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No.23 深淵を語る博愛鳥、あるいは沈黙の代価




 No.23 深淵を語る博愛鳥、あるいは沈黙の代価




「あなたが……『オオトリ』様ですか」


 真が問いかけると、獣頭人体は優雅に頷いた。その動作は、人間ではありえないほど滑らかで、それでいてどこか傲慢な余裕が滲んでいる。


「下々の者はそう呼ぶな。欠落した獣のうちの一匹。だが、我が真名は天上の博愛鳥(ヘヴンリー・スケール)である。リベレーターよ、我は如何なる者であろうとも、等しく慈悲を与えん。対価を差し出せば、どのような望みも我は叶える。さあ、汝が望むものはなんだ」


 その声は空間を支配するように重く、そして甘美に響く。


 「……『なんでも』ですか。それはいかなる対価を用いて叶えるものですか?」


 「望みは対価により決まる。どのようなものであろうとも、それに見合う『何か』を捧げれば叶えよう。それが我ぞ」


 互いの視線が交差する。真は感情の起伏を一切見せず、ゆっくりと首を振った。


 「生憎と、僕に叶えて欲しい願いはありません。強いてあげるならば……この歪んだ箱庭世界を、あるべき姿に戻す。ただそれだけです」


 「──それが汝の願いか? 汝の心の底から湧き上がる、真実の願望であるのか?」


 オオトリ様が問いを重ねる。その声色には、真の奥底を暴こうとするかのような妖しさが混じっていた。


 「言ったはずです。僕に願うものなどありません」


 「汝の失いし心。それを修復し、取り戻すことさえ我には可能ぞ」


 真の眉が、僅かに動いた。


 「…………」


 「さらに言えば、汝がかつて失いし家族……その温もりを再び取り戻すことさえも、我は安易に叶えよう」


 沈黙。広大な玉座の間から、空気の振動さえも消え去るような濃密な静寂が満ちた。


 それは、真の過去を抉り出し、リベレーターという枷を破壊しようとする卑劣な誘い。


 だが、真はその問いに対して何も語らない。


 たとえ、どれほど魅力的な取引であろうとも、それは自分が求める『正しさ』の代用にはなり得ないと、その沈黙が雄弁に物語っていた。


 「……今一度問う。リベレーターよ、汝が望む願いはなんぞ」


 再び繰り返される問い。


 それは誘惑か、あるいは最終警告か。


 二人の対峙は、箱庭の心臓部で最高潮の緊張を迎えていた。


 「リベレーターよ、返答は如何に」


 長く、濃密な沈黙を保っていた真が、ようやくその薄い唇を開いた。それはヘヴンリー・スケールに対し、お前の差し出した条件など、回答の選択肢にすら入らないと告げるための、静かで冷徹な音声だった。


 「感情は──僕が友人の、仲間の命を救うため、自らそれを対価として支払ったものです。僕自身が納得して完了したトレードである以上、今更それを戻してもらう必要性はありません。そして、家族は十年前の事故によって失われたもの。世界の摂理を捻じ曲げてまで、それを取り戻したいという論理は僕の中に存在しません」


 淡々と、己の存在理由を定義していく真。金に輝く彼の瞳が、さらに冷たく、絶対的な零度を宿して大鷲の神の姿を真っ直ぐに捉えた。


 「つまり、何が言いたいかと言えば──あなたには、僕の判断基準を推し量ることなど出来はしません」


 明確な、そして決定的な断絶の宣告だった。


 真の言葉には、もはやこの欠落した獣とこれ以上言葉を交わす理由など毛頭ないという、強固な拒絶が満ちていた。


 その傲慢なまでの拒絶を受け、ヘヴンリー・スケールは静かに大鷲の目を閉じ、深く、重い息を吐き出した。


 「……リベレーターよ。汝はそれほどまでに、我との闘争を望むというのか」


 「闘争ではありません。私はただ、この世界(システム)の歪みを修正することを望むだけです」


 「我というシステムを否定する以上、それは同じことだ」


 「見解の相違ですね」


 再び、宮殿に息詰まるような沈黙が訪れる。


 ヘヴンリー・スケールが、その巨体を震わせて黄金の玉座からゆっくりと立ち上がった。


 同時に、真も側に控えていたまどかへと一瞬だけ目配せを送り──その肉体を、世界のバグを真実へと塗り替える『真円を綴る者(リベレーター)』の姿へと瞬時に変貌させる。


 極限まで張り詰めた空気。一触即発の戦闘は、もはや絶対に免れない。


 誰もがそう確信し、互いの不可視の圧力が激突しようとした、まさにその刹那だった。


 「──どうにか話し合いで、解決することは出来ないのですか?」


 黄金の空間に、鈴を転がすような、しかしひどく場違いなほどに穏やかな「若い女性の声」が、鮮烈に響き渡った。


 それは真のものでもなく、ヘヴンリー・スケールのものでもない。


 唐突に現れた第三者の気配に、玉座の間の時間が、ぴたりと凍りつくのだった──。











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