No.71 仮面劇:空虚な配役(ロール)たちが踊る夜会
No.71 仮面劇:空虚な配役たちが踊る夜会
学園中に設置されたモニターが、一斉に舞台中央を映し出す。
放送局員・鶏島保の軽妙な声がスピーカーから溢れ出した。
『――大変素晴らしい演技でしたね! 溢れんばかりの青春の輝き、目頭が熱くなりましたよ』
『そうですわね。一糸乱れぬ動き、まさに「一体感」という言葉が相応しい。美しい調律を感じましたわ』
鳳千鶴が扇子で口元を隠し、優雅に微笑む。
『まさにその通り! では続きまして……おっと、ここで運営より緊急のお知らせです。次に行われる2ーCの演劇において、役者の変更がございます。主役「疑問の少年」役・繭住真さんに代わりまして、九尾ヶ坂麗さんが務めます!』
『あら? そのお名前は確か……』
『ええ! 体育祭のシークレット鬼ごっこで、とてつもないデッドヒートを見せてくれたあの二人です! 追う者と追われる者だったのが、今度は互いに助け合う……なんともエモいシチュエーションじゃございませんか!』
『いったいどのような「劇」を披露してくれるのか。期待が高まりますわね』
『それでは――2ーCプレゼンツ。演劇『仮面劇:空虚な配役たちが踊る夜会』、開幕です』
ブッーーーーー。
重苦しいブザーの音が響き、視界が漆黒に染まる。
静寂。観客が固唾を呑んで見守る中、一本の鋭いスポットライトが舞台中央に突き刺さった。
『――僕たちは、なぜ役割を与えられているのだろう』
九尾ヶ坂麗演じる「疑問の少年」が、独白を始める。
その声はあまりに澄み渡り、観客の鼓膜を震わせるというより、脳内に直接書き込まれるような錯覚を抱かせる。
『どうしてこの世界は、誰も彼もが役割を持つのだろう? なぜ誰もそれを疑問に思わないのだろう?』
『おう、心の友よ! どうした、そんな困ったような顔をして』
舞台袖から現れた「親友」役が、大袈裟なジェスチャーで少年の肩を叩く。
『君は僕の親友。そう、僕は困っている。いや、疑問に生きているんだ。どうして僕は疑問を感じずにはいられない? そして――どうして君は僕の親友なんだろう?』
『ははは、おかしなことを言う奴だ! それがこの世界だ。役割が決められている。俺がお前の親友なのも、お前が疑問を持つのも。そういうものだからさ!』
親友は豪快に笑いながら、少年の問いを舞台の塵のように払い落とし、去っていく。
少年は頭を抱え、その場に蹲った。そこへ、舞台上をせわしなく駆け回る人影が現れる。
『うわっ!? 駆ける人!? なぜ、あなたはそんなに走っているの?』
『あ? それが俺の役割だからだ。走るのが、俺の仕事だ!』
駆ける人は右へ左へと狂ったように往復し、そのまま舞台袖へと消えていく。
入れ替わるように現れた「村人」に、少年は縋るように問いかけるが、返ってくるのは冷ややかな嘲笑だけだ。
『おかしなことに悩んでるんだね。役割があるってことは、悩まずに済むってことだろう』
『…役割があるから悩まない?じゃあ僕が悩んでるのは?』
『おやおや。そんなところでどうしたんだい?』
上手から怪しげな人物が疑問の少年に近づく。
『…あなたもなにか役割があるんですか?』
『ああ、あるよ。私は答えるものだ。なにか質問があるなら答えるよ』
『だ、だったら、なんでみんな役割があるの?どうしてみんな疑問に思わないの?』
『なるほどなるほど。あんたはそう言う役割なんだね。疑問を持つ。それがあんたの役割だ。どうして疑問に思わないか?そんなことを考えてる間にみんなおっちんじまうからさ。ほら、見てみな』
答えるものが指差す。
『駆けるぜ。駆け、る…ぜ……ぱたり』
その先では、先ほどの「駆ける人」が、不意に糸の切れた人形のように崩れ落ちていた。
『ど、どうしたの?なにがあったの?』
『役割が終わったのさ。だから死んだ』
『ええ!?駆ける人がいなくなったら誰が駆けるの!?』
『そいつも見てみな』
また答えるものは指差す。
倒れた男を跨ぐようにして、別の人間が現れる。
そして何事もなかったかのように、先ほどと全く同じ歩幅、同じ速度で駆け出した
『駆けるぜ。駆けるぜ』
『ど、どうゆうこと!?なんで代わりに駆ける人が現れたの!?』
『それがこの世界さ。誰が何かの役割を演じ。終わればまた誰かが代わりを務める。そうやって世界は回っていくのさ』
「答える者」は満足げに去っていく。スポットライトの下、少年だけが取り残される。
『役割が終わったら、死んでしまう。僕も疑問を持たなくなったら死ぬの? そうしたら、僕の代わりに誰かが疑問を持つの? ……じゃあ、僕はいったい、なんなんだ?』
舞台袖。暗幕の隙間からその光景を見守る真の隣で、まどかが無機質な視線を投げかけていた。
「『……何の解決にもならないお話ね。疑問は疑問のまま。役目……寿命が来れば、誰かに取って代わられる。結局、誰でもいいってことよ』」
真は答えない。
「『それってさ、いまのまことにも当てはまるわよね。だって本来はあそこに立って演技してるはずだったんだもの、それがここにいる。ねえ、これって誰でも良いってことよね。そうは思わない。まこと』」
ただ、舞台の上で喝采を浴び、完璧に「疑問の少年」を演じきっている九尾ヶ坂麗を見つめている。
彼女の輪郭はあまりにも鮮明で、逆に周囲の景色が崩れた砂のように脆く見えた。
劇は滞りなく進行し、終演を迎える。
幕が閉じられた瞬間、舞台裏は「成功」の熱気に包まれた。
クラスメートたちが九尾ヶ坂の元へ駆け寄り、称賛の声を浴びせる。
「『あれも本来は、あなたが受けるべきだった称賛よね。私なら耐えられないよ。ねえ、まこと。どう? 今、何か感じる? 悔しい? 妬ましい? それとも――』」
まどかの問いが、真の耳元で冷たく響く。
次の瞬間、真の肩が小さく震えた。
「あはは、はははははは……!」
それは、クラスメートたちの歓喜の声に混じり、けれど明らかに異質な響きを伴って舞台袖に響き渡った。
狂気か、あるいはあまりにも巨大な「正解」を突きつけられたゆえの解放か。
真は喉を鳴らして笑い続ける。
その姿を見たまどかは、ゆっくりと口角を吊り上げた。
まるで、すべての駒が盤上に揃い、望んだ通りの「変質」が芽吹いたことを確信したかのように。




