No.144 再定義される絆、あるいは真紅の覚醒
No.144 再定義される絆、あるいは真紅の覚醒
「……あら、お返事がないですね。なら仕方ありません。私の方で、勝手に『正解』を決めさせてもらいますね」
大口が残酷なほど穏やかに微笑み、銀色の呼び笛に指をかけ、その艶やか唇へと持っていく。
システムが沈黙し、ただの空虚な肉の塊へと成り果てた真の存在。
それをこの白黒の世界の一部――物言わぬ『嘘の残骸』へと書き換え、永遠に葬り去ろうとした、その時だった。
「『さ……せ、ない……ま……は、……ボ、ク……が……まも……るっ!!』」
真の足元で、これまで『不要な重量増加』として踏みつけられていた『黒い砂嵐』が、猛然と跳ね上がった。
かつて少女の形をしていたそれは、今や判別不能な黒いシミに過ぎない。
絶え間なく溢れ出すノイズの塊。因果の果てに捨て置かれた、形を成さない『ナニカ』。
それでも、その意志だけが強固な防壁となって、大口と真の間に立ち塞がる。
「はぁ……なんだかよく分かりませんけど。私の世界に、そんな不確かなものは必要ありません。──消えてください」
大口が不快げに呼び笛を優雅な動作で呼び笛を吹き鳴らす。
笛の音は空気を震わせる波紋ではなく、飢えた獣の唸り声となって空間を削り取り、まどかへと襲いかかった。
物理法則を無視した衝撃が、『まどか』を容赦なく叩き潰す。
ピクセルが弾け、存在そのものが千切れ飛ぶ。通常の魂であれば、その一撃で概念ごと消滅していただろう。
だが、まどかは消えない。霧散しかけた黒い粒子が、断末魔のようなノイズを上げながら、再び磁石に吸い寄せられるように真の前へと集結する。
一度、二度。
大口が想像主の力で世界の法則を書き換え、彼女を『無』として再定義しようとするたび、空間そのものがまどかを拒絶し、圧壊させようとする。
それでもまどかは呪いのように、あるいは祈りのように、真の前から一歩も退かないでいた。
「――目障りですね。なら、二人まとめて消えてしまいなさい」
いい加筆に苛立ちを露わにした大口が、呼び笛を深く咥え込む。
放たれた音は、もはや笛の音ではなかった。すべてを無に帰す、世界の終焉を告げる獣の咆哮。
白黒の世界に巨大な亀裂が走り、万物を飲み込む拒絶の波動が押し寄せた瞬間――真の意識の底で、死んでいたはずの論理回路が、何かを感知した様に火花を散らして跳ねた。
「『ごめん……まこと……。ダメな、おねえちゃんで……ごめんね……』」
空間が裂ける轟音の中、ノイズの隙間から、消え入りそうな、けれどあまりにも鮮明な『声』が届いた。
これまで、どれほど演算しても『ノイズ』としてしか処理できなかったその響き───それが、今。
(……エラー。……不要データの音声解析を開始。……十年前、未公開アーカイブの波形と……完全、一致……)
脳裏を裂いて、凍結されていた記憶の断片が、鮮烈な閃光となってフラッシュバックする。
立ち込める煙。血の匂い。
そして、崩れ落ちる大木から自分を庇うように押し倒れた、一人の少女の背中。
視界を覆っていた砂嵐が、劇的な速度で収束していく。
『ボク』と名乗っていた不確かなバグの輪郭が、真の瞳の中で、一気に色彩を帯びた『姉』の姿へと重なり合った。
「……姉さん」
真の唇が、生まれて初めて自らの意志で言葉を紡ぐ。
その瞬間、世界を覆っていたモノトーンの霧が、真紅の業火に焼かれるように晴れ渡った。真の全身を、氷結したシステムを融解させるほどの強烈な熱波が貫く。
(……全システム、強制再起動を実行。……論理演算を『縁』による再構成へ移行。……リミッター、強制解除……今度こそ僕は──)
脳裏に、あの宿望館の女執事の声が、慈しむように響き渡る。
「さあ。縁は再び結ばれました。今こそ結ばれた絆の力で、あなた様の可能性の扉を開け放つのです」
真の右目が見る世界に、かつてないほど鮮やかな、そして燃えるような『真紅』のログが走り始めた。
視界の端で低下し続けていた生存確率は、一瞬にして測定不能なオーバーフローを起こし、真っ白な虚偽の世界を赤く塗り替えていく。
【『絆の鍵』によるシステム:インテグレーションの発動を確認。対象個体:『繭住円』───ダウンロードをはじめますか? Y/N 】




