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No.122 規律の産声、あるいは点数による審判




 No.122 規律の産声、あるいは点数による審判




 九頭見の「三週間後には、お前たちにとっては嫌な『義務』が始まるからな」という言葉に、教室の大半は、まるで未知の言語を聞かされたかのように首を傾げていた。


 その様子に、九頭見は心底残念そうに重いため息を吐く。


 「お前たち……。この学院は他に類を見ない特殊なカリキュラムであるとはいえ、お前たちは学生なんだ。普通の学生であるならば当然にある――定期テストのことだ」


 その瞬間、教室は一転して阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 「うおおぉっ!  忘れてた!  んな嫌なもの思い出させねぇでくれよ、朱巳ちゃん!」


 宇賀が生徒を代表するように絶望を背負い、天を仰いで叫ぶ。


 「先生だバカ者が。……一応伝えておくが、ポイント交換の申請宛に『テストの免除』や『赤点時の補習免除』などを送るなよ。あちらの運営からも『こんな不躾な要望を送られたのは初めてです』と困惑の連絡が来ている。なぁ、宇賀?」


 名指しされた宇賀は、椅子から転げ落ちんばかりに動揺した。


 「な、何で俺だって……!?  あれ匿名じゃねぇの!?」


 「去年、職員室であれだけ騒いでいたのを忘れたのか?  カマかけに決まっているだろう」


 後ろで項垂れる姿の宇賀をまどかは面白そうに見つめ、真は静かに演算を行っていた。


 去年、彼が一体どんな騒ぎを起こせば、これほどまでに教師の記憶に「特異点」として刻まれるのか。


 その行動原理は、真の論理回路をもってしても予測不能な領域にある。


 「普段からきちんと授業を聞き、各々復習を行っていれば、赤点は……まあ、回避できるだろう。それ以上に点を取り、ポイントを増やしたければ――」


 九頭見の言葉が途切れたのは、物理的な要因だった。


 教室内、全校生徒の携帯端末が一斉に、軍隊の足音のような鋭い着信音を響かせたのだ。


 九頭見は話の腰を折られたことに不快感を隠さず、苦虫を噛み潰したような顔で「確認して構わん」と短く指示を出した。


 許可を得た生徒たちが、一斉に端末を操作する。


 真も自分の携帯端末の画面から着信したものを確認する。




 【学生会から全校生徒へのお知らせ】

 来る定期テストにおいて、以下の評価基準を適用。

 ・各教科の平均点獲得:ポイントプラス

 ・平均点以上:さらなるボーナスポイント

 ・平均点の半分以上:変動なし

 ・平均点の半分以下:ポイントマイナス

 ・赤点者:ポイントマイナスに加え、土日を利用した『空因寺』での特別補習を命ずる。




  その通知の末尾には、冷徹なフォントでこう付け加えられていた。




 ――『規律なき知識は、無価値である』。




 「NOぉおおおおっ!  いやだぁああああっ!  氷結の処刑人(アイス・メイデン)とのマンツーマンはもう嫌だぁぁぁあああ!!」


 「『コタローうるさいわよ。……でも、あんたが去年あのポニテちゃんと一緒に「お勉強」してたっていう事実は、よくわかったわ』」


 まどかが宇賀の頭上でニヤニヤと笑っている。


 真は、画面をスクロールしながら告知の内容を詳細にチェックしていた。


 「あるがままに」を是とするあの和尚のことだ。


 「外界と隔絶した空間」を求められれば、そこにどのような教育的、あるいは政治的な意図があろうとも、「存分にお使いくだされ」と二つ返事で受け入れたのだろうと、真は、和尚のあの捉えどころのない微笑みを思い出し、思考の優先順位を切り替えた。


 「『ねえ、まこと。見てなさいよ。コタローがあれだけ怯えてるんだもの、あのポニテちゃん、今ごろどこかで「規律の剣」でも研いでるんじゃない?』」


 まどかの冗談めかした言葉を背に、真は告知のチェックが終わり、携帯端末を静かに仕舞った。


 「そろそろ静まれ。朝の伝達事項はまだ残っている」


 九頭見の言葉にざわついていた教室は少しばかり静かになり、九頭見は頭を悩ませながらも朝のホームルームを終わらせた。


 ホームルームが終了し、九頭見が教室を後にする。


 解放された生徒たちが再び絶望と対策を叫び始める中、真は無機質な動作で自身の筆記用具を整理し、席を立った。


 「おい、まこと! どこ行くんだよ。俺の遺言でも聞いてくれるのか……?」


 机に突っ伏したままの宇賀を視界の端で処理し、真は「効率を考え、次の教室へ移動する」とだけ言い残した。


 混雑前に廊下へ抜け出そうとしたが、廊下はすでに喧騒の波に飲まれていた。


 しかし、真はその喧騒の裏側に、ある「指向性」を感じ取る。


(……規律への過剰な反応。通知が送られる前と比較し、廊下を歩く生徒たちの歩幅と速度のばらつきが、統計的に有意な範囲で減少している)


 真は歩きながら、学内にいる生徒たちの様子を観察していく。


 階段の踊り場。規律維持局の腕章を巻き、手帳に鋭い視線を落としている獅子井志那都の姿があった。


 彼女が違反者を静かに、しかし逃げ場のない正論で糾弾するたび、周囲の空気が物理的に研ぎ澄まされていくような錯覚を覚える。


 購買部へ向かう人混みの中では、昨日のセールで共に戦場を渡り歩いた――九頭見の言葉を借りれば、九尾ヶ坂という名の少女が、数人の取り巻きを連れて「テスト、お互い頑張りましょうね」と完璧な聖母の微笑みを振りまいていた。


「『あっ!? あの娘、やっぱりこの学院の生徒だったのね。しかしあれね、ああやって歩いてると、ここが共学じゃなくて女子高に見えてくるわ。そのうち「リボンが曲がっていてよ」とかやりそうよね』」


 まどかの冗談はともかく。


 彼女たちが纏っている雰囲気は、明らかに周囲とは異なる異質な「色」を帯び始めているように見えた。


 「『ねえ、まこと。みんな面白い顔してるわね。まるで、見えない「点数」っていう首輪を付けられたみたい』」


 宙を漂うまどかの言葉に、真は内心で頷く。


 かつての大口のように歪んだ願望の持ち主か、あるいはこの学院の外――どこか別の場所にいる誰かが、この歪みの起点となっているのか。


 真は移動教室のドアを開ける。


 その先には、平穏を装いながらも、誰かの執着によって少しずつ、誰も気がつかぬうちに、変質し始めた「五月の日常」が広がっていた。




 


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