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No.133 残響の魔女、あるいは三者の不一致




 No.133 残響の魔女、あるいは三者の不一致




 頼まれたとはいえ、宇賀のあの抽象的かつ主観に満ちた説明だけで、広大な新都から探し人が見つかるはずもない。


 そう効率的に結論付けようとした真の思考を、隣に浮遊する姉の、ひどく困惑した声が遮った。


 「『……まこと。ボク、見つけちゃったかも。というか、あれを見逃せっていう方が無理よ、コタローの言ってた人……』」


 宇賀と別れてから数分も経っていない。まどかの呆然とした視線を追い、真は足を止めた。


 そこには、近代的なビル群の隙間に、時間の潮流から取り残されたかのように、一軒の古びた駄菓子屋が佇んでいた。


 それだけでも十分に都市のバグのような光景だったが、その店先には、場所にも時間にも絶望的に不釣り合いな人物が、縁側に根を張るように座り込んでいた。


 鋲の打たれた重厚なレザージャケットに、何かに引き裂かれたようなボロボロのジーンズ。首には鋭い棘のついたカラー。


 全体的に夜を溶かしたような黒髪には、毒々しいほど鮮やかなネオンカラーのメッシュが混じり、周囲の色彩をそこだけ歪めている。


 そのパンクな風貌の女性は、店先で一心不乱に『吹き戻し笛』を吹いていた。


 それも、十本以上に枝分かれし、吹くたびに色とりどりの紙の舌が不気味に蠢く特注品だ。


「『……あれ、テレビの罰ゲームでしか見たことないんだけど。どんな肺活量してるのよ!? あと普通の駄菓子屋にあんなの売ってんの!? おかしいでしょう!』


 さすがのまどかも引いている。


 真は無言で歩み寄り、相手が鮫島汐音であるかを確認した。


 女性は答えを返す代わりに、笛を『ピーッ!』と肺の底から勢いよく吹き鳴らした。


 十数本の紙が一斉に真の鼻先まで伸び、威嚇するように震える。


 「『いや、わかんないから! 返事はちゃんと言葉にしなさいよ!』」


 まどかの怒声を代弁するように、真が冷ややかな、それこそ零度に近い視線を送ると、女性は重だるそうに笛を口から離した。


 巻き戻る紙の音が、静かな路地裏に卑屈に響く。


 「……だれ?」


 宇賀の友人であると。


 「……そう」


、そして彼が探していることを、最短の単語を選んで真は告げた。


 「……わかった」


 無機質な単語の応酬。


 真の合理性と鮫島の虚脱が噛み 合い、会話がミニマリズムの極致に達する。


 「『会話をしなさいよ! 単語だけでやり取りすんなー!』」


 ついにまどかが声を荒らげた。


 真がわずかに首をかしげると、一呼吸遅れて、鮫島も鏡のように首をかしげた。


 「『効率的だから問題ないとか考えてないでしょうね、まこと! それとそっちの人! あんた、ボクが見えてるの!? 見えてたら驚きを通り越して、なんか納得するわよ!』」


 吠えるまどかを見つめ、「だれかいるの」、と鮫島が呟く。


 亡くなった姉がいると真が淡々と答えると、鮫島は一瞬だけ眉をひそめるも、まどかがいる空間へ真っ直ぐに視線を送った。


 「……こんにちは」


 鮫島はそれだけ言い残すと、ひらりと手を振ってライブハウスの方向へふらふらと歩き出した。


 その背中を見送り、真は再び足を動かし始める。


 一方、その場に固まっていたまどかは、幽霊である自分の方が「幽霊を見せられた」ような顔で追ってきた。


 「『……コタローが言った意味がわかったわ。誰とは言わないけど、確かに似てるわね。誰とは言わないけど……!』」


 宇賀が言った「変な女」。


 それは間違いなく、先程の鮫島を指していたのだろう。


 だが、宇賀から見れば、虚空に向かって独り言を繰り返す真こそが「変なやつ」の筆頭であり、真から見れば、家で突然ござる口調になる美弥や、今隣で喚いている姉、まどかこそが『変な女』の定義だ。


 そしてまどかは、目の前の鮫島の中に、自分と同じ「正気と狂気の境界線に立つ危うさ」を見出し、自分もまたそのカテゴリーに含まれていることを悟ってしまったらしい。


 三者三様の『異常』が交差した瞬間。


 まどかは自分の頬をパチンと叩き、感情の起伏を見せない真の背中を、憑き物が落ちたような、それでいてひどく疲れた足取りで追いかけた。


 宇賀に発見の報告を入れ、真は一度散策を切り上げて帰宅した。


 美弥の様子を確認したが、彼女は未だ『兵糧丸』の副作用か、深い眠りの底に沈んでいるようだった。生存を確認し、真は再び家を出る。


 目的地は、ライブハウス『十王UNDERGROUND』。


 宇賀と顔を合わせた以上、彼のライブを反故にするわけにはいかない。


 論理的な義理を果たすため、真は再び新都へと足を運んだ。


 辿り着いた会場には、見知ったクラスメイトたちの姿が幾人もあった。


 「『へぇー、コタローの曲って人気があるのね』」


 感心したようなまどかの声を聞き流し、彼らに混じって受付でチケットを提示する。


 室内はさほど広くはなかったが、すでに立錐の余地もない。


 しかし、そこにいる観客たちは熱狂しているというより、どこか魂を抜かれたような、虚脱を伴う満足げな表情を浮かべていた。


 それは、強い毒を摂取した後の陶酔に似ていた。


 「『まこと、チケットと一緒に渡されたビラ見てる?  コタローの他にもいろんな人たちが時間交代でやってるみたいよ。ほら、ここ』」


 浮遊する姉に指し示され、宇賀から渡されていたビラに目を落とす。


 そこには各時間帯の出演バンドが記されており、その中の一つに『A-LIVE²(アライブ・アライブ)』という名を見つけた。


 メンバー表には『KOTAROU』という記載がある。


 やがて前のバンドが引き上げ、暗転した舞台に青白いスポットライトが落ちた。


 宇賀がドラムセットの前に座り、不敵な笑みを浮かべてスティックを構える。

 

 ギター、ベース、キーボードの男性陣がその背を固めるように並ぶ。


 そして最後に、ステージ中央のスタンドマイクの前へ、一人の影が滑り込んだ。


 「『……わかっていたことだけど、やっぱり彼女で良かったのね』」


 ステージ中央に立ったのは、先ほど駄菓子屋の店先にいた鮫島汐音だった。


 それぞれが定位置につき、宇賀がスティックを四回、乾いた音で打ち鳴らす。


 直後、鼓膜を直接蹂躙するような重低音と、空間を真っ二つに切り裂くような轟音が鳴り響いた。


 音の嵐が会場を飲み込み、真の右目が、これまでとは違う「歓喜に近い疼き」を訴え始めた。


















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