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No.164 虚飾のティータイム、あるいは鏡の中の沈黙

 



 No.164 虚飾のティータイム、あるいは鏡の中の沈黙




 「遠慮せずに食べてくださいね」


 女子生徒はその小さな容姿とは裏腹に、誇らしげに両手を広げてみせた。


 そして目の前には、白磁のティーカップと三段重ねのケーキスタンド。


 放課後の柔らかな陽光を浴びたオープンテラスは、ここが学園であることを忘れさせるほどに優雅な空間へと変貌していた。


 「『わあっ! スゴいお菓子! う~ん、少しうらやましい…』」


 目の前にあるケーキを物欲しそうに眺めるまどか。


 真は今、この学院の学食、なのだそうだが。


 どちらかと言えば洒落たレストランの様な雰囲気がある場所の、オープンテラスとして使用されている場所にいる。


 これからやる事に若干の気落ちなところがあるが、女子生徒の勢いに思わず頷いてしまったのは、自分自身なのだから仕方がないと、真は気重な溜息を飲み込み、彼女の勢いに押されるまま椅子に腰を下ろした。


 「ではでは。食べながらで良いので、軽い雑談を交えながらお話をうかがいますね。なにか好きなのありますか? なければ適当に取りますが」


 「何でも良い」と言うように答え、真が座ったことを確認すると、女子生徒も椅子に座り。


 テキパキとボイスレコーダーをテーブルの上、やや真よりの方へ置いていく。


 そしてケーキスタンドからケーキをひとつを真の方へと渡す時。


 「『なに言ってんの! イチゴに決まってるでしょう! イチゴのやつお願い! ああっ!? それじゃないの! 横のイチゴだってば!』」


 まどかは必死に身を乗り出し、女子生徒の袖を引っ張ろうとする。


 しかし、女子生徒の指先は何の躊躇もなくまどかの手をすり抜け、イチゴの隣にあったモンブランへと伸びた。


 「『イチゴ~……』


 真っ赤なイチゴに触れようとしたまどかの指先が、音もなく果実を通り抜ける。


 甘い香りさえ掴めないその虚しさに、まどかの輪郭が春の陽炎のように微かに震え。


 恨めしそうに肩を落とすまどかの溜息さえ、ティーカップから立ち上る湯気に紛れて消えていく。


 真は少しだけ目蓋を下ろし。今から始まるこの優雅なティータイムに至るまでの、嵐のような数十分間を真は思い出していた。




 ☆★☆★☆




 「あうぅ…なんだか目が回ってきました……」


 宇賀のやや力強い撫で回しに、女子生徒の足元がふらつきを見せると。


 「おお、わりぃわりぃ」


 悪びれる様子もない声で詫びている。


 宇賀のそんな謝罪とも思えない言葉を投げ掛けられても、女子生徒は「大丈夫ですよ」と、本当になんら問題ないと言う顔を見せる。


 「ワン子が来たってことは、あっちに用なんだろう」


 宇賀がそう言いつつ。こちらの方を示唆(指差)すると…女子生徒は顔をこちらにくるっと向け。


 「あなたが今日転校されてきた方ですね!」


 扉から彼の所までは、1、2メートルくらい在るとは思うのだが、それを感じさせないほどの素早い動きを見せ。こちらに詰め寄ってきた。


 「ぜひ。あなたのお話を聞かせていただけないでしょうか!」


 と、唐突にそう言ってきたので、一体全体何の事なのか、いや自分の事を訊ねている。


 と言うのはわかるのだが、何故そんなことをするのかが分からず。


 困惑の表情を見せ。


 助けを求めるように真は宇賀の方へ顔を向けるが。


 「みんなが通ってきた道だ。まこと、おまえもがんばれ~」


 人差し指と中指を交差フィンガーズ・クロスドさせ、幸運を祈るような、あるいは『あばよ』とでも言うような軽い仕草で、額のあたりからピッと振ってみせそのまま消えるように廊下へと出ていった。


 「『おお…コタローがクールに去っていった』」


 混乱極まっている彼に、興奮気味だった目の前に居る女子生徒は落ち着きを取り戻した──


 「どうも私、思い込んだら一直線な性格でして、みなさんには度々それでご迷惑をお掛けする時があるようで。大変失礼しました。改めまして、私は3年の大口(おおぐち)一子(・かずこ)と言います。みなさんからは親しみを込めて『ワン子』と呼ばれています。よろしければどうぞそう呼んでください。それでですね。私が来た理由なのですが──」


