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No.129 日常への帰還、あるいは未処理のログ




 No.129 日常への帰還、あるいは未処理のログ




 宇賀の独白が終わり、再び静寂が公園を支配した。


 真は手に持っていた、もはや温もりを完全に失った缶コーヒーを、「それをどうするかは宇賀琥太郎、君次第だ」と無造作に差し出した。


 それは冷徹な事実の提示であり、同時に、彼の抱える重荷を共有することも、肩代わりすることも拒む冷たい宣言でもあった。


「……きっついなぁ、お前。でも、あんがとな、まこと」


 宇賀は力なく笑い、その冷えた缶を受け取った。


 真は立ち尽くす彼を一人公園の闇に残し、一切の躊躇なく踵を返して歩き出した。


 「『……全く、この子は。もうちょっと言い方ってものがあるでしょうが。あれじゃコタローに、トドメを刺したようなものよ?』」


 まどかが呆れたように肩をすくめながら、真の背後を浮遊して追いかけてくる。


 文句を口にしてはいるものの、その表情にはどこか慈しむような、穏やかな色が混じっていた。


 夜の冷気を孕んだ住宅街を通り抜け、自宅へと辿り着く。


 玄関の扉を開け、静寂が待つ家路を想定していた真の耳に、二階から鼓膜を震わせるような絶叫が降り注いできた。


 「こんなの人間に出きるか! ふざけんなー! クソ運営!!」


 美弥の声だった。


 どうやらゲームか何かの不条理な仕様――あるいは調整不足のボスキャラクターに直面し、憤怒を爆発させているらしい。


 「『……なんだろう、この温度差。安心っていうより、妙な納得感を感じちゃうんだけど』」


 まどかがリビングの空中で苦笑いしながら呟く。


 真は特に反応することもなく、ただ、深夜の住宅街で近所迷惑にならなければいいが、とだけ考えた。


 つい先ほどまで脳裏を占領していた、鮫島の異質な歌声の残響や、宇賀の血を吐くような独白。


 それらが、美弥の放つ『世俗的な怒り』というノイズによって、急速に現実味を失い、遠ざかっていくのを感じていた。


 階段を激しく駆け下りる足音がリビングに響き、美弥が姿を現した。


 どうやら、ゲームによる精神的摩耗を糖分か何かで即時補填しに来たらしい。


 真は、明日で連休も終わりだと言うのに平日のバイオリズムに支障をきたさないのかと、懸念を口にした。


 「今日の日付が変わるまでは、まだ今日だから平気よ。それよりまーちゃん、何かあった? いつもよりなんとなく、険しい顔してるわよ」


 美弥の指摘に、真の右目が微かに揺れる。


 無機質な演算処理の裏側で、鮫島の異質な存在感や宇賀の血を吐くような独白といった、未処理の巨大なログが滞留していることを彼女は見抜いたらしい。


 保護者としての直感か、あるいはカウンセラーとしての職業病か。


 美弥はリビングの椅子に深く腰掛けると、スナック菓子の袋を抱えたまま、手招きで真を呼び寄せた。


 「『……あきらめなさいまこと。美弥ちゃんの事だから、聞き出すまで解放してくれないわよ』」


 真の傍らでそんなことを口にするまどか。確かに美弥のいまの表情には、傍らで浮遊する姉と同じ、純粋で厄介な性質――『好奇心』が宿っていた。


 真は小さく肩を落とし、促されるまま向かいの椅子に腰を下ろした。


 「それで、何があったの? 話してみて」


 彼女のトーンは、強要するほど鋭くもなく、甘やかすほど柔らかくもない。


 ただ、そこにある事象をありのままに受け入れようとする、ごく自然な「器」のような響きだった。


 真は、自分の指を組むようにすると、いまだに先程の缶コーヒーの熱が指先に在るように感じられ、それを弄ぶようにしながら、今日という一日の記憶(ログ)を、静かに言語化し始めた。















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