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No.96 喧騒(カオス)の同居人、あるいは束の間の平穏?




 No.96 喧騒(カオス)の同居人、あるいは束の間の平穏?




 二人の少女が「真実」を捨て、自らの識蘊の箱庭(内界)に閉じこもることで世界を再定義する『想像主イマジニア』へと変質することは、辛うじて回避された。


 もし兎束の覚醒が未熟なまま、真が近くで力を感知できなければ。


 もし祈里が、自らの作り出した「平穏」の殻を破り外へ出ようとしなければ。


 今頃、十王市の理は彼女たちの歪んだ願いによって上書きされ、取り返しのつかない事象へと繋がっていたことだろう。


 それを防げた。


 それだけが唯一の救いであったと、自分に言い聞かせることしかできない。


 ……だが、そんな「論理的安堵」を粉々に打ち砕くほどの混沌(カオス)が、今、真の住む家を呑み込んでいた。


 真の目の前では、もはや見慣れたはずの、それでいて耐えがたい不協和音が鳴り響いている。


 「『もう! なんでそんなこと言うの! ボクがなにしたって言うのさ!』」


「『嬢ちゃんがあまりにも滑稽でな。ああ、すまん。嬢ちゃんは普段からそうだったか』」


 「『ボクはおこったぞ! ライアーーーー!!』」


 「『はは、まるで鏡に向かって吠える犬のようだな』」


 「『犬は君だろうがー!!』」


  今にも伝説の超戦士にでも変身しそうな勢いで、まどかはぐるぐると腕を回し、ライアーに向かって突進する。


 しかし、ライアーの方はといえば、羽虫でも払うかのように、ぞんざいな手つきでまどかの攻撃らしきものを往なしていた。


 ここまでは、以前のままと言えるだろう。


 真が「自身」の一部として、あるいは「同居人」として受け入れてきた、ここ最近の恒例行事だ。


 だが、今のこの部屋には、かつてないほどの「異物」が混入していた。


 ソファの端、まどかの怒号が飛び交うすぐ隣で、我関せずと金髪に蒼白の瞳を持つ精悍な青年が、一人優雅に腰掛けている。


 どこか孤高を思わせる冷徹な空気を纏い、彼はどこから持ち出したのか、小さな書物を静かに捲っていた。


 周囲の喧騒など、初めから存在しないかのように。


 そして視線を外へ向ければ、庭先にはさらなる非論理が展開されている。


 少し煤けた金髪の、岩のように筋肉質な男性が、一心不乱にトレーニングを繰り返しているのだ。


 どしん、どしん。


 動く度に、家全体が振動するような重低音を響かせながら行われる、過酷なバーピー。


 だが窓は軋まない、カーテンも揺れない、真の体が振動に備えてしまう。


 真は「どしん、どしん」と、リズムに合わせて床が沈んだという感覚に抗えなかった。


 その激しい衝撃を窓一枚隔てて受けながら、窓枠の最も日当たりの良い場所では、白髪の子供が丸くなって惰眠を貪っている。


 爆音の地響きも、姉弟(?)の罵り合いも、彼にとっては心地よい子守唄に過ぎないらしい。


 真は、この状況にズキズキと疼き出した目元を指先で押さえた。


 「救済」という計算式の果てに、自らの内に取り入れ、その内面から勝手に漏れ出した感情の欠片たちが、こうも露骨に実体化して居座るとは。


 (……あり得ない。こんな状況、僕のデータには存在しない)


 「ライアーとレグルスはいい……いや良くはないが。お前たち二人はなぜここにいる。下して取り入れた記憶はないぞ。それから、なぜライアーのように半実体化できているのか、僕が納得できる論理を述べろ」


「『……うわぁ、まことがいつになくキレてる。お姉ちゃんとしては、まことが人間らしくなって嬉しいけど……これってやっぱり、あんたらのせい?』」


 ソファーの青年が本を閉じ、真へ冷ややかな視線を向ける


 「『縁者への問い掛けには『然り』と答えよう。真円を綴るものよ。我がこうして半実体化しているのは、あの時より其方(そなた)と繋がりが生じ、そこにいる駄犬ともパスが繋がったからだ。繋がりがあれば利用もできる。もっとも、こうして現世に留まる以外に大した力は使えぬがな』」


 ソファーから煙のように消え、真の視界にノイズが走り、真とライアーの三点の起点になるように現れる。


 兎束の際、レグルスからの強制的なインテグレーションが行われた結果、真という起点からライアーという「嘘」を中継し、彼をこの現世に繋ぎ止めるアンカーが形成されてしまったのだ。


 青年は一度視線を外に向け、砂埃を上げてバーピーを続ける巨漢を、心底不可解なものを見るような目で見つめた。


「『……あれは我の『規律()』の外だ。理屈も論理も、精神論という名の理解不能な暴力でねじ伏せてくる輩だ……まったく、万死に値する無秩序だ』」


 そこで一度言葉を切り、窓枠で眠る人物にも目を向ける。


 「『……そして、こやつの気まぐれも推し量ることはできぬ。敵か味方か、あるいはただの傍観者か。それすらも、その時々の気分次第なのだからな』」


 真が目を向けると一瞬だけ、目があったような気がした。


 それは「『ボクなんて気にするな』」と言いたげに。


 真は再び目元を押さえた。


 「…………理解が追い付かないはずなのに、納得してしまう」


 「『うんうん。大丈夫よまこと。お姉ちゃんがついてる』」


 その筆頭があなたですと、喉元にまで来ていたがなんとか口に出さず飲み込んだ真であった。














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