 ──ではなさそうだ。言葉の機関銃(マシンガン)と言うように、捲し立て話す彼女に困惑と勢いに圧倒されつつ。


 女子生徒、大口がここに来た理由を聞き入った。


 聞くと大口は所謂、学園一の情報通と言う立ち位置にいるようだ。


 そしてそんな大口が転校してきた真の下へ一目散にやって来たその理由が。


 「ええ。ええ。転校してきて間もないあなた、えー繭住真、くんですか。ではまこと、くん? と、お呼びしますね。そのまことくんのことを誰よりも早く知る。だれも知らないまことくんの秘密、は教えていただければ幸いですが、そこは個人の情報。私も無理に聞き出すことはいたしませんし。だれかにまことくんの秘密を漏らすようなこともいたしません。あっ、ちなみに。琥太郎くんのように『俺の秘密を知ってどうする気だ!? 脅して金か!? 俺は金なんか持ってねぇぞ! 親に借金してるからアルバイトしても全部持ってかれんだよ』と、脅しに使うこともありませんので、そこは信用してください」


 …なんだろう。宇賀の不憫さに哀れめば良いのか。


 他人の秘密を話さないと言った矢先に漏らしている大口の信用性の無さを疑えば良いのか。


 「『コタロー。カワイソウな子…』」


 まどかは余りに不憫な宇賀の扱いに思わず、目元を拭う素振りをしていた。 


 「それとこの話しは琥太郎くん自ら話していて、みなさん知っていますので、公然の秘密みたいなものです。ですので、私が信用できないかどうかは、後日琥太郎くんに聞いてみてください。それでどうでしょうか? 簡単な雑談、前の学校のことや。この学園の第一印象など。お話ししていただける範囲で、ああ!? 私としたことが、一方的に聞くだけなんて情報屋として失格な行いでした。対価、としては不十分でしょうが。この学院にはお店に出ているものと遜色無いスィーツなどがありまして。お昼はまだですよね? ここは先輩としてもお話しを聞く代わりとしても、私に奢らせていただけないでしょうか? それとも私に聞きたいことでもありますか? 構いませんよ。私がお話できるものであればお話いたしましょう。それが情報屋としての役目ですので」


