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No.6 白紙の削除、あるいはもう一人の観測者




 No.6 白紙の削除、あるいはもう一人の観測者




 パタン、と静かに『真実を綴る書』を閉じた真。


 書から、これまで取り込んできたライアーたちのように、和尚が霊的な残滓となって幽霊のように現れる気配はなかった。


 「……ライアーの能力因子そのものが先ほど和尚に消されている以上、彼の固有能力を模倣して表層へ顕現する、ということは出来ませんからね」


 無論、これで完全に和尚の力を封じ込めたとは真も考えてはいない。


 神の領域にいた怪異だ、ライアーの術理を強引に逆解析し、再び表舞台へ這い出てくる可能性は十分に拘束しきれていない。


 「……どちらにしても早めにすべてを終わらせた方が、安全ですか」


 そこでふと、真は自嘲気味に口元を僅かに歪めた。


 「僕も随分と、独り言が多くなりましたよ。──ねえ、姉さん」


 いつもなら、すぐに呆れたような、あるいは茶化すような声で応じてくれたはずの半透明の少女は、もうどこにもいない。


 ただ側にいた者に語りかけるように、真はぽつりと呟いた。


 真は視線を落とす。白一色の世界の中で、唯一「色」を持っている部分──和尚の手によって無残に手折られた、大切な人たちの屍の山。


 真はその惨劇を視界から覆い隠すように、静かに片腕を横に振るった。


 「……固定された因果であれば、それが如何なるものであっても、イツワリであれば解明して修正し、正することは可能ですか。まったく。どう終わらせるか悩んだ僕の時間を、少しは返して欲しいものですね」


 空間が波打ち、宇賀たちの遺体は、元よりそこに存在していなかったかのように綺麗さっぱりと掻き消えた。


 そんな皮肉めいた愚痴など、今の彼の心には毛頭ないはずだった。


 にも関わらず、真はまるで、そうして言葉を吐き続けなければ自分という存在が虚無に溶けていってしまいそうな錯覚を覚え、静かに言葉を紡ぎ続ける。


 血の海だった場所にぽつんと落ちていた、携帯端末とデジタルカメラを拾い上げる。


 真は携帯端末を起動し、そこに残されたデータを一つ一つ、指先で無機質に削除していった。


 アドレス帳。


 通話履歴。


 メッセージのやり取り。


 各種アプリ。


 学院より支給され、4月から今日までの約9ヶ月間、確かに自分がその手で紡ぎ、使用してきた記録(ログ)


 その全てが消去された端末は、真の指先からサラサラと光の塵となって消滅した。


 そして、最後に残ったデジタルカメラへ視線を移す。


 液晶画面に映し出されたのは、ほんの少しのデータ──真にとっては一日にも満たない、わずか十数時間前の出来事。


 クリスマスパーティーが終わり、友人二人によって無理やり撮影させられた写真のデータだった。


 「……もう少し、自然な笑顔を作ってあげれば良かったですね」


 そこに映るは、最高の笑顔を浮かべる宇賀琥太郎と兎束雛。


 その二人に両側から挟まれ、どこかぎこちない、戸惑ったような微笑みを浮かべている繭住真の姿。


 真はその画面を見つめたのち、デジカメの存在ごと、その記録をこの世界から完全に消去した。


 白の世界。


 何もない、音もない、光だけが飽和する虚無の世界。


 そこにただ一人、ぽつんと取り残された、最後の登場人物──繭住真。


 「……あとは、この『真実を綴る書(魔道書)』を消せば、僕自身もすべてを終わらせることが出来る」


 真は【真円を綴る者(リベレーター)】としてのすべての力を、自身の左手にある魔道書へと注ぎ込む。同時に念じるのは、この物語の完全な「結末《消滅》」。


 銀の輝きが爆発的に溢れ出し、書物と真の身体を包み込んでいく。


 許容量を超えた光が飽和状態となり、対消滅のように世界ごとすべてが無に還る──。


 誰もが、そう確信したその刹那。


 「──そこは少し、戸惑って欲しいところだよ」


 不意に、白紙の世界に「声」が響いた。


 それと同時に、消滅寸前まで白熱していた書の表紙の上に、ポン、と見覚えのある「手」が置かれ、力の暴走が嘘のようにぴたりと抑え込まれた。


「な……っ」


 真は弾かれたように顔を上げ、その声の主を凝視する。


 白一色の視界の先、そこに立っていたのは──北王子学院の制服を着た自分と全く同じ顔をした、もう一人の「繭住真」だった。


 驚愕に目を見開く真に向かって、もう一人の彼は、酷く哀しげに、しかしすべてを慈しむような穏やかな笑みを浮かべ、こう告げたのだ。


 「──そうでしょう? ()()()








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