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No.26 星月のグリット、あるいはギフテッドな夜天光




 No.26 星月のグリット、あるいはギフテッドな夜天光




 真の「笑顔」を目撃した宇賀と兎束は、世界がひっくり返ったかのような、これ以上ない上機嫌に包まれていた。


 真の心の氷が溶けた。その絶対的な確信だけで、二人の胸はいっぱいだった。


 「よし、まこと! 今日は最高の気分だ。このまま三人でなんか美味いもんでも食いに──」


 「これから『やるべきこと』があります。二人は先に帰還してください」


 宇賀の快活な誘いを、真は至極淡々と、しかしこれまでの彼には見られなかった明確な意思を持って拒絶した。


 いつもなら「タスクの終了」として彼らと同時に帰路につくはずの真にしては、極めて不自然な断り方だ。


 だが、今の二人は真の「あの笑顔」を見たばかりだった。


 その圧倒的な幸福の残光が正常な思考を塗り潰し、それ以上の深い違和感を脳に抱くことを、この時の彼らは完全に放棄してしまっていた。


 「……そっか。まぁ、お前にも色々あるもんな!」


 「うん。じゃあね、まことくん。風邪ひかないように気をつけて帰るんだよ?」


 二人は真を残し、奇跡の余韻を噛み締めながら、満足げに体育館の敷地を後にした。


 ──誰もいなくなった、暗がりの校庭。


 凍てつく冬の夜風が吹き抜ける中、ぽつんと一人佇む学生服の真の姿を、まどかが、酷く寂しそうな、今にも泣き出しそうな瞳で見つめていた。


 「『……ねぇ、まこと。さっきの、あの表情は……なんだったの……?』」


 それは、自分が最も恐れている「答え」を、できれば聞きたくはないけれど、どうしても確認せずにはいられないという、まどかの震えるような問いかけだった。


 そして、彼女の胸中を過った最悪の予想は──寸分の狂いもなく、真の平坦な音声によって現実の形を成した。


 「ああすることで、対人コミュニケーションにおける人間関係を円滑に進めることが可能であると、先ほどの観測データから学習しました。今後は、必要に応じてあのように対処していきます」


 その言葉に、まどかは胸を深く抉られるような痛みに襲われた。


 宇賀たちが真の感情を取り戻そうと必死に足掻き、ようやく届いたと涙を流したあの奇跡が──何のことはない、ただの機械的な最適化の出力であり、完璧な「幻想」に過ぎなかった。


 でも、それでも。


 まどかは、その残酷な現実の底に、微かな、本当に微かな光の粒子を見出そうと縋りつく。


 感情を模倣しただけだとしても、真は「他人との関係性を切る」という選択をしなかった。


 そのコミュニケーションを維持し続けようとした彼の論理にこそ、まだ見ぬ真の本質──『救い』へと繋がる意思が残されているのだと、まどかは強く信じたかったのだ。


 「『……そっか。ううん、いいの。……それで、まこと。ここに残ってどうするつもりなの? もう、みんな帰っちゃったわよ?』」


 周囲の喧騒は完全に途絶え、あたりはすっかり夜の帳に包まれている。


 校門もすでに固く閉ざされ、巨大な檻のようになったこの場所に、一体何の用があるというのか。


 真はまどかの質問に言葉で答える代わりに、首をゆっくりと稼働させ、上空へとその無機質な眼差しを向けた。


 「……あれを、正しに行きます」


 「『えっ……!?』」


 まどかも釣られるようにして、暗い上空を見上げる。


 しかし、彼女の視界に映るものは、いつもと変わらない、今宵を祝うようにきらきらと光輝く夜空の星々だけだった。


 だが──真の網膜に投影されている世界は、決定的に異なっていた。


 その澄んだ星空の輪郭に、走る電子のノイズ。


 瞬く星々の裏側に透けて見える、幾何学的なグリッド線。


 すでにこの街やその星空さえもが、精巧に作られた「偽物(イツワリ)天幕(システム)」へと書き換えられていることを、 リベレーターとしての彼の瞳だけは、克明に捉えていたのだった──。









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