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No.30 鳥籠の縮景、あるいは記憶の残光




 No.30 鳥籠の縮景、あるいは記憶の残光




 急遽変更されることとなった特別旅行プラン。


 だが、バスが次々と案内するその行き先は──『雀宮(すずめのみや)パン工場』、『水鳥(みずとり)水道局施設』、そして現在地である『梟書(ふくろうしょ)郷土資料館』だった。


 「……いや、薄々わかってたことだけどさ。これ、どう見てもただの『社会科見学』じゃねぇか!」


 「だよね! 私も道中でどうも見覚えがあると思ったよ! 小学校の時に来たやつじゃん!」


 「……まさか人生で二度も、この薄暗い資料館に来ることになるとは思わなかったわ」


 クラスメイトたちは各々、自分たちが思い描いていた「楽しい日帰り旅行」とはあまりにもかけ離れた現実の前に、肩を落として絶望の声を漏らしていた。


 「……なぁ、まこと。お前、これ……楽しい、か?」


 真が館内職員の解説をただの「データ」として脳内でアップデートしていると、背後から宇賀が、こちらの機嫌を伺うように恐る恐る声をかけてきた。


 真は振り返ることすら合目的的ではないと判断し、ただ正面を見据えたまま平坦な声で情報の更新は、生存および生活における必要事項と答える。


 そう言って、真は再び職員の解説に聴覚受容体を向けた。


 「(……た、楽しそう……なのかな、これ?)」


 「(……わかんねぇ。完全に無表情が極まりすぎてて、今あいつが何を思ってんのか、マジでぜんぜんわかんねぇよ……)」


 宇賀と兎束が必死に画策したはずの「真・奪還プラン」が、果たして上手くいっているのか。


 底知れない不安に胸を押し潰されそうになりながらも、二人は真の影にぴったりと張り付くようにして資料館を回っていく。


 「──はい。それでは皆様、こちらをご覧ください。こちらが、現在の皆さんが暮らしている十王市の都市全体を再現したミニチュア模型になります」


 案内された展示室の中央。職員が「模型」と称したものは、全長5〜6メートルはあろうかという、部屋の大部分を占拠するほどの巨大なジオラマだった。


 精巧に作られた十王市の縮景を前に、一部の生徒が声を上げる。


 「あれ? なんか、昔ここで見た時と少し感じが違うような……?」


 「おお、そちらの方、実に鋭いですね! 実はですね、この都市模型は、前年度に新しい建物が建ったり区画が変わったりすると、その都度、模型の方も現実に合わせてその部分の『作り替え』を毎年行っているんです」


 「マジで!? 律儀っていうか……」


 「すげぇ。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ無駄な努力に見える」


 「今の時代だったら、わざわざ手で作らなくても3Dマップか何かでデータ化しちゃえば一瞬だよね」


 高校生たちの容赦のない心無い言葉に、職員の笑顔が若干引きつる。


 だが、その巨大な『箱庭』を無機質に見下ろしてい真、突如として過去の音声データが再生された。


 ──いつだったか、浮遊していたまどかが、これと似た模型で、『空因寺』の付近だけが、なぜか妙に雑でちゃんと作られていない、と不満げに指摘していた記憶。


 真はその過去ログとの整合性を確かめるため、模型の空因寺にあたる座標へ視線を向け、同じように雑に作られている訳を職員に、その理由を尋ねようと口を開きかけた。


 しかし──


 「はーい、それではお時間の関係もありますので、次の展示場所へと移動しまーす!」


 ガイドの声が響き、クラスの列が動き出す。


 真は開きかけた口を閉じ、質問することを即座に諦め、再びただの自動人形として列の後ろへと従った──。


 その後、バスは『鳩山(はとやま)給食センター』へと向かい、一同は施設見学ののちに、実際に市内の学校へ提供されている給食メニューを試食することとなった。


 「ちくしょー……! 本来なら、今頃は豪華な海鮮料理をたらふく食っていたはずなのに……なんで俺は今、コッペパンとクジラの竜田揚げを食ってるんだ……っ!」


 「でもさ、なんか何もかもが懐かしくない? 」


 「ああ…みな、なにもかも懐かしい味だ…」


 「それは死ぬフラグだから!」


 最初は絶望していたクラスメイトたちも、いざ目の前に並んだ懐かしの味を前にすると、何だかんだと言いながら楽しそうに舌鼓を打っている。


 続いて訪れた『大鷲(おおわし)スタジアム』では、誰もいない巨大な球場が一般開放されていた。


 「いやぁ、それにしてもグラウンド広いわ! きっもちぃいいい!」


 「決めた! 俺はいつか、絶対にここでソロライブをやってみせる!」


 「そこは普通、武道館とかドームじゃねぇのかよ!」


 それぞれがベースランニングをしたり、マウンドに立って叫んだりと、広い球場内で思い思いに騒ぎ立てる。


 その賑やかな喧騒のすべてを、真はやはり「意味を持たない背景音」として処理しながら、ただ機械的に時間を消化していた。


 やがて、十王市の街並みが朱く染まり始める夕方頃、バスはゆっくりと出発地点である北王子学院の校門前へと戻ってきた。


 『──皆様、大変お疲れ様でした。本日は急なルート変更となってしまいましたが、十王市内の特別プラン、皆様に楽しんでいただけましたでしょうか?』


 「はーい! 概ね楽しかったでーす!」


 「なんかこう、いい感じに童心に返った気がする!」


 『ふふ、左様でございますか。皆様にそう言っていただけて、私どもも何よりでございます。それでは、本日の旅行はこれにて終了となります。またの機会に、ぜひこの伽藍鳥(ペリカン)運行バスをご利用いただけますよう、乗務員一同、心よりお待ち申し上げております』


 バスガイドの丁寧な締めの言葉を合図に、本日の奇妙な日帰り旅行は幕を閉じた。


 クラスメイトたちが満足げな声を上げながら次々とバスを降りていく中、真だけは座席に腰掛けたまま、静かに車窓から暮れゆく空を眺めていた。


 「どうした? まこと。……降りるぞ」


 背後からかけられた宇賀の言葉に、真の身体はプログラムされた通りに反応を返す。


 ゆっくりと立ち上がり、バスのステップを降りてアスファルトを踏み締める。


 クラス全員が車体から離れたことを確認すると、伽藍鳥運行バスはプシューとエアを吐き、静かに夕闇の向こうへと去っていった。


 遠ざかるテールランプを、クラスメイトたちが名残惜しそうに見送る。


 「んじゃ、みんな今日は急な変更もあったけど、お疲れさん! これで解散だ!」


 宇賀の大きな掛け声による解散の合図で、生徒たちは各々、今日の思い出を語り合いながら家路へと就き始める。


 周囲から少しずつ人の気配が引いていく。


 そんな変わり映えのない日常の終わりの景色の中でも──真だけはただ一人、足を止めたまま、怪しくうねる夕焼けの空を見上げ続けていた。


 燃えるような残照が、彼の無機質な顔を照らし出す。


 一切の感情を失い、完全に冷徹なマシーンと化したはずのその顔面。


 だが、その「右目の瞳」だけが、沈みゆく夕日の烈火を反射したためか、あるいは内側から拒絶のバグが噴き出したためか──。


 夕焼けの朱と混ざり合い、一瞬だけ、妖しく、そして黄金色(きんいろ)の輝きを放っていた。


 その瞳に映る先には夕陽に焦がれるように飛ぶ鳥が映っていた。











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