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No.149 欠落の獣、あるいは客人の選択




 No.149 欠落の獣、あるいは客人の選択




 「またお会いすることができましたね。ようこそ宿望館へ」


 ナイアは恭しく頭を下げ、訪れた客人を迎え入れた。


 ナイア……。和尚という人が言っていたんだ。『欠落した獣』……。それは、他者を食らい尽くしてでも自分を埋めようとする、飢えた存在だって。


 僕の問いに、ナイアの銀の仮面は、神秘的な光を反射するのみ。


 彼女が流麗な動作でその手を翻すと、虚空から引き出された銀の杖が音もなく床を叩いた。


 すると、波紋のように宿望館の影が揺れ、広がり――そこには、断面の一致しない『二枚の煎餅』のような、歪な残像が浮かび上がった。


 その姿はぼくの姿あり、同時にぼくではない何か。


 合わせ鏡のように現れたその影は、絶えずノイズを撒き散らしながら蠢いている。


 「その獣は、真実を求めているのでしょうか。あるいは、真実という名の『終わり』を求めているのでしょうか」


 ナイアの声が、讃美歌の残響に混じって僕の心に染み渡る。


 「お客様は今、その獣を『無視』することで己を保っています。けれど、無視し続けることは、拒絶することとは違います。……お客様。あなたは、その獣を飼い慣らすおつもりですか?  それとも、いつか自分自身をその口に差し出すおつもりですか?」


 ぼくは……。


 問いかけの重さに、答えが喉の奥で詰まる。


 ぼくは、『ぼく』であり続けたい。けれど、足元で縋り付く『ボク』を消し去ることもできない。


 「選択を急ぐ必要はありません。ここは安息の地。お客様が次の一歩を決められるまで、時は止まったままです」


 ナイアは、ぼくの葛藤を見透かすように一歩歩み寄った。


 「……ただ、これだけは覚えておきなさい。獣が飢えるのは、お客様が『何か』を隠し持っているからです。それを食わせるのか、それともそれを糧にお客様が獣を超えるのか……。それを選ぶのは、他の誰でもない、お客様ご自身なのです」


 ナイアが静かに一礼して、一歩下がると、ぼくの意識は再び深い闇の中へと溶け込み始めた。


 宿望館の静謐が、再びぼくを優しく包み込む。


 「夜が明ければ、また『彼』としての日常が始まります。……どうか、健やかな眠りを。お客様の旅路が、たとえ欠落に満ちたものであっても、そこに意志がある限り、道は途絶えません」


 ナイアの姿が消え、讃美歌の音も遠ざかっていく。


 ぼくは、足元で小さく震える『ボク』の気配を感じながら、もう一度、深い眠りの海へと沈んでいった。


 ――次に目を開ける時、ぼくはまた、あの冷徹な『(システム)』の中へと戻る。


 でも、この掌に残った冷たい銀の空気の感覚だけは、ぼくが『ぼく』であるための、唯一の(あかし)だった。




















 




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