 トンっと。その小さな体を反らし胸を叩いた。


 そして「さあ、いきましょう」と言うように手を取られる。


 そのスルッとまるで心の中にでも入り込んでくる大口の手際に一瞬の心の隙を突かれ。


 真は無意識の内に「はい」と、頷いていてしまっていた。


 「『来るね。来るね。ぐいぐい来るね。へっ。しょうがねぇ。ボクのヒミツはオフレコってことで良ければ行ってもいいよ』」


 手を引かれ。連れて来られたのが、数台のテーブルが並ぶテラス。


 「少し待っていてください」と言われ。真はテラスの一角にあるテーブルの席に着く。まどかは「『広いテラス』」とテラス内を駆け回るようにして探索していた。


 真も物珍しげに周りを見渡すと。直ぐに大口の姿が目に移る。


 大口は店員、どう見ても同年代。の、女子がメイド風の衣服を身に纏っているようにしか見えない姿の人に、なにやら数度言葉を交わしていた。


 店員の女性は頷き。


 軽くこちらを見ると目が合い。苦笑に満ちた顔を見せると、大口と共に店内へと入ってた。


 それから2~3分程度だろうか。大口と共にサービスワゴンを押しながらこちらにやって来る。


 テキパキとした動きでサービスワゴンからケーキスタンドを置き。


 ティーポットから優雅に中身を注ぎ目の前に置かれた。


 すると頬を撫でるかのような微風が吹くと。


 注がれたカップから立つ微かに感じる香り良い花の匂いが、鼻腔の奥へと運ばれて行く。


 「お待たせいたしました。こちら季節のケーキセットでございます。ごゆっくりとお楽しみください」


 一歩、いや半歩ほど後ろ下がると、優雅な仕草そのままにゆっくりと、それでいて丁寧な言葉使いを使う。


 そして静かにスカートを翻すと。


 サービスワゴンを再び押して去ろうとするが、立ち止まり顔だけこちらに向けると。


 「ワン子ちゃん。わかってるだろうけど、テラス(ここ)。下校時間までだからね」


 先程の丁寧な言葉使いとは裏腹に、友人に使うような気安い言葉を投げ掛けたのだった。


 「わかってますよ。あなたもアルバイト(お仕事)がんばってください。ではでは、遠慮せずに食べてくださいね」


 こうして大口からの質問が始まり。


 ボイスレコーダーが「カチリっ」と、音を立てた。


 「では改めてインタビューをさせていただきます。先ず転校生として、まことくんはこの『北王子学院』の印象はどうですか?」


 明るく元気な印象を受けていた大口。


 インタビューを開始すると豹変したように真面目な口調に変わっていた。


 レコーダーの小さな赤いランプが、大口の茶色い瞳を怪しく反射した。


 つい先ほどまで無邪気に胸を叩いていた大口の姿はそこになく、獲物の『真実』を臭ぎ分け、剥ぎ取ろうとする冷徹な記者の顔がそこにある。


 真はモンブランの甘さを紅茶で流し込み、賑やかな学院だと短く答えた。


 その横ではまどかが──


 「『賑やかどころじゃないよ! 先生は変だし、コタローは適当だし、なによりワン子ちゃんが一番うるさいし! 届け! ボクの魂の声!』」


 と、レコーダーに向かって叫んでいるが、レコーダーは微動だにすることなく、ランプだけが点灯していた。


 「賑やか、ですか……」


 大口は、そこに誰かが居るようにまどかが叫んでいる虚空を一度だけ目をやり、すぐに真へと視線を戻した。


 「それは、この学院が『活気に溢れている』という意味ですか? それとも…『人』が、と言う意味でですか」


 「『……えっ』」


 レコーダーに顔を近づけて叫んでいたまどかが、弾かれたように身を引いた。


 大口の視線が、ほんの一瞬だけ、正確にまどかの瞳を射抜いたように見えたからだ。


 しかし大口はまどかが立っている場所の、すぐ後ろにある景色を凝視していただけだった。


 だが、大口はすぐに伏せ目がちになり、ティーカップの縁を指でなぞった。


 その指先が触れるたび、陶器が擦れる「チリチリ……」と不穏なノイズが響き。


 彼女の茶色い瞳の奥で、レコーダーの赤いランプが脈打つように反射している


 「『活気に溢れている』か、『人が賑やか』かは。……まことくん、それは似ているようで、この学院では違ってくるんですよ……なにしろ、自分で言うのも何なんですが、私のように個性豊かな方達が多いんで」


 真面目にインタビューしていた大口だが、最後の言葉だけは「たはは…」と、少し笑いながら言っていた。


 「『……気のせい、だよね。今、絶対ボクのこと見たと思ったんだけど……』


 まどかは引きつった笑いを浮かべながら、大口の顔を覗き込む。


 しかし、大口は先ほどまでの鋭さを霧散させ、楽しげに自分の紅茶を揺らしていた。


 「お答えしづらければ、今回は両方ということで納得しておきましょう」


 大口は「ニカリッ」と笑って次の質問をしていく。


 その後の質問もどれもこれも当たり障りのないものばかりだった。


 その質問の答えもこちらが答えなければ、曖昧な答えとして大口は受け取っていた。

 

  宇賀の様子や人の秘密をポロっと言ってしまう事から大口は何でも知りたがり、人の秘密を流布する様な情報屋と思っていた事を口にすると。


 大口は少しだけ寂しそうに首を振った。


 「私は魔法使いじゃありません。ただの記者です。記者が、本人が語らない『空白』を想像で埋め始めたら、それはもう『ニュース』ではなく『凶器』なんですよ。そんなことをわたしはしたくありません。……取材はここまでにしましょうか。せっかくのスィーツが台無しです。……あ、琥太郎くんの秘密を漏らしたのは、あれは彼なりの『自分を知ってほしい』という照れ隠しだと私が勝手に判断した結果です、本来は彼が自分で口にしてることを私が口にしてしまったので、後で彼に怒られたら謝っておいてくださいね」


