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No.24 欠落の神座、あるいは冠戴く大鷲




 No.24 欠落の神座、あるいは冠戴く大鷲




 真は、天空の宮殿をその視界の座標に固定したまま、静かに歩みを進めていた。


 黄金の都を行き交う人々は、己の幸福を維持するため、ただひたすらに割り当てられた仕事(タスク)をこなし、それによって得たポイント(対価)欲しい品(幸福)を手に入れている。


 そこには何一つとして、誰かを騙すような『イツワリ』は存在しない。人々は本当に、心の底から満ち足りていた。


 ──されど。されど、世界は歪んでいる。


 これほどまでに正しさに満ちた世界。純然たる幸福の機能がもたらされた理想郷。


 本来であれば、この調和を崩してまで歪みを修正する必要性も、これを取り除く合理性も、真の論理回路には存在しないはずだった。


 だがしかし、彼の中に宿る『リベレーター』という絶対的なシステムは、この美しい楽園を「正すべき歪み」として無慈悲に決定した。


 世界が歪みであると断定されたのなら、真はそこに私情を挟み、思考することすらしない。


 ただ命令を実行するための行動を淡々と取るまでのこと──。


 たとえ、誰がどんなに純粋な、狂おしいほどの救済の願いをもってこの世界を創り上げたのだとしても、真の歩みは止まらない。


 その、完全に機械と化して歩く真の横顔を、まどかは言葉にできないほど深い、深い悲しみの瞳で見つめていた。


 どれほど世界が形を変えても、自分はただ、真の精神の傍らに佇むことしかできない。


 (……私に、いったい何ができるの……?)


 姉として振る舞い、真を繋ぎ止めようとする自分。


 しかし、ただ観測者として寄り添うことしかできない己の無力さに、まどかは胸を締め付けられながら、深く、深く、祈るように思考を巡らせるしかなかった。


 やがて、真の足取りは街の境界を越え、天空の宮殿へと真っ直ぐに続く巨大な回廊へと差し掛かった。


 まるで鍵盤のような、近未来のような、連なり磨き抜かれた黄金の階段。


 そこを行き交う人々の表情は、明確に二つの色へと引き裂かれていた。


 一つは、これから階段を上っていく者たち。その顔には、何かを切望するような、焦燥と期待が奇妙に混ざり合った、飢えた色が張り付いている。


 そしてもう一つは、天空から階段を下りてくる者たち。彼らの表情は、街の住人たちと全く同じ、あるいはそれ以上に神々しいほどの幸福に満ち溢れていた。


 「『……なんなんだろう、これ。まるで……神様に一番の大切な供物を捧げて、大喜びで帰っていく人たちみたい……』」


 まどかの漏らした呟きは、この場所の本質を突いているが故に、あまりにも正鵠を得ていた。


 真が宮殿へと続く回廊を進むにつれ、彼らの周囲を大小様々な白い鳥たちが激しく飛び交い始める。


 羽ばたきの音だけが響くその光景は、天上の宮殿を守護する「御使い」のようでもあり、同時に、巡礼者たちの認識を冷酷に監視する無数の眼球のようにも見受けられた──。


 神の御前にて拝謁を許されるための巡礼であるかのように、真はただ黙々と、黄金の階段を一段、また一段と踏み締めて上っていく。


 周囲には視界を遮る遮蔽物など何一つ存在しないというのに、そこには突風はおろか、微かな風すらも存在しなかった。


 ただ、硝子の中に閉じ込められたかのような、奇妙なほどに穏やかで停滞した空気が辺りを包み込んでいる。


 そして──いつの間にか。


 真と同じように、焦燥と期待に顔を歪めて階段を上っていたはずの巡礼者たちの姿が、前方にも後方にも、誰一人として見受けられなくなっていた。


 音もなく、予兆もなく、世界から真とまどか以外の個体が綺麗に掻き消されている。


 それでも真は歩調を狂わせることなく、一人きりで果てなき階段を登り続け……やがて、その頂へと辿り着いた。


 天空に聳え立つ、黄金の宮殿。


 間近で仰ぎ見るその建造物は、ただ金をベースにしているだけではなかった。


 純金の柱や壁の随所に、血のような赤、深淵の青、瑞々しい緑、無垢な白、そしてすべてを呑み込む黒──相反する五つの色彩が斑に混ざり合い、複雑に絡み合っている。


 その色彩の奔流は、見る者の精神を眩ませるような、より一層の禍々しい神秘さを空間全体へと醸し出していた。


 そして、宮殿の中央。


 世界の中心と言わんばかりの最奥に据えられた巨大な玉座には、人の形を模した「何か」が、絶対的な威厳を放ちながら鎮座していた。


 「──よく来た。真円を綴るもの、リベレーターよ。我に拝謁することを許そうぞ」


 頭上から響いたのは、空間そのものを震わせるような、尊大で慈悲深き重低音。


 玉座の上から真を見下ろし、そう語りかけてきた存在。


 それは──黄金の冠を戴いた、鋭利な「大鷲」の頭。


 しかしその首から下は、厳かな法衣を纏った「人間の身体」という、歪な獣頭人体の姿をしていた。


 鳳の文字を冠し、この街のすべてを幸福の檻へと閉じ込めた、欠落した獣の神。


 その圧倒的な存在を前にして、真の金に輝き始めた右目が、静かに、冷徹に細められるのだった──。











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