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No.7 欺瞞の獣、あるいは作者は死んだ




 No.7 欺瞞の獣、あるいは作者は死んだ




「──っ、あっはっはっはっはっはっは!!」


 神の仮面を剥ぎ取られ、ただの『獣』としてその真名を白日の下に晒された男は──しかし、狂ったように腹を抱えて大笑いし、境内にその声を響かせた。


 歪に破顔したその顔には、悍ましいまでの歪んだ愉悦が漲っている。


 「面白い! 面白いぞ、まことどの!! 拙をただの『欠落した獣』に定義し、同じ平坦な舞台の上へと引きずり上げるか! うむ、うむ! 幾億もの世界を紡いできたが、今までの主人公は誰一人としてそんな真似はせなんだ! まっこと、まことどのは拙の期待を超える面白い主人公だ───だが」


 途端に、和尚の顔から笑みが綺麗さっぱりと消失した。


 凍りつくような冷徹な表情で、真を見据える。


 「──それも、拙がその『設定』を許していればの話だがな」


 和尚は、先ほど真とまどかの融合を拒絶したときと全く同じ動作で、軽薄に右手の指を鳴らした。


 パチン、と乾いた音が白一色の虚無に響く。


 その一拍で、リベレーターの変身など強制解除され、真の紡いだ論理など塵となって消え失せる──はずであった。


 「……ん?」


 和尚の眠たげな目が、僅かに見開かれる。


 何も、起きない。


 白一色の世界も、真を包む銀河のローブも、霧散するどころかより一層その輝きを増していく。


 「なぜだ……? なぜ、拙の書き換えが反映されん!? 設定が、変えられん……っ!?」


 パチン! パチンッ! と、和尚は顔を引きつらせながら、何度も、何度も必死に指を鳴らし続ける。


 しかし、世界が彼の意思に従って改変される形跡は、微塵として感じられなかった。


 明確な『バグ』に直面し、和尚はどす黒い焦燥の目を真へと向けた。


 「何をした……ッ!? まことどの、お前……拙の世界に何をした!?」


 「僕が何かをしたわけではありません。あなたが先ほど、自分で言ったではないですか」


 濃紺の渦巻く銀河を纏う【真円を綴る者(リベレーター)】は、銀の縁の真円を覗くもの(両の眼鏡)を静かに押し上げ、淡々と和尚を見下ろした。その声音には、やはり怒りも憎悪もない。


 ただ、絶対的な真実を告げる冷徹さだけがあった。


 「──『拙を欠落した獣に定義し、舞台に上がらせるか』と。……ご自分でそう認め、物語の台詞として出力した(ログに残した)のですよ、如是和尚(マントラ・レイブン)


 「な……ッ! あり得ぬ、そんなことで拙の権能が縛られるはずがない! 一時的に舞台に上がろうとも、拙はこの世界の『作者』であり、因果を弄ぶ『創造主』だぞ……っ!!」


 「一時であろうと、一度でも僕の目の前でその『存在』を定義されたのなら──僕のリベレーターの力は、あなたをそこから二度と逃さない」


 真は左手の『真実を綴る書(魔道書)』が静かに頁がめくれていく。


 その頁から、和尚の身体をがんじがらめに縛り上げるような、無数の銀の論理の鎖が解き放たれていく。


 「定義されたものは、因果の記録(ログ)として完全に固定され、その内側にあるイツワリは解明される。……神のフリをしたただの獣は引きずり下ろされ、論理の檻へと閉じ込める。それが、僕の──【真円を綴る者(リベレーター)】の能力だ」


「……や、やめよ。まことどの、そのようなことをすれば、お前とてただでは済まぬぞ……っ!」


 銀の論理の鎖に身体を縛り上げられ、引きずられていく和尚の口から、ついに余裕の響きが完全に消え失せた。全能の座から引きずり下ろされた怪異の顔に、醜い焦りと狼狽が張り付く。


 「ただでは済まない、ですか。……あなたの口から出るものなど予想がついていますが、一応は聞いておきましょう。何ですか」


 「拙が消えれば、これ以上新しい世界は作られぬ! そうなればお前は、今や完全な白紙の、この何もない虚無の世界で永遠にたった一人、取り残されることになるのだぞ!? ……そうなっても本当に良いのか!? な、なあ……お前には、拙が必要なはずだ! そうだろう?そうだとも! 望むのであれば、今度こそまことどのの思い通りの、何の不自由もない完璧な幸福の世界を作ってやる! だから──!」


 必死に言葉を紡ぎ、縋り付く和尚。


 その無様な命乞いを、銀の縁の両の眼鏡を掛けた【真円を綴る者()】には、一ミリの揺らぎもない冷徹な眼差しで和尚を見下ろしていた。


 「予想通りのお言葉、ありがとうございます。ですから、僕からも想定通りの返答を返しておきましょう」


 真は、静かに真実を見通す瞳(眼鏡の縁)を上げ直す。


 「──それがどうした、と」


 「な、に……!? お前、何を言って──」


 「十年前のあの日から何もかもを失い、ただの空っぽの死人として生きてきた僕に、今さら手放して惜しむものなど、この世界のどこにも存在しません。白紙の世界で一人きりで生きる? ──僕にとっては、これまで過ごしてきた無感情な日々となんの変わりもありませんが? 望む世界を作ってやる? ……要りませんよ、そんな偽物の書き割り。僕の本当の望みは、とうの昔に失われた。二度と、手に入ることはないのですから」


 淡々と、あまりにも平熱のまま冷酷な事実を述べる真。


 その底なしの『虚無』を前にして、和尚の表情は、今度こそ本物の恐怖によって極限まで引きつっていった。


 自分が生み出した至高の主人公は、怒りで覚醒したのではない。


 自分を喜ばせるための感情を一切合切捨て去り、ただ自分を殺すためだけの、最も合理的で冷徹な『世界のバグ』へと変貌したのだと、今更になって理解したのだ。


 「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! 駄目だぁあああ!! 拙がいなくなれば、お前の物語は、お前という存在は──ッ!」


 「もう、あなたと綴る言葉は一文字もありませんよ。因果の牢獄へと入り、その独りよがりの永劫の生を終わらせてください」


 真の言葉と共に、銀の鎖が和尚の四肢を爆発的な力で締め上げる。


 ジャラランッ! と硬質な音を立てて、和尚の身体は、凄まじい斥力によって『真実を綴る書』の開かれた頁の奥へと力ずくで引きずり込まれていく。


 「やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!! 拙が、拙が守ってきた世界がぁァァァーーーッ!!」


 世界を弄び、億の因果を消費し尽くした『唯我の輪廻鴉(如是和尚)』の絶叫が、白一色の空間に虚しく響き渡り──やがて、その異形の気配ごと、魔道書の深淵へと完全に吸い込まれて消滅した。


 真は、光の収まった『真実を綴る書』の表紙に手をかけ。


 パタン、と。


 静かに、何の未練もなく、その重厚な本を閉じた。







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