事みたいなものだ。僕は湊。夜十時から朝六時まで、ここにいる。
その夜の客は、三浦さんだった。四十代の半ば。区役所の近くの会社で働いていて、月に一度、実家のカーテンを洗いに来る。
実家には、もう誰も住んでいない。父親が春に亡くなって、家は売りに出すことになった。
「片づけても片づけても、終わらないんですよ」
三浦さんは、カーテンを大きい洗濯機に押しこんだ。
「物はいいんです。捨てればいいから。困ってるのは、物じゃないほう」
父親のスマホは、画面のロックが外れなかった。暗証番号は、誰も知らなかった。
それでも毎月、カードの明細には知らない請求が並ぶ。動画の配信サービス。クラウドの容量。オンライン囲碁の会員費。そして、コーヒー豆の定期便。
「豆だけは、ちゃんと家に届くんです。毎月、十日に。誰も飲まないのに」
*
二十三時。久我さんが来た。
いつもと違って、ひとりではなかった。うしろに、背広の男の人が立っていた。六十代の半ばくらい。白髪を短く刈っていて、背筋がまっすぐだった。
「戸川だ。来月から、西口の交番に入る」
久我さんが言った。
「交番相談員ってやつだ。落とし物の受付や道案内をする。警察を辞めた人間がなることが多いらしい。こいつも俺と同じ、元巡査だ」
戸川さんは、軽く頭を下げた。
「よろしく」
声が低くて、少しかすれていた。
久我さんは作業着を三番の乾燥機に入れて、缶コーヒーを二本買った。一本を僕に。戸川さんには、買わなかった。
「よう、夜番。今日も平和か」
「平和です」
「平和がいちばん退屈で、いちばん難しい」
戸川さんは、そのやりとりを黙って聞いていた。聞いた、というより、覚えているように見えた。
*
三浦さんの話を聞くと、久我さんは老眼鏡をずらした。
「契約したのが本人でも、死んだって書類を出せば、たいてい止めてもらえる。パスワードがわからなくてもな。会社ごとに電話するんだ。面倒だが、それしかない」
「どこと契約してたかも、わからないんです」
「カードの明細と、銀行の引き落としを見ろ。そこに全部、名前が出る」
戸川さんが、横から一言だけ言った。
「豆の会社には、最初に電話したほうがいい。物が届くやつは、止めるのに一番時間がかかる」
久我さんが、少し驚いたように戸川さんを見た。それから、うなずいた。
*
三浦さんは、一週間かけて全部を止めた。
動画も、クラウドも、囲碁も。最後に、コーヒー豆の会社に電話をした。担当の人は丁寧で、「お父さまには、九年間ご愛顧いただきました」と言ったそうだ。
「九年ですよ」
三浦さんは、乾いたカーテンをたたみながら笑った。
「私、父がコーヒー好きだったことも知らなかった。実家に帰っても、いつもお茶だったから」
「ひとりのときだけ、飲んでたのかもしれませんね」
「そうかもね。……誰かのために淹れてたのかもしれないけど」
事件は、それで終わった。
*
翌月の十日。
夜の十時に店に入ると、カウンターの上に段ボールの小さな箱が置いてあった。昼間に配達されて、店の誰かが受け取ったらしい。でも、昼間の「白線」は無人だ。
宛名は、手書きのラベルだった。
『白線 夜番様』
差出人の欄には、三浦さんの父親の名前が書いてあった。
中には、焙煎したてのコーヒー豆が一袋。日付のシールは、昨日の日付だった。
二十三時に来た久我さんは、箱を見て、何も言わなかった。
一緒に来た戸川さんが、袋を手に取って、においをかいだ。
「いい豆だな」
それから、カウンターの奥の電気ケトルを指さした。
「淹れてやれよ、夜番。届いたんだから」
二十三時十四分。三番の乾燥機が止まった。




