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No.79共鳴する熱、あるいは見えない枷




 No.79共鳴する熱、あるいは見えない枷




 学芸祭に向けての段取りが決まった途端、2ーCの動きは加速した。


 それは「一致団結」と呼ぶにはあまりに機械的で、まるで最初から定められていたプログラムをなぞるような、異様な迅速さだった。


 「こちら、脚本のあらすじです。細かな部分はこれから詰めますが、大筋はこんな感じです」


 脚本担当の女子生徒が、震える手で真に一枚の紙を差し出した。


 「題名は……『仮面劇:空虚な配役(ロール)たちが踊る夜会』。仮面をつけた人々が住む世界で、一人、その仮面に疑問を持った人物の物語。……生まれた時から役割を演じ、役割が終われば死ぬ定め。自分たちは何のために生き、何のために死ぬのか。……だいぶ哲学的な話なんだね」


 あらすじを読み上げた真の言葉に、教室がしんと静まり返る。


 「……ダメ、ですかね」


 不安げに上目遣いで真を見つめる彼女。その瞳の奥には、拒絶を許さないほどの熱が凝縮されていた。


 「僕は、いいと思うよ。……みんなはどう思う? 反対意見とか――」


 「「「「OK!!」」」」


 真が問い終わるより早く、クラスメイトたちが一斉に唱和した。


 寸分狂わぬタイミング。真は微かな寒気を覚えたが、それを「熱意」として自分を納得させた。


 「……だそうだから、これを骨子にして配役や衣装を決めていこう。まずは主役だけど」


 「でしたら! 仮面に悩む主役には、ぜひまことくんにやってほしいんです!」


 「ええっ……こういうのって、オーディションとかで決めるんじゃ……」


 「大丈夫です! 私はまことくんをイメージしてこの話を書き上げたんですから!」


 彼女の断言に、真は再びクラスへ視線を向ける。


 「みんなも、それで――」



 「「「「オールOK! モーマンタイ(無問題)!!」」」」



 もはや疑うことさえ放棄したような、圧倒的な全肯定。


 「……うん。わかったよ、頑張るよ」


 真が承諾した瞬間、教室内を満足げな空気が満たした。


 その中で唯一、宇賀だけが顔を引きつらせていた。


 「……もうあれだな。奇病だよ、うちのクラスの連中は。集団催眠か何かか? ま、決まった以上は主役頑張れよ、まこと。俺も、できる限りの応援はしてやるからさ」


 「ありがとう、琥太郎。……じゃあ、琥太郎はこっちの『親友役』をお願いね」


 「はあ!? 俺は舞台班(役者)じゃねぇだろうが!」


 真が差し出した名簿には、既に宇賀の名前が配役欄に書き込まれていた。


 「でも、このキャラクターの性格を読む限り、琥太郎にしかできないと思うんだけど?」


 「いやいやいや! 無理無理無理無理! 俺に演技なんて求めたら、劇が崩壊するぞ!」


 全力で拒否し、後退りする宇賀。


 しかし、その背後にはいつの間にかクラスメイトたちが壁のように立ち塞がっていた。


 「大丈夫だよ、宇賀くん。君ならできる」


 「そうだぜ、琥太郎。まことくんを悲しませるようなことは、しないよな?」


 「自分でも言ったじゃないか。『できる限りのことはする』って、いま」


 笑顔で、しかし眼球の動かない無機質な瞳で宇賀を取り囲む生徒たち。


「できる限りだ! あくまで『できる限り』っつったんだよ俺は! やめろ、来るな! 演技なんかできるか! うわぁああああああ!!」


 「『……こうしてコタローは、哀れな改造人間として役者の道に改造されることになったわ』」


 「(姉さん、改造はされてないです。……まあ、あながち間違いでもないけど)」


 まどかのシュールなボケに小声で突っ込みを入れながら、真は逃げ場を失った親友を見つめた。


 この熱狂という名の「配役ロール」から逃げられる者は、もうこの教室には一人もいないのだ。


「……いいか、セリフは一言か二言だけだ。それ以上は絶対にやらねぇからな!」


 舞台班の包囲網に屈した宇賀は、それが最後にして唯一の防衛線であるかのように叫び、半ば自棄(やけ)気味に了承した。


 役者陣がすべて決まると、脚本担当の生徒の様子は一変した。


 まるで何かが憑依したかのようにペンを走らせ、キーボードを叩く指が残像を描く。


 「イメージが! イメージが溢れてきます……! 完璧です、この配役なら、最高の物語が書けます!」


 瞳孔をカッと見開き、ぶつぶつと独り言を呟きながら執筆に没頭する彼女の姿に、まどかが頬を引きつらせた。


「『……うん。わかったわ。この学院、先生だけじゃなくて生徒もおかしい人が多いのね。執念が物理的に見えそうだわ』」


 逸脱したスピードで完成に近づいていく脚本。


 その熱に当てられるように、舞台の準備は着々と、それでいて加速度的に進められていった。


 そして、夏休みを目前に控えたある日のこと。


 「すみません。裁縫班の方で手が足りないって連絡が来たんですけど……誰か、手の空いてる人いますか?」


 各班の作業が本格化し、あちこちから応援要請が飛び交い始める。教室の隅ではミシンの音が鳴り響き、反対側ではペンキの匂いが立ち込めている。


 その光景は、どこか戦場のようでもあった。


 「『……これはあれね。完璧を求めすぎて、自分たちで首を絞めてるパターンね。まこと。どこかで手を抜かせるか、一、二箇所に絞って夏休み前に終わらせるべきよ。休みに入ったら、みんなを集めるのはきっと難しくなるわ』」


