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No.126 新都の輪郭、あるいは遠景の散策




 No.126 新都の輪郭、あるいは遠景の散策




 渋る美弥を半ば強引に家から連れ出したものの、真のデータベースには、この外出における具体的な「娯楽」のプランは存在していなかった。


 玄関先で無機質に立ち尽くす真の視界に、意気揚々と胸を張るまどかが割り込んできた。


「『仕方ないわねぇ。このお姉ちゃんに任せなさい!』」


 実体のない姉の提案には、常に予測不能なノイズが混じるリスクがある。


 だが、現状の滞留した状況を打破するには、彼女の直感に従うのが最も効率的であると真は判断した。


 まどかの出した案は、昨日、中途半端に切り上げられた「新都」の散策だった。


「『ほら、あっちの方には大きなデパートもあるし、何かしら暇潰しの種くらい転がってるんじゃない?』」


 まどかが指差す方角――新都の中心部。


 真は美弥に対し、目的地を新都の商業エリアに設定することを告げた。


 「え~遠いし、すぐ近くの公園とかにしない」


 だが、美弥は即座に表情を歪め、すぐ近くにある公園で妥協できないかと言い募った。


 遠出を嫌った理由は明白、家から近ければすぐに帰れゲームを行うことも早くできると画策しているのだろう。


 だか相手は冷静に論理的思考を組み立てる真、美弥の平日は職場との往復、休日は自室でのゲームに没頭する彼女の生活ログを鑑みれば、それは極度の運動不足による怠慢であると断定せざるを得ない。


 真は美弥を見据え、彼女の現在の体力が生存戦略上、著しく低下している事実を淡々と指摘した。


 その上で、今日という一日をかけて身体機能の維持に努めるべきだと念を押す。


 理路整然と淡々した真の宣告に、美弥は「……わかりました」と力なく頷き、観念したように肩を落とした。


 「『とは言え、美弥ちゃんの体力を考えたら、バスで行った方が現地で動けるわよ』」


 まどかが再び助け舟を出した。新都まで徒歩で移動した場合、目的地に到達した時点で美弥の全エネルギーが枯渇し、帰路が物理的に困難になるリスクがある。


 その「予測」は極めて妥当と判断した。


 真はまどかの提案を採用し、バスを利用して移動することを美弥に伝える。


 停留所へと向かう道中、真は自身の視界の隅で楽しげに跳ねるまどかの残像を捉えていた。


 昨日の「毒」を浄化するための散歩。


 だが、向かう先である新都の喧騒が、再び真の右目にどのような刺激を与えるのか。


 その不確定要素を演算の隅に置いたまま、真は美弥を促してバスへと乗り込んだ。


 新都の商業エリア、その中心にそびえ立つデパートに足を踏み入れた瞬間、真たちは視覚と聴覚の奔流に晒された。


 連休最終日という条件に、壁面に踊る『特別安売り』の幟が加わった結果、フロアは人の波で溢れ返っていた。


「『うわぁ……芋洗いってこういうのを言うのね』」


 まどかが空中で顔をしかめる。


 その視線の先では、期間限定のワゴンセールという名の「戦場」が展開されていた。


「まーちゃん……来たかった理由は多分あの安売りのためなんだろうけど、私じゃ戦力にならないわよ」


 美弥が弱音を吐くのも無理はなかった。


 歴戦の主婦たちが怒号と共に品物を奪い合うその空間は、素人が足を踏み入れれば一瞬で弾き飛ばされるであろう修羅場だ。


 だが、真の反応は違った。


 彼のその目は、主婦たちの筋肉の弛緩、視線の動き、そしてワゴン内の在庫状況を瞬時にスキャンし、最短かつ最も確実な「獲得ルート」を算出し始めていた。


 真の無機質で冷えた瞳に、演算への集中という名の微かな火が灯る。


「『あっ、いってらー』」


「がんばれ、まーちゃん……」


 端から自身を戦力外と定義している二人は、安全圏から無責任なエールを送り、真の背中を見守ることにした。

 

「キーッ! それは私のよ!」


「何言ってんの、私のに決まってるでしょう!」


「小娘どもが、道を譲りなさい!」


 凄まじい醜い、もとい。


 怒号と熱気が渦巻く中、真は静かに、しかし流麗な動きで戦場へと分け入った。


 荒れ狂う波間を縫う糸のように、主婦たちの僅かな隙間を突き、目標物を次々と奪取していく。


 そして、次の品物に手を伸ばした瞬間、真の指先とは別の「誰か」の手が、同時にその布地を掴んだ。


 真が視線を向けると、そこには同年代と思われる一人の少女が立っていた。


 彼女もまた真を見つめていたが、一瞬だけ優雅に微笑んだかと思うと、掴んでいたはずの品物がまるで手品の種明かしのように、吸い込まれるように彼女の手の中へと収まった。


「失礼。こちら、いただきますね」


 どこか上品な響きを残し、彼女はその場から霧のように姿を消した。


 かと思えば、数メートル離れた別のワゴンに現れ、再び圧倒的な速度で品物を手に取っていく。


 冷徹な演算者であるはずの真ですら、その圧巻の身のこなしには一瞬呆気に取られた。


 だが、すぐさま正気を取り戻すと、本来の目的を遂行すべく再び雑踏の中へと身を投じた。


「『全く、よくそんなに取ってきたわね。普段の理屈屋なまことにしては珍しいわよね』」


 「まーちゃんがそんな行動に出るなんて、私としても嬉しいわね。……えっ、何? そういう服が欲しかったの?」


 まどかのツッコミに重なるように、美弥が不思議そうな声を上げる。


 真は山積みの戦利品を抱えたまま、美弥に向けて首を振った。


 真は美弥に対し、これらは全て美弥のために確保したものであり、不要であればフリマサイト等で売却し、資産に変換するようにと淡々と伝えた。


「う、うん……ありがとう、まーちゃん」


「『まこと……女性に贈るんなら服選びはもう少し考えなさい。どう考えても美弥ちゃんの趣味じゃないでしょう。何この、動物の顔がデカデカとプリントされた服は。大阪のオバちゃんたちだってこんなの着ないわよ』」


 美弥の困惑した表情と、まどかの辛辣な説教が真に降り注ぐ。


 真にとって、それらはあくまで「獲得可能性が最も高かった品物」という論理的な取捨選択の結果に過ぎない。


 服の意匠や良し悪しという抽象的な価値基準は、彼の演算においては二の次、三の次の優先順位でしかなかったのだ。












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