No.142 虚飾の断罪、あるいは論理の断末魔
No.142 虚飾の断罪、あるいは論理の断末魔
【……『真円を綴る者』出力、正常。全感覚同期、完了。……これより、対象個体:想像主・大口一子の真実究明を開かいs――
魔道書を手に一歩踏み出した、その瞬間だった。
回避不能。
防御不能。真の視界は激しく上下し、リベレーターとなったはずの体は、白黒の廃墟を何枚も突き破って後方へと吹き飛んだ。
「『キャアアアアアアッーーー!!』」
背中のローブがクッションのように変化をするも、その勢いは止まらず瓦礫を砕き、立ち込める灰の中で、真は激しく咳き込んだ。
「……なんですか? 仰々しく姿が変わったと思ったら、なにも変わってないじゃないですか」
瓦礫の山に沈んだ真を見下ろし、大口が冷めた声を出す。
この世界の理そのものを支配している彼女にとって、変身など誤差に過ぎない。
力の使い方すら理解していない今の真は、彼女の指先一つで書き換えられる『静止画の標的』でしかなかった。
「そんな姿が変わるくらい、私にだって出来ますよ。ほら、こんな風に」
大口が呼び笛を握りしめると、指先からどす黒い、血のように不吉な赤光が漏れ出した。彼女はその光を、自らの胸へと無理やり突き立て、臓物を掻き回すように抉り、回した。
「あ……、あが、ぁ……ぁああああああッ!!」
それは覚醒の産声ではなく、自らの魂を拒絶するような、凄惨な悲鳴だった。
大口の胸の裂け目から、濡れた毛並みを持つ巨大な獣の腕が這い出し、続いて剥き出しの牙、そして獰猛な黄金の瞳を持つ『人狼』が、彼女の影を裂いて姿を現した。
「おいおい。なにを焦ってるんだ宿主さんよ。あいつらがなにをしようが、ここは俺たちがルールだ。なにも出来やしねって」
狼の頭部を持ちながら、人のように粗野な口調で笑う獣。
ふらついた大口の体を、人狼がその強靭な腕で支える。大口はその醜悪な半身を、焦燥の混じった瞳で睨みつけた。
「何かってに出てきてるんですか……さっさと力を貸しなさい」
「あん? 別に問題ねぇ──」
「いいから、力を、貸しなさい!」
強い言葉で人狼を封じると、人狼は肩をすくめ、その要求に従うように赤黒い光の粒子へと爆ぜた。
光は大口の周囲を荒々しく駆け巡り、やがて彼女の肉体と一つに溶け合っていく。
光が収まった後に立っていたのは、人智を超えた『獣の女王』だった。
手足は鋭い爪を持つ狼のものへと変わり、両肩には剥き出しの殺意を放つ狼の頭部が鎮座している。
そして、その中心にある彼女自身の顔。
かつて饒舌に嘘を振りまいたその口元は、真っ赤な『×印』が刻まれた鉄のマスクによって、言葉を永遠に封じ込めるかのように、硬く、無残に塞がれていた。
【……Error。対象個体:大口一子の脅威レベル、再計算不能。……世界の理が、完全に対象個体:大口一子によって書き換えられました】
「『ちょっ、なにあれ!? 頭が三つ!? なんかもう完全に怪人じゃないあれ!?』」
「『ヒャッハー! 派手にぶっ飛びな!』」───【地味に静かにしてろ】
言葉を失った大口の代わりに、その両肩の狼が、真実を噛み殺すための咆哮を上げ。激しい暴風のような一撃が真を襲う。
しかし、リベレーターの片眼鏡が、人狼の言葉に混じる奇妙な『ノイズ』を捉える。
「『無駄だ、無駄だぜ! 俺たちは嘘は言わねえ。この世界にあるのは、純粋な『ありのまま』だけだ!』」──【ウソだけだ】
両肩の人狼の咆哮と共に、赤黒い衝撃波が叩きつけられる。
リベレーターの防壁を紙細工のように引き裂き、真の肉体に『虚偽の質量』が重くのしかかった。
【……警告。対象個体・名称人狼:の攻撃・虚偽により。自己の論理回路の60%が汚染。……汚染侵食により、真実を認識する機能が著しく低下中。……エラー:自身の存在定義が揺らいでいます】
