表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/169

No.145 想像主の呼び笛、あるいは甘美なる論理汚染




 No.145 想像主の呼び笛、あるいは甘美なる論理汚染




 「くすくす。……驚いたような顔をしていますね、まことくん」


 大口一子は、狂った景色を慈しむように両腕を広げた。


 彼女の指先が虚空をなぞるたび、白黒の地面からは深海魚のような異形が植物のように生い茂り、酸素の代わりに『炎の花びら』を撒き散らしては、ありもしない海の夢を囁きながら、泡となって消えていく。


 (……Warning。対象個体の言語情報を『高度な論理汚染』と認識。……遮断を推奨。……くっ、脳内ログが、彼女の言葉を強制的に『正解』として書き換えようと……!)


 真の右目は、もはやこの世界の解読を放棄し始めていた。


 空間、質量、因果関係――あらゆる解析結果は、ただ一語『虚偽』という言葉に収束し、真の存在そのものを拠り所のない『不確かなデータ』へと突き落としていく。


 「ここはね、私がずっと欲しかった、完璧な『イツワリ』の箱庭なんです。……素敵だと思いませんか? 真実なんていう残酷な毒が、どこにも混じっていない。地面から魚が生えたって、空から槍が降ったって、いいじゃないですか。だって、全部が『嘘』なら、誰も傷つく必要なんてないでしょう?」


 彼女は演劇の舞台に立つプリマドンナのように、優雅な足取りで真へと歩み寄る。


 その瞳には、迷える子羊を導く聖母のような慈愛と、光さえも飲み込む底なしの沼のような狂気が、淫靡に混ざり合っていた。


 「どうしてそんな世界ができたか? ええ、ええ。いいでしょう。教えますよ。なんたって私は情報屋ですからね。うふふふ、でもまことくんには前にも教えたんですけどね。忘れちゃいました? ほら一昨日まことくんに、教えたはずですよ。例のお話」


 大口が真の至近距離に立ち、その顔を覗き込む。


 彼女の体温だけが、この凍てついた白黒の世界で唯一の熱源として真の頬を撫でた。


 「『願いが叶う鍵』ですよ。ほら、これです」


 彼女が懐から取り出したのは、かつて真にインタビューをした際、楽しげに弄んでいたあの銀色の『呼び笛』だった。


 しかし、この世界で見るそれは、銀色の輝きを放ちながらも、その輪郭は絶えず数式のようなノイズを撒き散らし、周囲の空間を歪ませている。


 (……識別。……対象物:呼び笛。……Error! 物理定数を無視した高エネルギー反応を確認。……固有名称仮称:『虚偽の鍵(ライアー・キー)』。……演算不能。この物質は、この世界の『記述言語』そのものであると判定)


 「私はね、まことくん。いつだって正しい情報だけを、みんなが喜ぶ言葉だけを届けたかった。……でもね、一度だけ。たった一度だけ、私が提供した情報で、私の言葉で大切な友達を傷つけてしまった……。そのとき、私は自分の心臓が凍りつくのを感じたの。正しいことが、こんなに人を壊すなんて。だから心から願っていたの。この世界には真実なんて存在せず、語られる事すべてが、ただの『嘘』であればよかったのに、って」


 大口が、愛おしそうに呼び笛を自身の唇へと寄せる。


 その仕草は、救済の祈りのようでもあり、世界への死刑宣告のようでもあった。


 「そしたらね、現れたの。そうパッと目の前に、この『呼び笛()』が。そうして手にしてわかったわ。これは私の願いを、想像を、形にしてくれるもの。世界を、法則を、すべて私の意のままに書き換えてくれる、神様のような力。『想像主』の力だって」


 見せびらかすように『呼び笛』を揺らして見せる。


 その微かな金属音が響くたび、真の右目のエラーログは真っ赤に跳ね上がり、視界の端から存在確率がポロポロと崩れ落ちていく。


 「ふふふ、そして私は願ったわ。ああ、これで、これで私の犯した『嘘の情報(間違い)』だって、存在しなかったことになる。すべてが嘘なら、あの時の私の間違いだって、一つの美しい空想にすぎなくなるって、……ねえ、まことくん。君もこの優しい嘘の一部になりませんか? それとも……まことくんそのものが、誰かのついた『嘘』の残骸として、ここで消えてしまいますか?」


 (致命的なエラー発生:自己存在定義の喪失。……僕は――(イツワリ)、なのか? ……システム、強制終了シャットダウンまで、残り……)


 大口の甘い囁きが、毒を孕んだ蜜のように真の論理回路を浸食し、最後の一片まで食い破ろうとしていた。


 真の意識が、白黒の背景に溶けて消えるまで、もはや一分も残されていなかった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