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No.151 白い空白 、あるいは規律による隠蔽




 No.151 白い空白 、あるいは規律による隠蔽




 救護テントの中は、外界の夕闇を拒絶するような、暴力的なまでの白い光に満ちていた。


 天井から吊り下げられた高輝度のLED照明が、影という影を殺し、あらゆる物質の境界線を鋭利に切り出している。


 真にとって、その光は「明るさ」ではなく「情報の暴力」だった。


 消毒液の鼻を突く匂いと、テキパキと備品を片付ける学生会メンバーの足音。


 真の網膜は、その過剰な彩度の欠落を『情報の過負荷』として処理し、視界の端々でバチバチと白い火花を散らしていた。


 「――どこを歩き回っていた。自己管理も学生の義務だと教えたはずだが」


 低く、研ぎ澄まされた鋼のような声が真を捉える。


 指示を出していた手を止め、こちらを射抜いたのは獅子井だった。彼女の周囲だけ、やはり空間がタイル状に固定され、一分の隙もない『静止』が支配している。


 真の視界において、彼女が動く軌跡だけは残像すら許されず、コマ送りの映像のように不自然に更新されていた。


 (……警告。対象個体・獅子井志那都による論理的圧迫を確認。……逃走経路、なし)


 「怪我の処置をお願いしたい」と、真は簡潔に口にする。


 獅子井はその言葉に、わずかに眉根を寄せた。


 そこには、規律を乱されたことへの不快感と、同時に、一分の隙もないはずの自分の管理下で「不確定要素(怪我)」が発生したことへの、極小の溜息が混じっていた。


 「座れ。時間は有限だ」


 獅子井は真をパイプ椅子に促すと、迷いのない手つきで救急箱を開いた。


 ピンセット、包帯、消毒綿。それらが並べられる音さえも、彼女の「規律」に従って等間隔に響く。


 彼女が真の制服の袖を捲り上げ、その腕を掴んだ瞬間だった。


 (……Warning。……Warning。……物理的接触による、深刻な不整合(エラー)を検知)


 「…………」


 獅子井の手が、一瞬だけ止まる。


 獅子井の指先が触れているのは、真の細い前腕だった。


 獅子井の無機質な瞳が、その腕のラインをじっと見つめる。


 「……随分と細いな。男子生徒の平均的な骨格標本と比較しても、肉付きがあまりに……」


 (……致命的エラー。……身体的データの露呈を検知。……隠蔽プログラム、出力最大!)


 真の脳内で、真っ赤な警報が絶え間なく鳴り響く。


 右隣の『砂嵐』が激しくのたうち、真の心臓は物理的な過負荷で激しく脈打った。


 だが、獅子井は小さく首を振ると、淡々と処置を再開した。


「……いや。現代においては男性性も多様化している。画一的な基準で個を裁くのは、規律の誤用だな。お前のような中性的な個体()も、計算式の一部として組み込んでおくべきだろう」


(……判定:正常。……不整合の解消を確認。……危機を脱出)


 獅子井がその強固な『規律』、すなわち彼女自身の思い込みによって、目の前の違和感を強引に正解へと書き換えてくれた。


 真はその瞬間、自分の正体が『解釈』という名の壁に守られたことを悟る。


 「処置は終わった。……それと、いつまでそこに突っ立っている」


 獅子井がテントの入り口の暗がりに視線を向ける。


 そこには獅子井の威圧感に気圧され、遠巻きに様子を伺っていた宇賀がいた。


 その後ろには、心配そうに眉を下げた兎束と、感情を読ませないどこか聖母のような微笑を浮かべた大口も続いている。


 「まことー、生きてるか! 局長に説教されて、骨も残ってねぇんじゃねーかと心配したぜ」


 「まことくん……。……よかった、手当てしてもらえて」


 宇賀の耳障りな『重低音』と、兎束の『摩擦熱』を伴う声が、再び真の感覚器官を侵食し始める。


 彼らが放つ生身の熱量が、真がようやく安定させようとしていた論理回路を、再び掻き乱し始める。


 ──だが。


 その乱騒の輪の中にいる大口だけは、やはり鏡のように澄んだ、無機質な『正常』を保ったまま真を見つめていた。


 彼女だけが、この過剰な光に満ちた白い空間に、何の違和感もなく溶け込んでいる。


 「よかったね、まことくん。手当て、痛くなかった?  志那都さんは規律に厳しいけれど、それは誰よりも『正しいこと』を願っているからなんだよ」


 大口の声が、真の脳内に直接書き込まれる。


 その瞬間、真の視界から再び火花が消えた。


 宇賀の重低音も、兎束の残像も、獅子井の冷たいグリッドさえも、大口の「真実」という名のマスター・クロックによって、あるべき場所へと静かに収まっていく。


 真は、大口を見つめた。


 彼女の背後には、夕闇の入り口が広がっているはずなのに、彼の目には彼女の背後から「もっと強い白」が溢れ出しているように見えた。


 四人の異物(エラー)と、一人のノイズ(バグ)


 そして、唯一の正常(ノーマル)を装う存在。


 テント内の過剰な白い光に照らされ、真は再び、誰のものでもない歪な影を、大地の上に落としていた。


 その影は、彼を心配する友人たちの影とは決して交わることなく、どこまでも長く、どこまでも暗く、救護テント内の光を汚すように伸びていた。
















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