「がっ……、はあ……っ!」
真は膝をつき、激しく吐血した。
血さえもが白黒に濁っている。視界が歪み、開かれた魔道書のページに、人狼の吐き出す『嘘』が書き綴られていく。
「『どうした、理屈屋! 正論で腹が膨れるかよ! テメェの信じてる『真実』なんてな、この世界じゃただのゴミクズなんだよ!』」───【ただの虚構なんだよ】
人狼が嘲笑う。
その鋭い爪が真の肩を貫き、そこからドロドロとした黒い泥が流れ込んだ。
真の脳内に、自分たちがこれまで積み上げてきた絆さえも「偽物」だと囁くノイズが響き渡る。
【……警告。論理回路が50%まで低下、汚染されています。……『嘘』が物理的な毒としてニューロンを侵食中……早急な処置を推奨します】
人狼が傲慢に吠える。真の傍らで守護に回っていたまどかが、反射的に叫んだ。
「『――あんた、それが嘘でしょうが!! なにがウソ言わないよ! ウソだらけじゃないこの世界!』」
遠く霞む山向こうから聞こえるような、まどかの叫びを聞いた瞬間に、真に塗り込まれていたノイズを打ち払うように真紅の火花に焼かれて消え、その失い掛けた意識を繋ぎ止めた。
その瞬間、人狼の剛腕がバグを起こしたように激しく明滅し、砂上の楼閣のように光の粒がこぼれ落ちる。
真が持つ魔道書へと吸い込まれ、空白だったページが淡く光だし、新たな真実の文字列を刻んでいく。
【──法則の理解。この世界の力の根源は『信頼』ではなく『矛盾の排除』と断定。相手の嘘を真実で暴くたび、世界の統治権がこちらへ移行します】
真は右目のログで確信した。
この世界の理は暴力ではなく、『真実』による『虚偽の解体』であると。
ならば自分のすることは、真実を見つけ出し、相手に突き付ければいい。
真は右目で周囲を観察し、乖離している空間の「継ぎ目」から漏れ出すログを割り出す。
そして人狼の背後に一瞬だけ揺らめいた『奇妙なノイズ』を捉えた。
人狼の『ありのまま』という言葉と、大口の『怯え』──その不一致が、魔道書の空白のページに火花を走り散らす。
【……ログ検索を開始。対象の言動と空間構成要素の乖離をスキャン。……不整合を検知。不適当な記憶の断片を、一つの論理へと統合します】
真の脳内に、情報のピースが組み合わさる高音が鳴り響いた。
【──生成完了。証拠品:『十年前の通信記録ログ』をアーカイブへ。……さらに対象の焦燥から抽出。証拠品:『偽装された流布パスワード』を獲得】
(論理の欠片は揃った。あとは、綴るだけだ)
しかし人狼がそれを許さないかのように、その鋭い爪が真の喉元数センチまで迫ってくる。
「『へっ、一箇所暴いたくらいで勝ったつもりかよ! この世界は一子の悲しみで出来てんだ。テメェらみたいな『外側』の正論が届くもんか!』」──【ウソで作られてるんだ】
「悲しみ……? それは違う、彼女が自分の醜さから目を逸らすための『隠れ蓑』だ!」
真は周囲を見回す。世界は大口の手により嘘で塗り固められたが、真の右目には今や真実が映し出されている。
故に真は大口が隠そうとしていた真実をさらけ出す。
真が魔道書の頁を叩き。言霊に質量を宿らせる。
「大口一子の『正解』をすべて否定する。……大口一子、人狼が口にした『ありのまま』とは、あなたが誤って情報を流してしまい、誰かを陥れてしまった過去を肯定するための嘘だ」
真が鋭い言葉を大口に語った瞬間、大口の目は見開かれた。
「何が……っ、何が分かるっていうんですか! 私はただ喜んで欲しかっただけ! 正しい情報を、真実だけを、私は、提供し続けただけなんです! 間違ってない! 私は間違ってなんかないんだ!!」