 まどかの現実的な助言に、真は一理あると頷いた。


 高揚感に飲まれているクラスメイトたちは、今のままでは夏休みに突入した瞬間に「失速」するか、あるいは「瓦解」する可能性がある。


 「みんな、ちょっといいかな」


 真が声をかけると、作業をしていた生徒たちが一斉に手を止め、真剣な眼差しをこちらに向けた。


 「夏休みには、みんなも予定があると思う。全員で集まるのは今より難しくなるはずだ。だから、大道具や衣装……先に形にできるものは、今のうちに完成させてしまおうと思うんだけど、どうかな?」


 「そりゃ構わねぇと思うけどよ。置く場所はどうすんだ? このままだと教室がゴミの山になっちまうぞ」


 宇賀が、周囲の熱に流されることなく冷静な懸念を口にする。


 「そうだね。その辺りは九頭見先生に相談して、準備室かどこかを借りられるように交渉してみるよ」


 「それならいいんじゃねぇか。なあ、みんな?」


 宇賀が確認するように声をかけると、クラスメイトたちは互いに顔を見合わせ、まるで最初からそう決まっていたかのように深く頷き合った。


 「まことくんが言うなら、それが正解だと思う」


 「リーダーの意見だしね。間違いないよ」


 口々に発せられる、盲目的とも言える肯定。


「……いや、その通りなんだけどさ。なんで俺が反対してたみたいに聞こえるんだよ。お前ら、なんだ、いじめか?」


 宇賀の拗ねたような抗議に、教室がどっと笑いに包まれた。


 その笑い声さえも、どこか音叉で調律されたかのような、心地よくも冷ややかな響きを伴っていた。




 「……空き部屋の使用申請か。申し訳ないが、部屋も有り余っているわけではないのでな。他の団体と共用という形になるが、構わないか?」


 学芸祭の備品置き場を確保するため、真は職員室の九頭見の元を訪れていた。


 「はい。こちらとしては使用させていただけるだけで助かります。もし相手の方が分かれば、こちらから出向いて確認を取りますが」


 「そうしてくれると助かる。相手は確か――」


 九頭見がその名を告げようとした、その時だった。


 職員室の重い扉が開き、一人の少女が滑り込むように入ってきた。


 「失礼いたします。一年の、九尾ヶ坂です。島津先生はいらっしゃいますでしょうか?」


 鈴を転がしたような、澄んだ声が室内に静かに木霊した。


 その声の主に、真の心臓がどくりと跳ねる。


 「……丁度いい。九尾ヶ坂、そちらの用が終わったらこちらへ来てくれないか」


 九頭見の声に、少女――九尾ヶ坂麗はにこりと花が綻ぶような笑みを浮かべた。


 担当教員と短く事務的な会話を交わすと、彼女は淀みのない足取りでこちらへとやってくる。


 「はい。お呼びでしょうか、先生」


 「九尾ヶ坂。君のクラスからも空き部屋の申請が出ていたな」


 九頭見は一瞬だけ、見逃してしまいそうなほど僅かに眉をひそめた。


 「はい。そうですが……ああ。もしかして、共用で使うというお話ですか? となると、こちらの先輩がそのお相手でしょうか」


 九尾ヶ坂は九頭見が説明するよりも早く、状況を完璧に理解してみせた。そのあまりに滑らかな受け答えに、真は微かな違和感を覚える。


 「そうだ。繭住、あとは君たちで話し合い、部屋の管理を行ってくれ」


 「わかりました。……九尾ヶ坂さん、よろしく」


 真は身構えた。あの日、校舎のデットスペースでの醜態を晒した自分を、彼女は間違いなく見ている。


 彼女はあれをどう思い。


 どう対応してくるのかと思考を巡らせた。


 だが、九尾ヶ坂が浮かべたのは、一点の曇りもない「初対面」の笑顔だった。


 「以前お見かけした、二年生の先輩ですね。改めまして、私、九尾ヶ坂麗と言います。こちらこそ、教室の共用、よろしくお願いいたします」


 彼女の瞳には、あの日の記憶などひとかけらも残っていないかのようだった。


 まるで、今この瞬間に、真という存在を初めて世界に認識したかのような、完璧な「一年生」の演技。


 「『……ゆるふわちゃんの演技っぽい仕草は分かってたことだけど。なに考えてるのかさっぱり分かんない子よね、この子わ』」


 まどかの毒づくような声が耳元で響く。


 真を襲ったのは、安堵ではなかった。過去の接触を一切なかったことにし、今この場に最適な「自分」を差し出してきた彼女の底知れなさに、論理的思考の持ち主の真でさえ、背筋に冷たい寒気が駆け抜けた。








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