 大口のティーカップを撫でていた手が微かに震え、「チリチリ…」が途切れ。


 代わりに「カチリッ」とレコーダーのスイッチが切れた。


 「『……あ。この人、ボクを暴こうとしてるんじゃない。ボクが傷つかないように、踏み込むのをやめてくれたんだ……』」


 「……さ、食べましょう! このお店のシフォンケーキ、ふわっふわで絶品なんですから」


 ボイスレコーダーのスイッチが切れると大口は先ほどまでの沈んだ空気を振り払うように、努めて明るい声を出した。


 彼女は再び「ワン子」という親しみやすい仮面を被り、慣れた手つきでトングを操る。


 「『……ごめんね、ワン子ちゃん。ボク、あなたのこと、もっと怖い人だと思ってた』」


 まどかは、大口の隣の椅子にふわりと腰を下ろした。


 大口と真がひとつのケーキを食べ終わるまで、十王市の様々な場所の情報を雑談として真に語っていた。


 「──と、言うわけで、そこのお店はかなりお勧めなんですが、他にもちょっとした、おっと、もちろんここからは…」


 大口はここからの話しは有料ですよと言うような仕草をしていた。


 「『えーなになに、知りたいんだけど。ワン子ちゃん焦らすなぁ…って、対価とか言っていたのにワン子ちゃんそんなに話していいの?』」 


 情報屋と言う割りにはかなりの話をしていた気がするが、情報屋としてそれはどうなのだろうか。


 「え? ああ、もちろん私も情報屋としての矜持がありますからね。話していい情報と対価を得て話す情報の精査くらいはしていますよ。次、なに食べますか?」


 大口はトングを「カチッカチッ」と鳴らし、次のケーキをこちらに渡そうとするが、ひとつで十分とケーキを断る。


 「『ばっ!? 甘いものは別腹でしょうが!』」


 まどかは真に「『これとこれとこれも食べろー!』」とケーキを指差しているが、真は紅茶を一口飲み込んでいた。


 「……ま、今日のところは、その『ケーキを断る生意気な態度の転校生(まこと)くん』を対価にしてあげますかね、あっ、言っておきますが、次回からは高くつきますよ。高いですよー。私からの知り得る情報がタダなのは今のうちだけですよ。こんなサービスめったにしないんですからね」


 おどけながら大口は、まどかが指差していたケーキを順に自分の皿へと置いていく。


 「『おいおい。『ワン子』じゃなくて『妖精』だったのかいキミは──、ああ! 本当に美味しそうなイチゴだなー! ムッキー! ボクも食べたいー!!』」


 「『HAHAHAHAー!』」と、大袈裟な笑い声を上げるまどか。


 だがすぐさま大口が口に運ぶイチゴのショートケーキを見て、悔しそうに叫んでいた。


 「さてさて、お腹いっぱいにもなりましたし、そろそろ──」


 残っていたケーキを全て、大口が残らずその小さな口で平らげてしまい。


 真はその小さな体でよくあれだけのものが入っていくなと少し感心していた。


 「腹ごなしにちょっとした雑談をしてきましょうか」


 帰るのかと思いきや、まだ続けるのかと若干呆れた真である。


 「『えっ? これぐらい普通でしょう? あと2、3時間ぐらい余裕余裕♪』」


 まどかは椅子の背もたれにふんわりと身を預け、まるでもう一セットおかわりを待っているかのような顔をしている。


 しかし大口の視線はすでに空腹を満たすことではなく、次の獲物、情報へと意識が向けられていた。


 「まあまあまあ、そう嫌そうな顔をしないでくださいよ。まっ、この辺りに来ると、今のまことくんのような顔をされる方が居るんですけどね。それももうちょっとお話をさせていただければ終わりにしますよ。まあこの雑談もまことくんがこの学院でより楽しく送っていくための『ガイダンス』だと思ってください」


 「『おおっ…よくこの無表情から嫌な気分ってのが読めたね。カウンセラーしてる、美弥ちゃんですら、うちの弟の表情はたまに読み違えるのに』」


 「そうですね…学院に関してはその内嫌でも知っていくことなので、私からその楽しみを奪うようなことは言いません。知りたい、と言うのであれば教えますよ。もちろんその時はその情報に見合ったモノを頂きますが」


 大口は口の中に残る甘さを取り去るように紅茶を口にする。


 「それ以外の雑談となると……そうだ。転校生であるまことくんは知らないかもしれないですね。もしよければこのお話をさせていただきますが、どうします?」


 「『えー、それってなにか対価をよこせってこと、ワン子ちゃん。キミは悪よのぉ』」


 まどかは時代掛かった口調で大口に寄り添うように顔を近づけるも、大口からの反応はまったくなかった。


 真の方は必要がないと言う意味合いで首を横に振るうが、大口は対価の支払いとでも思ったのか。


 「安心してください。これは『噂話』の話なので対価は頂きません。言ったでしょう、今のうちだけですよって」


 少しだけ意地悪そうな笑顔をこちらに見せる。


 「で、その噂話なんですけど──」


 大口は溜めるように一息だけ言葉を止めると、その瞬間、遠くで運動部の掛け声が聞こえるだけの、一瞬の空白が生まれた。


 「──『願いが叶う鍵』って、知ってますか?」


 大口は声を潜めながらこちらに顔を近づけてくると、真のポケットに仕舞ってあった鍵が、『チャラリッ』と少しだけ音を立てた。










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