×印のマスクの下から、押し殺したような震えた声を吐くと、そのマスクの隙間から吐血のように血が溢れだす。
だが、真の魔道書は容赦なくその矛盾を暴き出す。
「『真実だけを』、それが最初の嘘だ」
真は未だ刻みきれていない魔道書より速く、自分で組み上げた論理を大口へと紡いでいく。
「大口一子。あなたは昔、友人に頼まれ、とある人物の個人情報を提供した。しかしその取得していた情報は誤りがあった。そのときのあなたは、既に情報屋として地位を確立していた。あなたは恐れた、いままで築いてきた情報屋として地位が崩れるのではないかと、だからあなたは画策した」
真の言葉に大口の目が動揺するような走る。
散りばめられた映像。
不揃いのピース。
一見なんの意味のない情報として映ろうとも、点は線となり。
形となればその姿を、真実をさらけ出す。
「その流してしまった誤情報こそ『嘘』であると、流してしまった本人以外に流布し、情報を与えた提供者を『嘘つき』に仕立て上げた。……それがあなたが塗り潰したい『真実』の正体だ!」
突き付ける真実。大口の体は震え始め。
「やめて……あああ、やめてえええっ!!」
大口が頭を抱え、絶叫する。
その拍子に世界の重力が反転し、廃墟が真たちを押し潰そうと迫り来る。
世界全体が大口の拒絶に呼応し、暴走を始めたのだ。
「『まこと、危ないっ!』」
まどかは己の体の一部となっているローブを操り、飛んでくる瓦礫などを弾き飛ばして真を守り。
大口に情け容赦のない言葉を告げる。
「『……ワン子ちゃん! 痛いのは、あなただけじゃない! あなたに嘘を吐かれた人たちは、もっと、ずっと痛かったはずよ! その痛みを『なかったこと』になんて、させない!』」
「うるさい、うるさい、うるさい! 嘘がなきゃ、私は生きていけない! 私は善意でやったの! みんなを喜ばしたかった! 友達が欲しかった! 私が悪いんじゃない、世界が、真実が残酷すぎるのが悪いのよ!!」
大口の叫びに合わせ、人狼の姿が膨れ上がり、醜悪な肉の塊へと変貌していく。
自己正当化という名の怪物が、二人を丸ごと飲み込もうと顎を開く。
【……残存論理容量、残り5%】
(……これが、最後の、一撃……!)
真は片眼鏡を真紅に発光させ、魔道書を全開にした。
そこには、奪い取った大口の記憶が、逃れようのない『証拠』として綴られている。
「大口一子、認めろ。あなたは自分を許せないから嘘を吐いたのではない。自分を愛しすぎているから、傷ついた自分を見たくなくて嘘を吐き続けているんだ。……人狼が吠える『俺たちはルールだ』という言葉……それは、罪を犯してもなお、被害者でい続けようとするあなたの『傲慢』そのものだ!」
真の断罪が、大口の心の最も深い核を撃ち抜いた。
刹那、人狼の巨躯が内側から弾け飛び、魔道書へと全ての虚偽が吸い込まれ、封印される。
───静寂
残されたのは、ぼろぼろとこぼれ落ちる×印のマスクの下で、呼吸さえもままならず震える大口一子の姿が。
彼女の目からは、もはや色を持たない泥のような涙が溢れ出し、白黒の大地を侵食していく。
「……殺して。お願い、嘘を奪うなら殺してよ……。本当のことなんて、耐えられない……。私がついた嘘が消えたら、私は……私が傷つけた人に、なんて言えばいいの……っ」
救いのない絶望に縋る彼女に対し、真は一息、肺の中に空気を入れる、まどかは真を背中を抱くように現れ、その手を、指をを伸ばす。
魔道書のページがまるで無限あるように高速に捲られていく。
そして二人は───最後の一撃を言い放つ。
「「それは嘘だ――ダウト!』」
その瞬間、世界に致命的な音が鳴り響き。硝子がぐずれる様にカテドラルは崩壊を始めた。




