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No.19【幕間:凰千鶴】




 No.19【幕間:凰千鶴】




 ──ひどく心地よい、木漏れ日のような温もりの中にいた。


 耳を澄ませば、黄金の都の爆音でも、神の悍ましい咆哮でもなく、遠くから聞こえる汽笛の音と、穏やかな風の囁きが聞こえる。


 「──さん。お千さん。大丈夫ですか?」


 何度も、何度も。心配そうに自分を呼ぶその懐かしい声に、私はゆっくりと意識をハッキリとさせていく。


 「大丈夫ですよ、太郎さん。それで……お話の続きは?」


 ふふ、と笑いながら応じる。


 直前まで自分がどこで、何をしていたのか、記憶の輪郭はひどく曖昧だった。


 けれど、目の前に座る、まだ少年と呼んでも差し支えないほどに瑞々しい顔立ちをした彼が、今まさに何を語ろうとしていたのかは、不思議と手にとるように理解できた。


 彼が語るのは、とても壮大で、普通の人が聞けば「誇大妄想」だと笑い飛ばすような夢物語。


 けれど、私は知っている。


 目の前の彼は、それをいつか本当に実行して、実現させてしまうだけの、底知れない力と強い意思を宿しているのだと。


 「この国は、先の(いくさ)で負けはしました。ですが、ここからです。ここから新しく建て直せばいい。そのためにも、僕は商人として、まずは家の商いを継ぎます」


 「太郎さん。語るのは大いに結構ですけれど、ちゃんと先は見えているんですか? 実直な大旦那さまが、そんなあなたの夢を簡単に許してくださるとお思いで?」


 大旦那さまは、絵に描いたような堅物で実直な方だ。


 夢物語を熱っぽく語るだけの今の太郎さんでは、その言葉の破片すら、大旦那さまの耳に届くことはないだろう。


 でも、彼は私の意地悪な問いかけに、臆することなく笑ってみせた。


 「ですので、一度家を出ます」


 「出て、どうされるのです?」


 この界隈では、誰もが知る大きな商家だ。


 その大きな庇護を自ら捨てるということが、どれほど茨の道を進むことになるか。


 それが分からないような、世間知らずな彼ではないはずなのに。


 「世界を見ます。この足で広く見て回り、様々な人との繋がりを持ちたい。そして、その繋がりから生まれる力で、もっと多くのことができるようになりたいんだ」


 「できるようになったら……あなたは何をされるんです?」


 「できるようになったら──」


 太郎さんは一度言葉を区切り、遠い空を見つめた。その真摯な横顔を、私は見惚れるように見つめてしまう。


 「人が、当然のように受けられるはずの幸せを届けたい。もう誰も苦労することなく、貧しさに喘ぐこともなく、誰かが理不尽に泣くこともない。そんな世界を、僕の手で作ってみたいんです」


 ふふ。本当に、どこまでも子供のような夢物語。


 そんなことできるわけがないと、他の誰が聞いても鼻で笑って一蹴するようなお話。


 でも、私は──そう語る彼の、真っ直ぐな、汚れなき横顔が、たまらなく愛おしかった。鳳の未来をその背に背負おうとする彼を、私は心の底から支えたいと思った。


 「ですので、そ、その……お、お千さん」


 さっきまで熱く夢を語っていた彼の表情が、一瞬にして茹で上がったように真っ赤に変わる。


 視線を泳がせ、急にそわそわとし始める彼を見て、私は胸の奥で小さく笑った。


 私は、彼がこの後に続けようとしている言葉を、もうずっと前から知っている。


 でも、どうしても彼の口からもう一度言ってほしくて。


 少しだけのイタズラ心で、私は何も分からないふりをして、小首をかしげて見せた。


 「なんですか? 太郎さん」


 「……そ、その……ぼ、僕が最初に、届け──」


 ふふ。緊張のあまり、彼は完全に言葉を噛んでしまっていた。


 言葉の続きがひっちゃかめっちゃかになってしまい、顔を真っ赤にして硬直している彼が可笑しくて、私は堪えきれずに小さく吹き出してしまう。


 すると彼は、まるでこの世の終わりでも迎えたかのような、絶望に満ちた情けない顔をした。


 可哀想な私の太郎さん。


 私は優しい笑みを浮かべ、続きは何ですか、と視線で先を催促する。


 彼はコクンと生唾を飲み込むと、己を鼓舞するように、両手で自分の頬をスパンと叩いた。


 そして、今までに見たこともないほど真剣な目を、まっすぐに私へと向けた。


 「僕が、一番最初に幸せを届ける相手を──あなたに選んでも良いですか?」


 ああ。本当に、どこまでも不器用で、真面目で、誠実な人。


 他人の価値を都合よく書き換える神なんかじゃない。


 約束を重んじ、誰よりも人のために身を粉にして働いた、私の愛した鳳紅太郎。


 そんなあなただからこそ、私は、私の生涯のすべてを賭けて──。


 「ええ、喜んで」


 こぼれ落ちるような満面の笑顔で、私はそう答えたのだった。











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